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ノットイコール
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取り残されあれ、てゆうかこれ、俺なんか必要?と思っていると、波瀬が鉛筆を回しながら「金属とプラどっちがいい?」と聞いてきた。
「あーうん」
「てか、立ちっぱもなんだし、作業場で良い?」
特にこちらの返事は待たないらしい。
渡したスマホと紙と鉛筆を持ち奥へ向かう波瀬に、どうやら着いて行くしかなくなったようだ。
暖簾を潜る。
作業場の壁には、理科室にあるような棚が並んでいた。
波瀬はキャスター付きの椅子をテキトーに引っ張り出して机に側付け、そこに促してくる。
異様な光景に圧倒されたまま椅子に座ると、机に向かった波瀬から「ちょっとこっち向いて」と、いきなり両手で頬を掴まれ、ビクッとした。
その親指でぐいっと、両目の下を開かれる。
あまりの急さにこちらが唖然としたままでいると、少し眺めた波瀬は「やっぱりね」と言い、手を離し耳からイヤホンを外した。
「鉄分足りてないね。
あ、俺見てわかる通りっていうかモヒカンから聞いたかもしんないけど、薬剤師の資格持ってんだよね」
「…薬剤師…?」
「うん。まぁ、こんなんじゃ食ってけないから」
…ちょっと待てよ。
やっぱり、そうだよな。薬剤師って大学院、つまり最低でも24歳以上じゃないと資格は取れないんだよな?誠一も前に言ってたな、と思い出す。
誠一が勤めるマトリは、その中のほんの僅か。中には資格を持たない人もいるらしいが…。
「20歳じゃないんだ」
「そんなこと言ったっけ」
「聞いた、半井から」
「じゃあ聞いてるね。なんかいる?と、言いたいけど細身とはいえ、男じゃ珍しいからなぁ。あんた、精神病んでるよね?薬の弊害かなんかだと思うんだけど、貧血や低血圧だったりしない?」
…なるほど。
「…わかるんだ」
「そりゃね。まぁ、こんなん言う薬剤師もあまりいないと思うけど」
ふらっと立ち、棚と対峙した波瀬は「一応ヤバくない薬屋」などと言ってくる。
「なんで素直に薬剤師にならなかったの?今のところ怪しいんだけど…」
「つまんなそうだし。あとはマトリ…厚労省の麻薬取締部、Gメンとか言われるやつね。あれの試験に落ちたんだよ」
…急に馴染み深くなってきた。全てがあまりに急で戸惑いばかりが生まれてゆく。
「そうなんだ」
「一応処方箋も受け取れるよ、まぁ知られてないし言ってないけど。バンドマンじゃ馴染みあるかな、合法ドラッグ。モヒカンにあげたのはそれ」
「…へぇ」
「ちょっと儲かるかなと思って。丁度良い場所に見っけて思い付いた。鉄剤でもいる?」
机を睨み「…こっちはどーすんの?」と言っておく。
「やるよ。でも多分…あの人連れてきたの、こっちじゃないかなって気がしたんだよね。まぁわかんないけど」
「…じゃあ、どんなのがあるの?気になるかも。合法なんでしょ?」
「多分。医薬品なのは確かだけど」
ふいっと振り返った波瀬は笑い「あんたさ、」と続ける。
「例えばジャスミンなんかは使ったことある?」
「は?」
「さっきモテるか聞いたと思うけど、バンド何年やってんの?」
「組んでからは…8年かな」
「あ、思ったより長いんだね。まぁいいんだけど。
ジャスミンってリラックス効果がある反面、催婬剤の効果もあるんだよ」
棚からいくつかの、プラスチックの入れ物を抱えた波瀬は、それらをタンと机に置き「これが鉄剤」と、一つを前に出してきた。
なんのつもりかは知らないが、勘は動いてきた。
「まぁ、食生活でも随分違うけどさ」
それだけ言えばもういい、という態度でまた鉛筆を持つ統一性のない波瀬の行動からしても、まだ人物を読むことが出来ない。
「じゃあさ」
「うん」
「例えば何か欲しいって言ったらいくらで売ってくれんの?」
「興味持った?」
「…ちょっとね」
じとっとした三白眼で見つめてくる波瀬は、「物によるけど」と抑揚のない声音。
「何が良いの」
「じゃあ、半井と同じやつ」
「あー。あれは作ったんだ。いいよ、作ってあげるけど」
波瀬は急に前のめりでぐいっと側に寄り「えっちしたいな」と言ってきた。
はぁ?
