そよ風の声

二色燕𠀋

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序章 1

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 杯を交わし、妻は両手の先を地面に付け顔を上げ、両親に微笑んだ。 

「本日の祝言に慶賀けいが慶祝けいしゅくの至りにて誠に喜ばしく存じ奉り候。
 私、市原いちはらさちはこの日この瞬間を持ち、榮治えいじ様と共に竹河たけかわ流宗家の繁栄、ご活躍を支えていけるよう、尽力させて頂きたく存じ上げます。不束者ですが、両家末永く、宜しくお願い申し上げます」

 私も同じ祝詞を、あちらの宗家へ言ったと思う。

 私達の祝言は当時、暖簾分け騒動等、忙しない時期に執り行われた。

 三味線方とは夫婦とも称される義太夫節。
 その名家と仲違いをし始めた竹河、義太夫節として名を上げたい市原、それぞれの宗家の次男と長女として、政略的な意図や火消しの意味もあったが、芸能を守る重要な物だと皆捉えていただろう。

 私と妻の祝言の場には妻の実家一同と私の両親がいて、私側は実兄のみが欠席していた。
 兄はすでに役者の道を歩み始めており、竹河と市原の両家がどうなろうと問題のない位置にいたのもあったし、そもそもの話、兄は私の祝言になど興味がなかったのだと思う。
 稽古という理由で祝言欠席の申し出をしたのも、兄からだった。

 夫婦とは、と考えながら私は幸と夫婦生活を続けた。
 お家騒動を沈める意味合いがあったとしても、幸は私の伴侶としてこの家に嫁いで来てくれたのだという情だって沸いたものだ。

 喧嘩をすることもなくごく当たり前の、そこらの夫婦と変わらず穏やかに三月程過ごしたある日、幸が家に帰って来なくなった。

「竹河さん」

 幸がいなくなった、3日後の夜中のことだった。

 家長の父が玄関先で対応しすぐ、私の寝所にやって来ては「榮治、役人が来ている」と、しんと言って去って行ったのを覚えている。
 月明かりを背にした父の表情はよく見えなかったが、何もない、いつも通りの無口さを感じるような、淡とした背中だった。

 そんな家長の一言のみで状況に察しは付き私が玄関に向かえば案の定、役人に「ちょいと来てくれないかい」と言われ、私は家を出た。

「…あの松村まつむら扇一郎せんいちろうが来てるんだが…」
「…兄が?」

 あの頃、役者としての兄の名は広まりつつあった。
 私はそれに…まさか、と邪推もした。
 兄、いや、役者という者はある程度名を売るために、自分の身をも売るのが通説だ。
 それは一般的に見れば不埒であるのかもしれないが、芸、所作にも繋がる面もあるからそれらの風紀は“修業”で片付いたりするものではある。

 役人に着いて行けばどんどんと景色は見慣れた場所へ向かう始末…。ここは今日の昼にも…普段通りとして当たり前に訪れた場所で。

 その、裏路地に入る。
 目に入ったのは井戸と、側にあるむしろ…。

 筵の側にしゃがむ役人と、扇子を口元に広げ筵と役人を見下ろしていた兄は、薄らと口角を上げた顔でこちらを見た。
 こんな状況でも兄の所作には、優雅さを感じたりした。

「…扇一郎さんが今朝、見つけたようで…」
「ご確認」
「俺の見た限りでは、最近彷徨いていた夜鷹にそっくりだと思ったが、それにしちゃ身成りが良いと役人さんが言うもんでな」
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