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二色燕𠀋

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 昇には一件だけ心当たりがある。
 ある日の営業帰りのタイミングだった。

「加東、お前なぁ、」

 新人が部長のデスク前に立たされ、大声でネチネチと、公開処刑をされていた。

「宇田が庇ったって聞いたよ?俺も営業中だったから見てねぇけど」
「いや、うーんまぁ…かなり陰湿でな…」

 「なんだこの文章は!」と、さっと通っただけで察することが出来た。かなりくだらないことで、しかも結構長時間やられているなと。

 新人の加東はただひたすら「ごめんなさい」「すみません」を繰り返していた。

 その場で部長が加東に書類を投げつけたのも気分が悪かったし、まず、空気が凍っていて見るに耐えないものだった。

 ではどれだけのミスをしたのかと、まずは投げられた書類を拾って部長に返し「どうしたんですか?」と聞いてみれば、

「見ればわかんだろ、こんなん、小学生以下だわ!」

…取り敢えず息巻いているだけ。
 よーく見れば、詰められた文章の中の一部分というか、二段目あたりにひらがな率が高いのは見て取れた。

「漢字わかんねぇなら調べろよ、変換も出来ねえのか!読みにくいだろ!ここ!一瞬わから」
「あ、これ俺だ資料送ったの」

 なんだか、咄嗟にそう口走っていたのだ。

 加東を見ると、表情は「無」の域まで来ていたのだけど…昇は加東の目の奥に「怯え」のようなものを読み取った。

 さてさてと、部長に構わず「悪いな加東」と、名前も連呼され一発で覚えた。親近感にも繋げられ、空気も少し変わったのかもしれない。

 軽く腕を取り「どこだ、デスク?」と部長から離脱させると、加東はようやっと、「驚いた表情」というものを見せてきた。

「え……あの、」

 手が、かなり冷えていたのを覚えている。

 「そこ…です、」と、加東が指したのは企画課の真ん中あたりだった。
 今思えば多分、頭がまわっていない日の加東はそんな位置で、部長の目に付きやすかったのもあったのだと思う。

「はいはい、えっと、」

 昇はその場で誤字を修正、印刷し直し、「はい部長」と、直した文書を渡しに行った。

「こことここと、ここっすね。直しました。内容はどうです?」
「…内容?」
「確認どーぞ。では」

 その場はそれで治めたのだが、加東は「すみません…」と、今にも死にそうな表情になっていた。

 逆に罪悪感が、沸くような…。

「いや、ぼ…俺のせいで、あの、ちょっと、間違えて印刷をしてしまって、あの、」
「ああ言っとけばどーせ気にしねぇからあいつ。多分ろくに内容もわかってねぇし粗捜しだわ、こんなん」

 部長は「新人殺しタイプ」なのだ。お陰ですぐに新人が辞めてしまう。
 それ故、そもそも新人が育たない、いないのだから。だからか、企画はグループとして変に固執した課だった、当時は。

 加東が言った、間違えて印刷して、というのも本当はそうじゃなくて、グループリーダーが投げっぱなしで体制が杜撰だったのだろうと予想が付く。

 なんせ当時、広報の売りと企画の主張と開発の要求がバラバラで、昇も営業トークにはかなり頭を悩ませたからだ。

「気にすんな」

 まず、グループは一睨みしておいた。お前らチェックしとけ。変な憂さ晴らしをするなという意味を込めて。
 しかし、課が違う。それほど強く言う立場じゃないしと、気になりはしたが「じゃーな」と、昇はその場を立ち去ったのだ。

 それからすぐに全体のチーム解散があり、昇はいまのチームのリーダーに抜擢されたのだ。

 どうやら、それで仕事の回りがよくなった、というか、仲が良いチームとなったので、若干まわりに影響はあったようだ。

「まぁ、大丈夫だよ」
「明るくはなったよね、サトウちゃん。良い感じ」
「確かに。やっぱり正解だったな宇田」
「んーまぁなんっか部長、ノルマはキツくなったけど。
 思い出した。山城って…開発の女の子。あの子なんか、聞かない?」
「と言うと?」
「わりと気遣いが出来る子みたいで」
「何?もう新しい彼女?」
「違うわ、」
「…いや、何も特に上がってない、話は」

 …結局、実際そんなものなのだ。良いことというのは。

「あーそう……」
「久々に風でも入れたいのか?」
「それもある」
「そうだなぁ、どっかと入れ換えだろう」

 ですよねぇ。

「ウチはもう、一人女性がいるからなぁ、別に良いや。まぁ、」

 時計を見る。
 飯でも食わなきゃなと思い立ち、昇は一人「じゃ、戻るわ」と喫煙スペースを去る。

 違う意見を聞くのも良い刺激だ。久々に同期に会うと、やはり違う。
 「今度飲みになー!」と言う浦野に後ろ手を振っておいた。

 件の加東はどうやら、ぼんやりとコンディメント補充をしている。

「偉いな」
「…いぇ、見掛けたので」

 なるほど…気の遣いすぎか…。

「昼飯食ったか?」
「あぁ、はぁ…」
「今日もしかして、調子悪い?」

 ならば、と。
 敢えてそう振ってみることにした。
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