「あんた、男に抱かれる身体してる」
ドキッとした。
波瀬はにやっと笑い「俺わかるんだよ」と嘯く。
「しかも、ドの付くエロいやつ」
「…はぁ?」
「なんなら、どっちもいけそうなくらいの。俺もそうなんだけど」
何も言えなくなった。
バカじゃないのと言いたいけれど、波瀬は机の引き出しからお菓子の入れ物みたいな缶を出し、そこに入っていた薬を一錠つまんで見せてくる。
それを緩く咥えたかと思えば、急に後頭部を掴み口を寄せてきた。
反射的に顔を背け、「待って、」と手で追いやってしまう。
「アレルギーあるからっ、」
あ。
口走ったことにはっとした。
波瀬は少し離れ、薬を飲み込み嘲笑する。
失敗した。
そう思ったのだが、波瀬はガシャッと椅子から降り、棚の側にある業務用の冷蔵庫を開け「何かわかってんの?」と聞いてきた。
ペットボトルの水を取り出し、少し含んでじとっとこちらを見る。
「…え、」
「アレルゲン。
薬剤なら例えば防腐剤とか、それとも…麻酔系とか抗菌系とか、あと局所麻酔なんかもある。
症状も肌や眼球、呼吸不全やらと種類はあるけどまぁ、薬物はわりとアレルゲンが追えなかったりしたでしょ。アナフィラキシーなんか起こすと特にそうなんだけどさ、あれは身体が驚いてなっちゃうやつだから」
「あーうん」
「てか、立ちっぱもなんだし、作業場で良い?」
特にこちらの返事は待たないらしい。
渡したスマホと紙と鉛筆を持ち奥へ向かう波瀬に、どうやら着いて行くしかなくなったようだ。
暖簾を潜る。
作業場の壁には、理科室にあるような棚が並んでいた。
波瀬はキャスター付きの椅子をテキトーに引っ張り出して机に側付け、そこに促してくる。
異様な光景に圧倒されたまま椅子に座ると、机に向かった波瀬から「ちょっとこっち向いて」と、いきなり両手で頬を掴まれ、ビクッとした。
その親指でぐいっと、両目の下を開かれる。
あまりの急さにこちらが唖然としたままでいると、少し眺めた波瀬は「やっぱりね」と言い、手を離し耳からイヤホンを外した。
「鉄分足りてないね。
あ、俺見てわかる通りっていうかモヒカンから聞いたかもしんないけど、薬剤師の資格持ってんだよね」
「…薬剤師…?」
「うん。まぁ、こんなんじゃ食ってけないから」
…ちょっと待てよ。
やっぱり、そうだよな。薬剤師って大学院、つまり最低でも24歳以上じゃないと資格は取れないんだよな?誠一も前に言ってたな、と思い出す。
誠一が勤めるマトリは、その中のほんの僅か。中には資格を持たない人もいるらしいが…。
「20歳じゃないんだ」
「そんなこと言ったっけ」
「聞いた、半井から」
「じゃあ聞いてるね。なんかいる?と、言いたいけど細身とはいえ、男じゃ珍しいからなぁ。あんた、精神病んでるよね?薬の弊害かなんかだと思うんだけど、貧血や低血圧だったりしない?」
…なるほど。
「…わかるんだ」
「そりゃね。まぁ、こんなん言う薬剤師もあまりいないと思うけど」
ふらっと立ち、棚と対峙した波瀬は「一応ヤバくない薬屋」などと言ってくる。
「なんで素直に薬剤師にならなかったの?今のところ怪しいんだけど…」
「つまんなそうだし。あとはマトリ…厚労省の麻薬取締部、Gメンとか言われるやつね。あれの試験に落ちたんだよ」
