そよ風の声

二色燕𠀋

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「…幸のことが後々影響しました…か?」
か?寧ろ箔が付いたから円満になったんだけど?」
「……え?」
「当時言った通りだけど、忘れたか?」

 …すぐに知れそうなものを…もしかして、未だ真相は露見していないのか?

 勘繰り始めた頃、薬屋がすり鉢を持ってきた。

「今豆を蒸かしている」
「…そこまでして頂いてしまって」
「いや何、私も…猫を飼っていたんだ。令で放つことになってしまったがね…今じゃ鼠が流行っちまったから、本当、勿体ない。困ったもので…」
「…そうですか…」

 確かに…鼠にやられてしまいそうだな…。

 それから、薬屋の話を聞きながら豆乳を作った。
 質屋の真庭は「ウチでもやらせるかな」とちゃっかり作業を目で盗んでいた。
 「もし良かったらウチの山に今、杣人が入っていますので」と薬屋にさり気なく教え、解散する。

「そうだ兄様」

 …昔の習慣とは恐ろしい…つい癖で普通に“兄”などと呼んでしまったが「ん?何」と相手は違和感もなく自然。
 こんな瞬間、変な拘りを持つのは自分だけなんだと、何故だか惨めに感じるのが忌々しい。

「…後で帯解き用の着物と…脚絆を買いたい」
「あぁ、じゃあ今いくらか貰っておこうかな」
「それでもいいですが杣人に竹も頼んだそうですね?木材は私からお持ちしようかと思っていたのですが」
「…まぁどちらでもいいがそうだな、金よりその方が儲かるか」
「お宅の職人、前は有名な呉服屋だったと聞いたので。後でご挨拶も兼ね」
「あれは店にあまり立たせていないんだ」
「…贋作だと知れ渡ったとしても老舗の職人だったなら別に」
「それなら専門店をやるのが定説なもんなんだよ、変に勘繰りやがって。こっちは山奥と違って長屋に様々と店入れてんだよ」
「なるほど。相変わらず図太く強かですね」

 まるで鼠のような男だ。いつか化け猫に食われないと良いけど…と、案じるというより皮肉な思いを抱く。

 この男は死人すら利用するような男なのだから。

「…身体に気をつけてくださいね」

 それを聞いたかはわからないが、質屋の真庭は自分の通りへ帰って行った。

 栄は薬屋から貰った瓶の豆乳を手拭いに含ませ、猫の口元に持ってゆく。
 なかなか口にしてくれない…難航しそうだが今、少しでも飲んでくれればと、家に帰りながら餌付けを試みた。

 元気をなくしていってしまっている気がするが…僅かではある、口を動かす猫に安堵をすれば揺られるせいかすぐに寝てしまうようで…これは家に着いてからきっちりやらなければならないかもしれない…。

 昼は過ぎている。引き上げるであろう漁師に顔くらいは出せたらな…と少し早歩きになれば、丁度のようだった。

「あぁ、よう竹島たけしまの旦那!露ちゃんに魚渡しといた!ついでに昼飯を馳走になったよ、ありがとうな!」

 露は本当によく出来た娘だと、誇らしく思う。

「いえ、こちらこそ毎度ありがとうございます」
「あ、そりゃ…なんだい?」

 栄が抱いた…まだ毛も疎らな猫を覗いて言う漁師に「あ、猫です」と答える。

「……小せぇな!なんだいこりゃ、こんなにツルツルなんかい!?」
「みたいですね…私も初めて見ました。今朝山に入ったら親猫が私たちを警戒してしまったようで…置いていってしまったんです」
「…そりゃ気の毒だが…なんだか…へぇ、猫って子供はこんななんか…」
「確かに驚きますよね…その辺にいる容姿と全く違うというか…」

 ひにゃー!と声を出した猫に「うわ、魚の匂いがするんかな、ははっ!」と豪快に笑っている。

「今はまだ食べられないらしいですけど、いつかきっと八兵衛さんの魚も食べるようになるんでしょうね」
「そりゃあやりがいがあるってもんだがなんか、本当小せぇな…握り潰しちまいそうで気が気じゃねぇ…食えるようになったら捌いたのもやるよ」
「ありがとうございます」

 ……自分は都会から逃げたような身なのだけど、昔より遥かに人に恵まれたと感じている。

 「私達もありがたく頂きますね。ご苦労様です」と漁師の八兵衛に挨拶をし、家に戻る。
 丁度、色々と挨拶を終えてくれた露も帰ってきていた。

「ただいま」
「おかえりなさい、おとう」

 パッと明るく出迎えてくれた露に「少し難航しそうだ」と子猫を見せる。

「豆乳の作り方を教わった。数日分はあるしマタタビを売ったから、たまに大豆を買えばいいかも」
「そうなんですね!?」
「豆富屋か寺に…とも言われた。まずはこれを飲ませて…腐りそうなら私達でも、豆乳は健康に良いそうだから。露にも作り方を後で教えるよ」
「…わかった!」
「問題は飲ませるのが大変そうで…」

 三味線が目に入ったので、「あれ。あれが雌猫の乳の部分なんだ…あんな感じで…」と気まずくはあるが、露はそんなことより、と考えるらしい。
 あっさり「なるほどわかりました、やってみたいです!」と猫と手拭いを受け取る。

「頑張ろうね、おとう」
「うん、そうだね」

 この生活に充実感があるのだから、今はこれでいい。そう感じながらその日は二人で子猫に奮闘した。
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