そよ風の声

二色燕𠀋

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「…分かりました、ありがとうございます」
「皮ばかりは…感触に慣れて覚えるしかないですが、最近そういった方がいらっしゃるということで…。
 さん、お勤めご苦労様です」

 流は薄く笑い、「こちらこそ」と、淑やかな所作で奥へ下がって行った。

 その背と、こちらを見た真庭はさらに不機嫌そうに「で?」と言う。

「……知り合いとして一つ教えますが、貴方、あの子を囲っていると、噂はあまり良い様に出回ってませんよ」
「そんな嫌味を言いに来たわけじゃないだろう、本題は茶屋か稽古場だな?」
「そうです、一応そこは貴方がお持ちなので。
 店子たなこの盗品を朔太さんが持ち込んだり、それを直しまた高値でここに、となれば面倒ですから。あちらにもご確認を取った方が良いのではないかと思いまして。楽器屋さんにも事情は話したので、何かあれば情報交換をした方が良いでしょう。
 こちらで取り引きした品だという確認も出来たことですし、これはそのままお返しします。朔太さんは直るならなんでもいいと置いていかれたので、張れないから時間を貰うと伝えてありますから」
「……なるほど。それはわかった。いくらで受けたんだ?」

 真庭が懐に手を入れたので「大丈夫です、ウチは後払いなので、まだ料金は頂いておりません」と告げる。

「それならそのままお前が直してくれよ。事が分かり次第佐助さすけに取りに行かせるから」

 真庭の手法だ。
 強ちあの朔太相手ならそれくらい派手に…というのも考えたが、質屋は本来なら流質期限までは担保という形で金を貸す。
 流質期限が過ぎるまでは品物に手を付けないものだが、ここは持ち込まれたその日には質草に手を付け値を上げてしまうのだ。

 金に困った人が来るのが質屋だ。一応期限付きだとしてもなかなか取りに来れる人はいない。
 “中古屋”というのも強ち間違ってはいないが…。

 嫌味になるし喧嘩をしに来たわけでもないので言わないでおいた。

 貸した金は返って来ないしあげたものだと割り切るしかないと、共に飽きるほど見てきたから、分からないわけではないけれど。ここはそういった横暴で阿漕な稼ぎ方をしている。

 華々しい役者だったこの人の周りに、綺麗な水はなかった。

 真庭は案の定、木材代金よりも遥かに色の付いた金を握らせてこようとした。

「こちらの三味線は商品ですか?先程後払いと申したのですが」
「質草だが、その様子なら飛ばれるだろうから、いい」
「そうでしょうね。ですがそれなら、期限が過ぎなければ私は受けませんからね」
「…強欲のの字もないやつだな、」
「私の心得は“堅実”と“質素倹約”ですから。娘にもそう教えています。
 ちなみにこの木材では、娘の着物代には、やはり足りませんか?」
「はいはい全く分かったよ!着物は佐助に持たせる」
「ありがとうございます。職人さんにもよろしくお願いしますね。
 では」

 木材代金以外を置いたままにし帰ろうとしたが、「栄」と呼び止められる。
 珍しいなと振り向けば「まだ弾いてるんだろ?」と他愛のない話題を振って来た。本当に珍しいものだ。

「いえ」
「小耳に挟んだけど?」
「それはそれは竹筒のような耳をお持ちの方が…。
 なんて言ってもやりたいですが、職業柄そりゃあ弾きますよ」
「ふうん」

 何故だか満足気な真庭に今度こそ「では、また」と店を出る。

 …なかなかどうして、僅かに分かり合えないのだろう。
 昔から何を考えているか分からない面がある、それは誰しもがそうなのだろうが、恐らく単純に性分が合わないのかもしれない。

 今だってああやって、きちんと青年の面倒を見ている…他人である自分から見れば、形は歪に見えるが。
 気紛れなのかもしれなくても、親が子を質草に入れるという理不尽な話ならば、あの子は今頃どうなっていたかわからないのも事実だ。
 それでも人情的だと感じないな…と、露のことが思い浮かんだ。

 自分の方がましである、とはけして思わない。だけど少しだけ違う。ただそれだけで。

 …等と、人様の家庭に思いを馳せるなんて無駄なことだ。どうも自分は昔からあの男を前にすると調子が狂う。

 妬み、畏怖、憎悪。
 それらを感じた時期があったのだろうか。だとしたら自覚がない部分で、怖いことだ。

 それについて考えることはやめ、街に来た事だしと甘味屋に寄り、先日の礼を込め改めて薬屋に赴いた。

「いやぁ、竹島さん」
「改めて、先日はありがとうございました。猫は、娘が“あずき”と名付け育てています」
「助かったかい、よかったねぇ」

 椅子に促され、茶を出してくれた。

「あずきかぁ…確かに」
「模様が少し出てきまして、それがまた小豆に見えると…」
「はっはっは、流石は露ちゃんだね。粋だ」
「私もそう思いました。感受性が豊かで良い」

  出してくれた茶を一口飲むと、薬屋は片眉を寄せ「…行ったんかい?あそこに」と言った。

「はい。全然、別件なんですけどね…」
「さっきチラッと聞いたよ。ちょいと怪しい奴がいると」
「そうですねぇ。安皮と三味線を持ち込んだ方がいまして。最近…三本も持ち込んでいる方で…今日のはどうやら、質屋に吹っ掛けたみたいですよ」
「前の猫捕りかねぇ…。しかしあそこに吹っ掛けるとは度胸があったもんだ…」
「先日のこともあったしと、なんとなく周知しておこうと寄ったんです」
「…複雑だよなぁ、お宅も」

 何に対してそう言われたのかは分からないが、分かる気がする。
 薬屋は栄の荷物を見て、「忙しい中ありがとうな」と言ってくれた。

 「こちらこそ、ご馳走様でした」と店を出る。
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