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四
2
文吉が家の前でそわそわとしている。
目が合えば、「タケさん、」とこちらに向かいつつ、ちらっと家を振り向きつつ。
「…ちょいと、はは、山小屋の資材を確認したくて…あ、ハチさんもそっちにいるんだ…」
「……何か、」
「うんうん、露ちゃん……うわ、買い込んだね!何買ったんだい?」
さり気…なくもない様子で露を側の山小屋に促しすぐに出てきた文吉は「…ちょっとこっちで先に始めるよ…」と小声で言ってきた。
「どうしました?」
「………質屋の店主が来てるんだよ」
「え?」
「あんたに用があるらしいが……ったく、ありゃわざと祝いの日にぶつけてきたな…茶くらいは出しといたけどさぁ。随分と不穏な話をしているもんでよ」
「……わかりました。
すみません、すぐに追い払いますね…ご苦労をお掛け」
「栄、」
家の外に出てきた真庭がそれなりの声でこちらを呼ぶ。
側の山小屋からたたたっと音がし、顔を覗かせた露が「なんですかっ!」とそれなりの声で返せば、真庭はニヤッと笑い「おーおー、祝いだったか、似合ってんなそれ」と揶揄うように言い放った。
「文吉さんすみません、」と前に出て「露、」と、少し窘めなければならないのが心苦しい。
「露ちゃーん、あの、あれだ、街まで行ったんかい?千歳飴ってやつが見たい」と極力明るい様子で文吉が中に引っ込めてくれようとしている。
「一回限りだ、明日には質に入れんのを勧めるぞ」
「兄さん、ちょっ」
「着物はありがとうございましたっっ!私は千年生きますんで!お越し頂きどーもですーっだ!」
べーっと舌を出し引っ込む露にあらら…と思いつつ「……その節はどうも」と一応礼を述べ家に向かった。
ふっと表情が一変した真庭は「可愛気のねぇガキだな」と憎まれ口を叩き更に「どの節か話を聞こうか?」と…どうやら、冗談や嫌味でもない口調で詰めてくる。
入れ、と促されるがそもそも自分の家なので「どのような話で?」とこちらも淡と接する。
……昔からわかっている。この人は人に恩は売らない。
「品が届いたようで何より」
「はぁ、どうもありが」
「こっちは材料しか買ってないはずだが、ご丁寧に品も届いたぞ」
………来てしまったか。
「…材料じゃない品とはなんです?」
真庭はふっと三味線を指し「あれだ」と言う。
「………目が悪くなったんですか?そこにあるじゃないですか」
「そうかそうか。じっくり見させて頂いた。
サワリはないが上駒や宇柄がどうも、京物の癖が出ていてな。この辺じゃ楽器を取り扱うのはそこの江戸っ子三味線屋かお前くらいなもんで」
「そりゃあ職は楽器直しなんで。では私が修理したものを誰かが」
「色羽という薄給の男娼を買ったか?」
…やはり。
「私には男色の趣味はないですね。ご自分で買った人の話ではないですか?」
「違うな。そいつは先日」
「あぁそうでしたね。貴方には囲いがいました」
真庭は一度こちらを睨み、残りを茶をバサッと掛けてきた。
「…こっちも事を荒立てたくないんだ、祝いだろ?色羽を知っているか否か」
「…顧客のことはあまり深く聞かないので。それは兄さん、茶屋に於いての鉄則でしょう?」
「殴られたいのかお前」
「役者じゃありませんが嫌ですよ痛いし。
…例えば私が男娼を買っていたとしてなんだって言うんですか?地主が客にまで干渉するとは、絶対に使いたくない店だなぁ」
「……別に知らなきゃ知らないと答えればいいと思うが、何故ムキになる?覚えがありそうだな」
「あんたが喧嘩腰だからですよって……。
はぁ、子供の喧嘩じゃないんだから…なんなんですか一体」
