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「女形がやりたい訳じゃなかった」と退楼を迎える色羽は言っていた。
役者にはよくある話で、色羽もその一人に過ぎない。この三味線も、陰間修行で手にしたものだろうけど、こんなに綺麗に使っていたのだ。
それを「繋がるように」と質屋に売る。それはどんな気持ちなんだろうかと思いを馳せれば「あ、」と……どうやら糸巻きを一本、削りすぎてしまった。先が若干細い。
…私情や雑念があると手先が狂うなと、新しい糸巻きを一本出しやり直そうと刃を持ち気付く。
…没頭しすぎたようだ。指先も手も痛い。
少し赤くなっている。力を入れすぎたな…と、ぼんやりする。
色羽の手を思い出す。青黒檀は硬いし値も張るが、糸の締まりは良い。始めは血豆も出来て痛かっただろう。
…持ち手の角をもう少し丸くするか…と、作業を切り替えることにした。
そもそも自分は下ってきた身だ。こちらに来てからあまり見かけなくなったが、上方の三味線はもう少し丸みがある。自分もその型が好きだ。
「おとう」と露が呼びに来たが、「少し待っておくれ」と、断りそうになりハッと我に返る。
これだから…と反省をする間に露が二膳の夕餉を持ち込み「じゃあここで食べよ?」と言ってきた。
「こういうのも、たまには良いでしょ?」
「……そうかも」
本当は湿気がない方がいいけれど、栄は三味線と道具を退かし「わざわざありがとう…頂きます」と、一度仕事を忘れることにした。
「…今日も今日とて…豪華だね」
「ウナギは残り物だけどね。そろそろ干すよ」
「うん、そうだね」
「おとう、なんか今日は…楽しそうね」
そうかな…?
「……いやまぁ、色々とこう、考えてて…」
「どんな?」
「例えば糸巻きの持ち手。慣れない人の手に渡ったら、と考えたら、もう少し角を削ろうかなとか」
「…なるほど」
「こちらの三味線は角張っているからね…まぁ、角は角で手に止まりやすいけど…昼に」
あ、そうだ。
「そうだ、佐助さんが来たようで…帯解きの着物、届いたよ」
「え!見たい!」
「食べ終わったら家に一度戻ろう。とても丁寧で…職人さんの心を感じる。
あと、木彫りの人形が添えられてた、これもまた精巧な作りでね。細かいところとか、本当に綺麗で」
「楽しみ~!」
「それでなんだか…こう、気合いが入ったというか…考えが浮かんでしまって没頭してたよ。人形は恐らく話題の木工細工師じゃないかなぁ」
「なるほどなるほど」
「……七五三の着物を頼んだからかな、彼はきっと、繊細な人なんだと思うよ。気遣いが優しい」
「おとう、会ったことあるんだよね?」
「一度だけだからなんとも、だけど。作品を見てそういう人柄なんだと感じた」
優しいからなんだろうか…と、三味線の善し悪しを教えた時のことを思い出す。
……それだけに、心が少し、苦い。
「……あの人たちはきっと、楽しく仕事をしていると…思う、」
「……おとうは楽しくないの?」
きっといま、気持ちが顔に出たのだろうと「いや、そうじゃないけど…」と考える。
「羨ましいのはそうだけど、彼らは自由なんだろうかと…余計なことを考えてしまってね」
「……ハチさんや文吉さんが前に言ってた。おとうはきっと、こうして外れの山にいるのがいいんじゃないかって」
「……そうなのか?」
「職人さんたちの気持ちや、お客さんの気持ちを考え込んで、苦い顔をしたり楽しそうだったりしてるのを見て、確かにそうかもしれないと私も思った。
おとうはきっと、人の事を考えすぎちゃうんだろうなって」
「そうかな?私はただ…どちらかと言うと…、山を貰ったからというのもあるが、町から逃げたんだと思ってて…でもまぁ確かに、接する人が少ないからこそ更に打ち込めているのかもしれない」
「町には色んな人がいるじゃない?」
「…そうだね。露は色々なお宅の家事をするから、より感じるんだろうね」
「そうよ。今日のお掃除のところ、初めてのお宅だったんだけど、その人、お金を投げたんだからねっ!」
「うわぁ、バチが当たるなぁ、それは」
「ねー」と言いながら吸い物を啜る露に、「お疲れ様」と労う。
「露もそうして、色々苦労し考えているじゃないか。お金は賽銭以外、投げちゃいけないね」
「そうだね、ああいう人にはならない!」
「ははっ、正しいよ。
敏感にきちんと感じ取れる子でよかったけど、考えすぎて心身が疲れてしまわないよう」
「それよそれ!おとう!」
「……ハイ、確かにそうです…」
「ご飯は今日だけこっちで許します」
「…ハイ……ふふっ、」
つい笑ってしまったので素直に「露はきっと良い嫁さんになるな」と言っておいた。
「あとはとんでもない放蕩息子や自分勝手な酷い男に捕まらないようにしなければ…絶対に私のところに連れてきなさい」
「勿論よ!おとうもね!」
「……?」
「おとうはお涙話の嘘吐きにも引っかかっちゃいそう!」
「……はははは……」
娘に言われてしまうとは…。
「…私のおかあにもなる人だから悪い人は連れてきちゃダメね!」
「………うん…」
これから婚姻を結ぶつもりは一生涯ないよ。
とは言わないでおく。露はいつかここを出て行くけれど、自分はそうではないから。
夕餉を終え流石になと、膳を片付けようと思ったが「三味線は手を濡らしちゃダメなんでしょ!」と言われた。確かにそうだ。
「…頑張ってね、おとう」
「…ありがとう。あと少しだけ作業してくるよ」
逞しくなった…。
ここは露に任せようと、栄は再び小屋に籠った。
役者にはよくある話で、色羽もその一人に過ぎない。この三味線も、陰間修行で手にしたものだろうけど、こんなに綺麗に使っていたのだ。
それを「繋がるように」と質屋に売る。それはどんな気持ちなんだろうかと思いを馳せれば「あ、」と……どうやら糸巻きを一本、削りすぎてしまった。先が若干細い。
…私情や雑念があると手先が狂うなと、新しい糸巻きを一本出しやり直そうと刃を持ち気付く。
…没頭しすぎたようだ。指先も手も痛い。
少し赤くなっている。力を入れすぎたな…と、ぼんやりする。
色羽の手を思い出す。青黒檀は硬いし値も張るが、糸の締まりは良い。始めは血豆も出来て痛かっただろう。
…持ち手の角をもう少し丸くするか…と、作業を切り替えることにした。
そもそも自分は下ってきた身だ。こちらに来てからあまり見かけなくなったが、上方の三味線はもう少し丸みがある。自分もその型が好きだ。
「おとう」と露が呼びに来たが、「少し待っておくれ」と、断りそうになりハッと我に返る。
これだから…と反省をする間に露が二膳の夕餉を持ち込み「じゃあここで食べよ?」と言ってきた。
「こういうのも、たまには良いでしょ?」
「……そうかも」
本当は湿気がない方がいいけれど、栄は三味線と道具を退かし「わざわざありがとう…頂きます」と、一度仕事を忘れることにした。
「…今日も今日とて…豪華だね」
「ウナギは残り物だけどね。そろそろ干すよ」
「うん、そうだね」
「おとう、なんか今日は…楽しそうね」
そうかな…?
