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泥濘
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医者が出て行き、すれ違い様に「あらどうも」という聞き慣れた声が聞こえた。
閉まりかけたドアがまた開く。
さつきが、コンビニ袋を下げ、いつも通り、やる気なさそうに長髪を横に流して結ってオレンジのエプロンをした洒落っ気のない姿で現れた。
「よっ!空太。元気か?」
「え、あぁ、まぁ」
「あれぇ?まだ寝てんの蛍は」
「さっき寝たばっか」
「なぁんだー、つまんないなぁ、でもまぁいっか、二時間くらい?したら蓮も来るよ多分」
と話していた矢先だった。
荒々しく扉が開いた。来訪者を見ると、慌てた様子で息を荒げた、病院には似つかわしくない洒落た兄ちゃんが入ってくる。
しつこくない流したさりげないダークブラウンの髪に切れ長な目を象徴する嫌みのない薄縁の眼鏡。シンプルな金色のチェスターコートから覗く、白地に青のボーダーが入ったニットと水色のシャツ。そして白のスキニーパンツの足元は最早靴下をはいているのかわからない。濃い茶色のレザーシューズ。
こんな服装で仕事に行っているのか、アイコス吸っているのか。まさしくアパレルクソ野郎の異名そのままだった。
「ほ…ほたるはぁ…、」
そんな男が両膝に手をついて息を整えている。しかしながら上げた顔は確かに、これがショップにいたら服買っちゃうよね、お洒落だしというほどには整った顔なのだ。
「あぁ、今寝たばっかりだよ」
「蓮、何してんのあんた」
「え…?」
「えじゃないよね、仕事は!店は!?」
「早退してきた」
「なんでぇ!?」
「だって蛍が」
「だから私が行くって言ったよね!?」
「まぁまぁまぁ…ありがと蓮、座って、座って」
取り敢えず空太は蓮に椅子を譲り、座らせようとしたが、「ほたるぅぅ!」と、まるで親戚の死に目に逢えなかった息子のように、蛍の側に掛け寄って手を握り、布団の端を掴んだ。
さつきと蓮の夫婦感をこんなところで見せつけられた。
こいつらちょっと、吹っ飛んでいる。
そして蓮は愛しそうに蛍の顔を見つめ、頬を撫で、「綺麗だねぇ、」と涙声で言ってそのまま蛍の手の甲にキスをした。
「いやぁぁ!」
それを見たさつきは発狂し、思わず空太に抱きつくと、空太はもの凄く気不味い思い。
あぁやべぇ帰りたいどうしようこれなんだろう、と考えを巡らせる。
すると蓮は空太(とさつき)を睨み、
「これはどういうことなんだ空…あれ、お前ら、なにやってんだよおい!」
と困惑し始めた。
「それは…」
「こっちのセリフじゃバカぁぁ!何してんだよぉぉ!蛍に謝れ、私にも謝れ!てかなんだ、お前、え?え?」
セリフを物の見事にさつきに取られたらしい。
「ふっ、」
すると。
寝ていたと思っていた蛍が吹き出し、そして。
「ダメだ我慢できない、ふっ、ははは!ふっ、ひぃ、ははは!」
突然意識を取り戻し爆笑し始めたものだから。
「え、」
「は、」
「なっ、」
「あー面白かった死んだふり」
4人の間に沈黙が生まれた。
妙な空白、各々が抱えた思い。これを先に破るのは、空太だった。
「いつから、起きてた?」
「ずっと起きてた。
うとうとしてて、寝ようとしたところにさつきが来たから、あ、ちょっと面倒そうだなぁ、と思って寝たふりしてたら蓮が来た。
蓮、久しぶりだね」
「久しぶり蛍…。元気、じゃないねぇ」
「いや、元気だよ。でもまぁ、さつきも蓮もごめん。
昨日飲みすぎてね。朝まで飲んでたらこんなことになっちゃったよ」
それはいくらなんでもキツすぎる嘘だ。しかしまぁ、さつきも蓮も察した。つまりはそっとして置いて欲しいと、そういうことなんだろう。
蛍としても、わかっている。これは3度目。しかし、ここで自分がこれほどわかりやすくしておかないと蓮もさつきも、またこうやって来てしまう。それは流石に心が痛む。
「蛍ちゃん、」
さつきは、まるでお母さんのような口調で言う。
「今日は何が食べたい?私が作る」
「さつき…」
「酒のつまみが良いか?そんなうまい酒私も飲みたいわ」
「さつき、お前何を言ってんの」
「知らないだろぅ?蛍と私は酒飲み仲間なん。アパレルは黙って買い出ししなさい、あとそこの腑抜け出版営業!」
「はい!」
「あんたねぇ、」
怒るかと思いきや。
「ご苦労さん。取り敢えずあんたは出版社にちゃんと連絡。あと蓮と買い出し。よろしく」
と言い背中を押すかと思いきや、二人の肩を引っ張り耳元で釘を指すようにさつきは言った。
