そよ風の声

二色燕𠀋

文字の大きさ
7 / 22

5

しおりを挟む
「…幸のことが後々影響しました…か?」
か?寧ろ箔が付いたから円満になったんだけど?」
「……え?」
「当時言った通りだけど、忘れたか?」

 …すぐに知れそうなものを…もしかして、未だ真相は露見していないのか?

 勘繰り始めた頃、薬屋がすり鉢を持ってきた。

「今豆を蒸かしている」
「…そこまでして頂いてしまって」
「いや何、私も…猫を飼っていたんだ。令で放つことになってしまったがね…今じゃ鼠が流行っちまったから、本当、勿体ない。困ったもので…」
「…そうですか…」

 確かに…鼠にやられてしまいそうだな…。

 それから、薬屋の話を聞きながら豆乳を作った。
 質屋の真庭は「ウチでもやらせるかな」とちゃっかり作業を目で盗んでいた。
 「もし良かったらウチの山に今、杣人が入っていますので」と薬屋にさり気なく教え、解散する。

「そうだ兄様」

 …昔の習慣とは恐ろしい…つい癖で普通に“兄”などと呼んでしまったが「ん?何」と相手は違和感もなく自然。
 こんな瞬間、変な拘りを持つのは自分だけなんだと、何故だか惨めに感じるのが忌々しい。

「…後で帯解き用の着物と…脚絆を買いたい」
「あぁ、じゃあ今いくらか貰っておこうかな」
「それでもいいですが杣人に竹も頼んだそうですね?木材は私からお持ちしようかと思っていたのですが」
「…まぁどちらでもいいがそうだな、金よりその方が儲かるか」
「お宅の職人、前は有名な呉服屋だったと聞いたので。後でご挨拶も兼ね」
「あれは店にあまり立たせていないんだ」
「…贋作だと知れ渡ったとしても老舗の職人だったなら別に」
「それなら専門店をやるのが定説なもんなんだよ、変に勘繰りやがって。こっちは山奥と違って長屋に様々と店入れてんだよ」
「なるほど。相変わらず図太く強かですね」

 まるで鼠のような男だ。いつか化け猫に食われないと良いけど…と、案じるというより皮肉な思いを抱く。

 この男は死人すら利用するような男なのだから。

「…身体に気をつけてくださいね」

 それを聞いたかはわからないが、質屋の真庭は自分の通りへ帰って行った。

 栄は薬屋から貰った瓶の豆乳を手拭いに含ませ、猫の口元に持ってゆく。
 なかなか口にしてくれない…難航しそうだが今、少しでも飲んでくれればと、家に帰りながら餌付けを試みた。

 元気をなくしていってしまっている気がするが…僅かではある、口を動かす猫に安堵をすれば揺られるせいかすぐに寝てしまうようで…これは家に着いてからきっちりやらなければならないかもしれない…。

 昼は過ぎている。引き上げるであろう漁師に顔くらいは出せたらな…と少し早歩きになれば、丁度のようだった。

「あぁ、よう竹島たけしまの旦那!露ちゃんに魚渡しといた!ついでに昼飯を馳走になったよ、ありがとうな!」

 露は本当によく出来た娘だと、誇らしく思う。

「いえ、こちらこそ毎度ありがとうございます」
「あ、そりゃ…なんだい?」

 栄が抱いた…まだ毛も疎らな猫を覗いて言う漁師に「あ、猫です」と答える。

「……小せぇな!なんだいこりゃ、こんなにツルツルなんかい!?」
「みたいですね…私も初めて見ました。今朝山に入ったら親猫が私たちを警戒してしまったようで…置いていってしまったんです」
「…そりゃ気の毒だが…なんだか…へぇ、猫って子供はこんななんか…」
「確かに驚きますよね…その辺にいる容姿と全く違うというか…」

 ひにゃー!と声を出した猫に「うわ、魚の匂いがするんかな、ははっ!」と豪快に笑っている。

「今はまだ食べられないらしいですけど、いつかきっと八兵衛さんの魚も食べるようになるんでしょうね」
「そりゃあやりがいがあるってもんだがなんか、本当小せぇな…握り潰しちまいそうで気が気じゃねぇ…食えるようになったら捌いたのもやるよ」
「ありがとうございます」

 ……自分は都会から逃げたような身なのだけど、昔より遥かに人に恵まれたと感じている。

 「私達もありがたく頂きますね。ご苦労様です」と漁師の八兵衛に挨拶をし、家に戻る。
 丁度、色々と挨拶を終えてくれた露も帰ってきていた。

「ただいま」
「おかえりなさい、おとう」

 パッと明るく出迎えてくれた露に「少し難航しそうだ」と子猫を見せる。

「豆乳の作り方を教わった。数日分はあるしマタタビを売ったから、たまに大豆を買えばいいかも」
「そうなんですね!?」
「豆富屋か寺に…とも言われた。まずはこれを飲ませて…腐りそうなら私達でも、豆乳は健康に良いそうだから。露にも作り方を後で教えるよ」
「…わかった!」
「問題は飲ませるのが大変そうで…」

 三味線が目に入ったので、「あれ。あれが雌猫の乳の部分なんだ…あんな感じで…」と気まずくはあるが、露はそんなことより、と考えるらしい。
 あっさり「なるほどわかりました、やってみたいです!」と猫と手拭いを受け取る。

「頑張ろうね、おとう」
「うん、そうだね」

 この生活に充実感があるのだから、今はこれでいい。そう感じながらその日は二人で子猫に奮闘した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...