「……いやまぁ、色々とこう、考えてて…」
「どんな?」
「例えば糸巻きの持ち手。慣れない人の手に渡ったら、と考えたら、もう少し角を削ろうかなとか」
「…なるほど」
「こちらの三味線は角張っているからね…まぁ、角は角で手に止まりやすいけど…昼に」
あ、そうだ。
「そうだ、佐助さんが来たようで…帯解きの着物、届いたよ」
「え!見たい!」
「食べ終わったら家に一度戻ろう。とても丁寧で…職人さんの心を感じる。
あと、木彫りの人形が添えられてた、これもまた精巧な作りでね。細かいところとか、本当に綺麗で」
「楽しみ~!」
「それでなんだか…こう、気合いが入ったというか…考えが浮かんでしまって没頭してたよ。人形は恐らく話題の木工細工師じゃないかなぁ」
「なるほどなるほど」
「……七五三の着物を頼んだからかな、彼はきっと、繊細な人なんだと思うよ。気遣いが優しい」
「おとう、会ったことあるんだよね?」
「一度だけだからなんとも、だけど。作品を見てそういう人柄なんだと感じた」
優しいからなんだろうか…と、三味線の善し悪しを教えた時のことを思い出す。
……それだけに、心が少し、苦い。
「……あの人たちはきっと、楽しく仕事をしていると…思う、」
「……おとうは楽しくないの?」
きっといま、気持ちが顔に出たのだろうと「いや、そうじゃないけど…」と考える。
「羨ましいのはそうだけど、彼らは自由なんだろうかと…余計なことを考えてしまってね」
「……ハチさんや文吉さんが前に言ってた。おとうはきっと、こうして外れの山にいるのがいいんじゃないかって」
「……そうなのか?」
「職人さんたちの気持ちや、お客さんの気持ちを考え込んで、苦い顔をしたり楽しそうだったりしてるのを見て、確かにそうかもしれないと私も思った。
おとうはきっと、人の事を考えすぎちゃうんだろうなって」
「そうかな?私はただ…どちらかと言うと…、山を貰ったからというのもあるが、町から逃げたんだと思ってて…でもまぁ確かに、接する人が少ないからこそ更に打ち込めているのかもしれない」
「町には色んな人がいるじゃない?」
「…そうだね。露は色々なお宅の家事をするから、より感じるんだろうね」
「そうよ。今日のお掃除のところ、初めてのお宅だったんだけど、その人、お金を投げたんだからねっ!」
「うわぁ、バチが当たるなぁ、それは」
「ねー」と言いながら吸い物を啜る露に、「お疲れ様」と労う。
「露もそうして、色々苦労し考えているじゃないか。お金は賽銭以外、投げちゃいけないね」
「そうだね、ああいう人にはならない!」
「ははっ、正しいよ。
敏感にきちんと感じ取れる子でよかったけど、考えすぎて心身が疲れてしまわないよう」
「それよそれ!おとう!」
「……ハイ、確かにそうです…」
「ご飯は今日だけこっちで許します」
「…ハイ……ふふっ、」
つい笑ってしまったので素直に「露はきっと良い嫁さんになるな」と言っておいた。
「あとはとんでもない放蕩息子や自分勝手な酷い男に捕まらないようにしなければ…絶対に私のところに連れてきなさい」
「勿論よ!おとうもね!」
「……?」
「おとうはお涙話の嘘吐きにも引っかかっちゃいそう!」
「……はははは……」
娘に言われてしまうとは…。
「…私のおかあにもなる人だから悪い人は連れてきちゃダメね!」
「………うん…」
これから婚姻を結ぶつもりは一生涯ないよ。
とは言わないでおく。露はいつかここを出て行くけれど、自分はそうではないから。
夕餉を終え流石になと、膳を片付けようと思ったが「三味線は手を濡らしちゃダメなんでしょ!」と言われた。確かにそうだ。
「…頑張ってね、おとう」
「…ありがとう。あと少しだけ作業してくるよ」
逞しくなった…。
ここは露に任せようと、栄は再び小屋に籠った。
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