蜉蝣

二色燕𠀋

文字の大きさ
34 / 64
雨雫

1

しおりを挟む
 一面のデスクと、白が黄ばんだような壁と、見晴らしの良い窓。殺風景だがどこか乱雑なような、素っ気ない景色に午前の緊迫の中、忙しない様子で客間をちらちらと覗く従業員達がいた。

 低めで高そうなテーブルに革のソファー。対峙する着流しの作家、上柴かみしばかえでと、津田つだ編集長という構図が、従業員の集中を削いでいる。

 なんせあの、存在を目にした者が担当と編集長くらいしかいないかもしれないという、少しばかり奇妙な噂のミステリアス作家、上柴楓がそこにいるのだ。

 見た目が最早異風だった。
 お見受けしたところ20代だろう、そんな人が今時着物というセンス、しかもなんと言うか、例えば伝統芸能のお家柄の方々並みに着物は着慣れていようだ。ぽっと出芸能人の胡散臭い着物姿なんかより断然、板についていた。黒髪と肌は白くて綺麗、薄顔の、和製な美青年である。

 あぁなるほど、こんな人があの小説を書くのかと納得した出版者従業員一同だった。

 しかしどうも眺めていると、上柴の担当である野山のやま、上柴、津田。三者一言も話をしている姿を見かけない。津田は上柴を、胡散臭いまでの笑顔でデレデレと見つめるばかり、だが足元は貧乏ゆすりをやめない。
 上柴は上柴で素知らぬ顔をし津田と目を合わさずに「茶柱、」と呟いたりして湯呑み茶碗を両手で持ち茶を上品に啜っている。
 野山は両者に対し、困ったような笑顔を浮かべ、どうやら間を取り持っている様子だった。

 客間の中は客間の癖に、どうにもこうにも木枯らしのように乾いた雰囲気。所謂、気まずいというやつである。

「一応来週に予定しています。連載も軌道には乗っていますし…」
「その件はOKでしたよね?」
「あぁ、対談でしたっけ。“北條ほうじょう凛李りんり”さん?」

 漸く話した内容に、上柴はパラパラと、テーブルに置かれた単行本を触る。態度は最早、上柴はそれには興味がなさそうである。

 確かに。
 出版社一同はどちらも読むのでわかる。
 恐らくは気色の違う作家同士だ。

「お読みになりました?」
「はい」
「彼、実は上柴さんのファンだそうで」

 マジか。
 このライトノベル作家が。
 心の中で、上柴は軽く驚いた。

「へぇ…」
「彼もまた女性的な感性で物を書く作家でしょう?だから上柴さんと共感や、なんと言うか作品論が合いそうだと話してましたよ」

 女性的と言うか。
 はっきり言ってしまえばこの、北條凛李の『夕感鉄橋ゆうかんてっきょう』、仕事故にこれを上柴は耐えて読んだが、3日も掛けてしまった。

 さらに調べたところこの『夕感鉄橋』は確かに、発行部数で言えば現代にして8万部。
 売れたかもしれない作品なのだが、どうやら調子に乗って、というより無理強いさせられたのか本人の意思かは分からないが、それからシリーズを現在3作出してしまっているようだ。このライトノベル、ライト文学業界の恐ろしい魔の手をまざまざと見たような気がした。

 一体累計で言ったら何万部なんだろうか。シリーズなら、最初の発行が一番売れているのだろうが。

 上柴がこんな評価をするのもつまりは、上柴のなかでこの作品は「は?」の分類に分けられた。

 女性的、物は言いようだ。これは、というより稚拙すぎたエロ本だろう。しかも異次元。というかここで出てくる『プロット』という言葉。

 自分は確かに、プロットは立てるが作らない。しかしこれはまた別次元。
 いや、これも分野として確かに確立しているからありなのかもしれない。

 が、何故主人公、鉄橋から自殺して死後の世界に行ったら王様になって世界を救っているんだ?
 そして何故ロケットランチャーや手榴弾しゅりゅうだんが登場してしまう?あれオリジナルのなんか武器名になっていたが要するにそれのことだろう?
 更に無駄に登場する濡れ場。それも稚拙。この作家には一度“古典文学濡れ場集”を作成して読ませるべきだ、というか童貞なんじゃないのか?と思わせるなんだかよくわからない文だった。

 いやまぁいい、それもファンタジーだ。
 上柴にはついていけなかった。一纏めに、「カオス」だった。あれが小説とか、まぁそれも時代の流れか、随分メディアに特化したものだ。しかしまぁ、マジかと驚愕したものである。
 そしてあれは曖昧だ。
 果たして児童文学か、ファンタジー小説か、官能小説か。起承転結は織り混ぜてあって、確かにそれはそれで文化である。ただ。
 要するに上柴が好きな分野ではなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

処理中です...