「その男娼はとある筝宗家の娘と行方をくらませたんだ」
「だから?」
「そいつが、お前が直したと今言った、三味線をウチに売りに来たんだよ。
丁度、ウチの傘二本と引き換えで」
傘はしまっ……。
あれ、玄関に出てる。
「……もぉ~わかりませんよ、客にそんな事情なんて聞きませんって。貴方最近魚食べてます?家は今日鯛飯ですよ?食べていきますか?露は貴方が嫌いなようなのでお裾分けになりそうですが」
「冗談を言いに来たわけじゃねーっつーの。
知らねぇなら知らねぇで通してくれや陰険だな」
「あんたがね。祝いの席でなんなんですか全く。
私は私の仕事しかしません。大体、私が直した三味線なんて何本あると思っているんですか。今日はあんたと喧嘩したくないんですよ。そんなにイライラなさってるなら悪いんですが明日とか明後日とかでも」
「死んだぞ、色羽とその女」
つい「は?」と間を持ってしまった。
これは今、肯定してしまった。真庭もそれをいいことに「やはりな」と薄く笑った。
「単純だな、お前」
ふっと笑う真庭に「……何故笑えるんですか」と、ここまでくれば聞いてやる。
「何故って?」
「人が亡くなったのに」
「はぁ?こっちとら何回殺されたと思ってんだよ、身勝手な駆け落ちで」
「それが役でしょうが、」
「でも実話だぞ?」
「あぁ…あぁそう、そうですか、」
話していても埒が明かない。
栄は立ち、「来たけりゃどうぞ」と言い残した。
「千年生きるんで、こっちは」
「それならこっちは千年、何回も死ぬんだよ」
それが答えかと山小屋に向かう。
……それは白粉ではない。まるで、傷口に泥を塗り込むようにそうやって、知らなくていいことを……。
しかし。
可哀想な人だな、と少しだけ思う。あんたが死ぬからこちらは生きるなんて、癪だ。
やはり振り向き「鯛ですよ、鯛」と誘ってみた。
目が合えば、「タケさん、」とこちらに向かいつつ、ちらっと家を振り向きつつ。
「…ちょいと、はは、山小屋の資材を確認したくて…あ、ハチさんもそっちにいるんだ…」
「……何か、」
「うんうん、露ちゃん……うわ、買い込んだね!何買ったんだい?」
さり気…なくもない様子で露を側の山小屋に促しすぐに出てきた文吉は「…ちょっとこっちで先に始めるよ…」と小声で言ってきた。
「どうしました?」
「………質屋の店主が来てるんだよ」
「え?」
「あんたに用があるらしいが……ったく、ありゃわざと祝いの日にぶつけてきたな…茶くらいは出しといたけどさぁ。随分と不穏な話をしているもんでよ」
「……わかりました。
すみません、すぐに追い払いますね…ご苦労をお掛け」
「栄、」
家の外に出てきた真庭がそれなりの声でこちらを呼ぶ。
側の山小屋からたたたっと音がし、顔を覗かせた露が「なんですかっ!」とそれなりの声で返せば、真庭はニヤッと笑い「おーおー、祝いだったか、似合ってんなそれ」と揶揄うように言い放った。
「文吉さんすみません、」と前に出て「露、」と、少し窘めなければならないのが心苦しい。
「露ちゃーん、あの、あれだ、街まで行ったんかい?千歳飴ってやつが見たい」と極力明るい様子で文吉が中に引っ込めてくれようとしている。
「一回限りだ、明日には質に入れんのを勧めるぞ」
「兄さん、ちょっ」
「着物はありがとうございましたっっ!私は千年生きますんで!お越し頂きどーもですーっだ!」
べーっと舌を出し引っ込む露にあらら…と思いつつ「……その節はどうも」と一応礼を述べ家に向かった。
ふっと表情が一変した真庭は「可愛気のねぇガキだな」と憎まれ口を叩き更に「どの節か話を聞こうか?」と…どうやら、冗談や嫌味でもない口調で詰めてくる。