「本当に酒のアテ買ってくるような腑抜けなら飯抜きだかんね」
きっと蛍には聞こえていない二人への脅迫だった。
閉まりかけたドアがまた開く。
さつきが、コンビニ袋を下げ、いつも通り、やる気なさそうに長髪を横に流して結ってオレンジのエプロンをした洒落っ気のない姿で現れた。
「よっ!空太。元気か?」
「え、あぁ、まぁ」
「あれぇ?まだ寝てんの蛍は」
「さっき寝たばっか」
「なぁんだー、つまんないなぁ、でもまぁいっか、二時間くらい?したら蓮も来るよ多分」
と話していた矢先だった。
荒々しく扉が開いた。来訪者を見ると、慌てた様子で息を荒げた、病院には似つかわしくない洒落た兄ちゃんが入ってくる。
しつこくない流したさりげないダークブラウンの髪に切れ長な目を象徴する嫌みのない薄縁の眼鏡。シンプルな金色のチェスターコートから覗く、白地に青のボーダーが入ったニットと水色のシャツ。そして白のスキニーパンツの足元は最早靴下をはいているのかわからない。濃い茶色のレザーシューズ。
こんな服装で仕事に行っているのか、アイコス吸っているのか。まさしくアパレルクソ野郎の異名そのままだった。
「ほ…ほたるはぁ…、」
そんな男が両膝に手をついて息を整えている。しかしながら上げた顔は確かに、これがショップにいたら服買っちゃうよね、お洒落だしというほどには整った顔なのだ。
「あぁ、今寝たばっかりだよ」
「蓮、何してんのあんた」
「え…?」
「えじゃないよね、仕事は!店は!?」
「早退してきた」
「なんでぇ!?」
「だって蛍が」
「だから私が行くって言ったよね!?」
「まぁまぁまぁ…ありがと蓮、座って、座って」
取り敢えず空太は蓮に椅子を譲り、座らせようとしたが、「ほたるぅぅ!」と、まるで親戚の死に目に逢えなかった息子のように、蛍の側に掛け寄って手を握り、布団の端を掴んだ。
さつきと蓮の夫婦感をこんなところで見せつけられた。
こいつらちょっと、吹っ飛んでいる。
そして蓮は愛しそうに蛍の顔を見つめ、頬を撫で、「綺麗だねぇ、」と涙声で言ってそのまま蛍の手の甲にキスをした。
「いやぁぁ!」
それを見たさつきは発狂し、思わず空太に抱きつくと、空太はもの凄く気不味い思い。
あぁやべぇ帰りたいどうしようこれなんだろう、と考えを巡らせる。
すると蓮は空太(とさつき)を睨み、
「これはどういうことなんだ空…あれ、お前ら、なにやってんだよおい!」
と困惑し始めた。
「それは…」
「こっちのセリフじゃバカぁぁ!何してんだよぉぉ!蛍に謝れ、私にも謝れ!てかなんだ、お前、え?え?」
セリフを物の見事にさつきに取られたらしい。
「ふっ、」
すると。
寝ていたと思っていた蛍が吹き出し、そして。
「ダメだ我慢できない、ふっ、ははは!ふっ、ひぃ、ははは!」
突然意識を取り戻し爆笑し始めたものだから。
「え、」
「は、」
「なっ、」
「あー面白かった死んだふり」
4人の間に沈黙が生まれた。
妙な空白、各々が抱えた思い。これを先に破るのは、空太だった。
「いつから、起きてた?」
「ずっと起きてた。
うとうとしてて、寝ようとしたところにさつきが来たから、あ、ちょっと面倒そうだなぁ、と思って寝たふりしてたら蓮が来た。
蓮、久しぶりだね」
「久しぶり蛍…。元気、じゃないねぇ」
「いや、元気だよ。でもまぁ、さつきも蓮もごめん。
昨日飲みすぎてね。朝まで飲んでたらこんなことになっちゃったよ」
それはいくらなんでもキツすぎる嘘だ。しかしまぁ、さつきも蓮も察した。つまりはそっとして置いて欲しいと、そういうことなんだろう。
蛍としても、わかっている。これは3度目。しかし、ここで自分がこれほどわかりやすくしておかないと蓮もさつきも、またこうやって来てしまう。それは流石に心が痛む。
「蛍ちゃん、」
さつきは、まるでお母さんのような口調で言う。
「今日は何が食べたい?私が作る」
「さつき…」
「酒のつまみが良いか?そんなうまい酒私も飲みたいわ」
「さつき、お前何を言ってんの」
「知らないだろぅ?蛍と私は酒飲み仲間なん。アパレルは黙って買い出ししなさい、あとそこの腑抜け出版営業!」
「はい!」
「あんたねぇ、」
怒るかと思いきや。
「ご苦労さん。取り敢えずあんたは出版社にちゃんと連絡。あと蓮と買い出し。よろしく」
と言い背中を押すかと思いきや、二人の肩を引っ張り耳元で釘を指すようにさつきは言った。
「本当に酒のアテ買ってくるような腑抜けなら飯抜きだかんね」
きっと蛍には聞こえていない二人への脅迫だった。
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