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二色燕𠀋

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 静かなノックの、重厚な鉄の音が廊下に響いて。
 次の瞬間にはそれを蹴破る樹実がいた。その背中の狂気に、静かに息を呑む。

 部屋の中には、4人しかいなかった。その4人は厳正な空気で机越しに向き合い、手元の書類と対峙している。樹実と、僕を見つめるアホ面のようなガン首に、はっきり言って拍子抜けしてしまった。

「なんだ貴様ら」

 一人、軍服を着た5つ星の肩章のがたいの良い色黒で髭面の中年男が、僕らに対し不機嫌を露にする。こいつが空将か。

 その隣にはわりと若めの、しかしなんとなく神経質そうにシワのないグレーの高そうなスーツを来た嫌味のないマッシュボブの兄ちゃん、向かい側にはいかにもな、と言うかテレビで見たことがある、歳特有の眠そうなまでに顔の筋肉が下がってしまった感じの水っ腹な白髪のおっさんと、そいつの隣には、どちらかと言えばやせ形だが筋肉質っぽい、グレーのスーツにピンク色のシャツが印象的な長身で2、8分けの雰囲気優男が座っていた。

 多分構図的に空将、赤十字、向かい側のおっさんが防衛大臣、隣が星川匠だろうか。
 随分絵面か胡散臭い集団だなこれ。笑っちゃいそうなんだが。

「ふっ…、」

 樹実はダメでした。我慢強くないなぁ。だがそれにつられて自分が耐えていたものも決壊。二人で笑ってしまった。失礼ながら。

「なにヘラヘラしてやがる貴様らぁ!」
「あ、く、空将さん?こ、こんにち…ふ、ふはははは!ダメだ、ダメだよ雨、俺死んじゃう!」
「ちょっと、こっちに振らないで、僕も死んじゃう…!」

 あぁ、バカらしい。なんなんだこいつら。
 しかしながらこんなもんか。

「な、な…」

 空将が唖然としている中、取り敢えず収まるまでひとしきり笑わせて頂いて、落ち着いたところで樹実は漸く全員を見渡した。

「お話し中すんませんね、只今テロ中の元陸軍、茅沼と申しまーす」

 その自己紹介はどうなんですか。胡散臭い。

「…なんだこの輩は」

 防衛大臣(と思わしきおっさん)が、歳特有のもごもごとした喋り方で隣の補佐官、星川匠(と思わしきピンクシャツ)に、耳打ちにしては声のでかい耳打ちをする。それに対し星川匠は、薄ら笑いで首を傾げる。

 確かに、星川匠、なんとなく食えなそうな男だ。

「ぜーいんお揃いのところで国勢調査の結果の発表といきましょーか。丁度、防衛大臣の中塚なかつかさんと補佐官の星川さんもいらっしゃってますしね」

 口調のわりに、やはり鋭い蛇のような目で防衛大臣中塚と補佐官星川匠を見つめる。だがその場の一同には動揺しか生まない。そりゃぁ、そうである。

「…申し遅れました。私、海上自衛隊現准海尉、元秋津艦隊三等海曹の熱海雨と申します。お見知りおきを」

 秋津艦隊、の単語で動揺から衝撃に雰囲気は一変した。やはり秋津冬次という男はただ者じゃない。目の前のアホ面防衛大臣すら、目を見開いて「秋津って…!」と驚愕している。

 まぁあんたのそれは違う驚愕かもわからんがな。

「はいそうです。お宅らが潰した艦隊の死に損ないでございます」
「ふっ、あぁそう。
 面白いなその話。何?聞かせてくれない?ね、中塚さん」
「あ、あぁ…」

 明るみになった。おっさんは中塚、ピンクシャツは星川匠だ。

 空将はただ、歯をギリギリと噛んで見ているだけになり下がる。

「秋津艦隊は3ヶ月ほど前、沈没しました。僕らは、ベトナムに援助活動に行く予定でした。
 しかし船内で暴動が起き、そして爆撃を受け沈没いたしました。
 僕はそれから4日後、陸軍に救助されたかと思いきやそこで何故か射殺されかけ、彼と出会いました」

 思い出されるあの日の艦内。
 あのとき僕はすでに、死んでいてもおかしくなかった。

「始めは状況なんて掴めませんでした。突然秋津さんと佐渡准海尉が喧嘩をおっ始めるもんだから、僕は止めに入るのに必死でした。
 秋津さんがキレちゃってね。「こんなもんのために儂はベトナムなんて国に行くのか」と。
 しかし僕には秋津さんが言っている意味が、その時はわからなかった。あの人は偏屈だったから。もっと聞いてやればよかったんですけどね。まぁそれは恨み言ですよ。
 突然それから佐渡准海尉はトチ狂ったように僕の目の前で秋津さんを拳銃で撃ちました。もう、それからははっきり言って無我夢中で。
 コックピットだったし操縦権は、あの人がキレたんだ、多分このクソ野郎に握らせてはなるまいと死に物狂いで佐渡准海尉に発砲したらあの野郎、最後に操縦席の、コンピューターの結構重要なところを撃ち抜いてきましてね。これで船は操縦パニック。僕もトチ狂って佐渡さんを射殺しちまいましたよ。
 それから爆破音がして、僕は、まだ生きていた秋津さんを助けようと、外部に通信を試みましたが、通信は遮断されていました。
 最期に彼は、師匠は笑ったけど叱りました、僕を。「純粋な平和をみなさい」とね。そんで渾身の力で僕をコックピットから追い出したんですよあのクソジジイ。
最期まで、偏屈な、ジジイでしたよあん人は…」

 想いが溢れてくる。抱き止めてそれでも冷たくなっていく操縦席のあの小さな体が、今更になって手に生々しく思い出される。

 だから零れない。僕、眼鏡だから。

「しかし彼に拾われてみて現実を知り、僕は今浮遊した海の底から地に足ついてここにきてしまったんです。
 現実って何?その話をしに来たんですよ。あんたら言わずともわかってるでしょうが樹実、選手交替です。僕そろそろ頭来てこの詐欺集団をぶっ殺しそうなんで」
「…かしこまりました」

 樹実は、静かに息を吸った。
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