入れ、と促されるがそもそも自分の家なので「どのような話で?」とこちらも淡と接する。
……昔からわかっている。この人は人に恩は売らない。
「品が届いたようで何より」
「はぁ、どうもありが」
「こっちは材料しか買ってないはずだが、ご丁寧に品も届いたぞ」
………来てしまったか。
「…材料じゃない品とはなんです?」
真庭はふっと三味線を指し「あれだ」と言う。
「………目が悪くなったんですか?そこにあるじゃないですか」
「そうかそうか。じっくり見させて頂いた。
サワリはないが上駒や宇柄がどうも、京物の癖が出ていてな。この辺じゃ楽器を取り扱うのはそこの江戸っ子三味線屋かお前くらいなもんで」
「そりゃあ職は楽器直しなんで。では私が修理したものを誰かが」
「色羽という薄給の男娼を買ったか?」
…やはり。
「私には男色の趣味はないですね。ご自分で買った人の話ではないですか?」
「違うな。そいつは先日」
「あぁそうでしたね。貴方には囲いがいました」
真庭は一度こちらを睨み、残りを茶をバサッと掛けてきた。
「…こっちも事を荒立てたくないんだ、祝いだろ?色羽を知っているか否か」
「…顧客のことはあまり深く聞かないので。それは兄さん、茶屋に於いての鉄則でしょう?」
「殴られたいのかお前」
「役者じゃありませんが嫌ですよ痛いし。
…例えば私が男娼を買っていたとしてなんだって言うんですか?地主が客にまで干渉するとは、絶対に使いたくない店だなぁ」
「……別に知らなきゃ知らないと答えればいいと思うが、何故ムキになる?覚えがありそうだな」
「あんたが喧嘩腰だからですよって……。
はぁ、子供の喧嘩じゃないんだから…なんなんですか一体」
「その男娼はとある筝宗家の娘と行方をくらませたんだ」
「だから?」
「そいつが、お前が直したと今言った、三味線をウチに売りに来たんだよ。
丁度、ウチの傘二本と引き換えで」
傘はしまっ……。
あれ、玄関に出てる。
「……もぉ~わかりませんよ、客にそんな事情なんて聞きませんって。貴方最近魚食べてます?家は今日鯛飯ですよ?食べていきますか?露は貴方が嫌いなようなのでお裾分けになりそうですが」
「冗談を言いに来たわけじゃねーっつーの。
知らねぇなら知らねぇで通してくれや陰険だな」
「あんたがね。祝いの席でなんなんですか全く。
私は私の仕事しかしません。大体、私が直した三味線なんて何本あると思っているんですか。今日はあんたと喧嘩したくないんですよ。そんなにイライラなさってるなら悪いんですが明日とか明後日とかでも」
「死んだぞ、色羽とその女」
つい「は?」と間を持ってしまった。
これは今、肯定してしまった。真庭もそれをいいことに「やはりな」と薄く笑った。
「単純だな、お前」
ふっと笑う真庭に「……何故笑えるんですか」と、ここまでくれば聞いてやる。
「何故って?」
「人が亡くなったのに」
「はぁ?こっちとら何回殺されたと思ってんだよ、身勝手な駆け落ちで」
「それが役でしょうが、」
「でも実話だぞ?」
「あぁ…あぁそう、そうですか、」
話していても埒が明かない。
栄は立ち、「来たけりゃどうぞ」と言い残した。
「千年生きるんで、こっちは」
「それならこっちは千年、何回も死ぬんだよ」
それが答えかと山小屋に向かう。
……それは白粉ではない。まるで、傷口に泥を塗り込むようにそうやって、知らなくていいことを……。
しかし。
可哀想な人だな、と少しだけ思う。あんたが死ぬからこちらは生きるなんて、癪だ。
やはり振り向き「鯛ですよ、鯛」と誘ってみた。
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