…急に馴染み深くなってきた。全てがあまりに急で戸惑いばかりが生まれてゆく。
「そうなんだ」
「一応処方箋も受け取れるよ、まぁ知られてないし言ってないけど。バンドマンじゃ馴染みあるかな、合法ドラッグ。モヒカンにあげたのはそれ」
「…へぇ」
「ちょっと儲かるかなと思って。丁度良い場所に見っけて思い付いた。鉄剤でもいる?」
机を睨み「…こっちはどーすんの?」と言っておく。
「やるよ。でも多分…あの人連れてきたの、こっちじゃないかなって気がしたんだよね。まぁわかんないけど」
「…じゃあ、どんなのがあるの?気になるかも。合法なんでしょ?」
「多分。医薬品なのは確かだけど」
ふいっと振り返った波瀬は笑い「あんたさ、」と続ける。
「例えばジャスミンなんかは使ったことある?」
「は?」
「さっきモテるか聞いたと思うけど、バンド何年やってんの?」
「組んでからは…8年かな」
「あ、思ったより長いんだね。まぁいいんだけど。
ジャスミンってリラックス効果がある反面、催婬剤の効果もあるんだよ」
棚からいくつかの、プラスチックの入れ物を抱えた波瀬は、それらをタンと机に置き「これが鉄剤」と、一つを前に出してきた。
なんのつもりかは知らないが、勘は動いてきた。
「まぁ、食生活でも随分違うけどさ」
それだけ言えばもういい、という態度でまた鉛筆を持つ統一性のない波瀬の行動からしても、まだ人物を読むことが出来ない。
「じゃあさ」
「うん」
「例えば何か欲しいって言ったらいくらで売ってくれんの?」
「興味持った?」
「…ちょっとね」
じとっとした三白眼で見つめてくる波瀬は、「物によるけど」と抑揚のない声音。
「何が良いの」
「じゃあ、半井と同じやつ」
「あー。あれは作ったんだ。いいよ、作ってあげるけど」
波瀬は急に前のめりでぐいっと側に寄り「えっちしたいな」と言ってきた。
はぁ?
「あんた、男に抱かれる身体してる」
ドキッとした。
波瀬はにやっと笑い「俺わかるんだよ」と嘯く。
「しかも、ドの付くエロいやつ」
「…はぁ?」
「なんなら、どっちもいけそうなくらいの。俺もそうなんだけど」
何も言えなくなった。
バカじゃないのと言いたいけれど、波瀬は机の引き出しからお菓子の入れ物みたいな缶を出し、そこに入っていた薬を一錠つまんで見せてくる。
それを緩く咥えたかと思えば、急に後頭部を掴み口を寄せてきた。
反射的に顔を背け、「待って、」と手で追いやってしまう。
「アレルギーあるからっ、」
あ。
口走ったことにはっとした。
波瀬は少し離れ、薬を飲み込み嘲笑する。
失敗した。
そう思ったのだが、波瀬はガシャッと椅子から降り、棚の側にある業務用の冷蔵庫を開け「何かわかってんの?」と聞いてきた。
ペットボトルの水を取り出し、少し含んでじとっとこちらを見る。
「…え、」
「アレルゲン。
薬剤なら例えば防腐剤とか、それとも…麻酔系とか抗菌系とか、あと局所麻酔なんかもある。
症状も肌や眼球、呼吸不全やらと種類はあるけどまぁ、薬物はわりとアレルゲンが追えなかったりしたでしょ。アナフィラキシーなんか起こすと特にそうなんだけどさ、あれは身体が驚いてなっちゃうやつだから」
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