天獄

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
25 / 48
ノットイコール

5

しおりを挟む
「…あれ、なんでだ…?」
「ぃぃいいや俺が知りてぇんだけどカツ丼そんな嫌」
「嫌いじゃないんですけどっ!」
「は?」

 どうすることも出来ないけど抱きつきたい、けど兎に角泣けてくるらしい。
 やり場もなく江崎の腕をぎゅっと握ってふわっと熱くなる、もう片手でも握ったら「痛たたたたい、痛、ちょ、力っ!強いな意外と!」と言われてしまい、パッと離した。

「ぅう、ごめんなさぁい…」
「取り敢えず情緒やべぇな!?なんだどうした、チンピラにでも絡まれ」
「おっ…犯されたぁっ!」
「はぁぁ!?」

 沈黙。

 互いに立ち止まる空気に「え、待て、待て、何その雰囲気マジ?え?」と、江崎を混乱させたらしかった。

「え、それ男から聞くの、それ、」
「宗教団体とか」
「は!?」
「あ違う、ん?間違えたスタジオ帰りに薬くれたんだけどグッズを作って」
「何言ってっかわかんなっ。わかった、部屋な、ちょっとなんか飲め。あれだ、野菜ジュースをやろう、な?連れてく?歩く?」

 がさがさがさ、と、波瀬から貰ったピルケースを出し「これです!」と渡せば「お、おぅう…」と、明らかに江崎は困っている。

 「すみません、」と再度謝り二人でリビングまで行き、まずはギターをソファの側に下ろし、座った。

 本当に野菜ジュースを持ってきた江崎は顔を覗き込んでくる。
 そしてピルケースをテーブルに置き、キッチンで夕飯を作り始めた。

 ふー、ふー、と野菜ジュースを一口飲んだら噎せた。かなりトマトだった。

 …血の味に似ている。

「あ゛っ、野菜ジュースダイジョブだよな、ダメだっけ?」

 …変なところに入った。鼻から少し出てくる。
 「…ダイジョブっ…、」と鼻を拭いながら振り向くと、江崎は手を止め黙り込んだ。

 明らかに何かを考えている。
 そして選び出したらしい、低血圧な声で「……聞いちゃって良いかわかんないんすけど…」と続ける。

「…キメセクパーティー大開催とかぁ、した感じです?」

 トン、ト、トントンと、まな板を叩く音が再開した。
 どうやらかなり動揺させてしまったようだ。

「いえ、違いマス…と、トマト…」
「そうですか……ん?」
「鼻血じゃない…」
「あ、」

 江崎は漸く思考回路を繋げたらしい、耐え始める、しかしやはり「っはは、」と漏れ始め…。

「っはははは!マジか!と…うっはっはっはっは!あーそっかそっか、無理かぁ!」

 流してくれたようだが、羞恥心が沸いて仕方がなくなった。

「はー、えっと、…じゃあ、現場がそういった」
「違いマス…えっと、あの、すみません語弊は、ありました…。
 あの…、一から話しますね、」
「ハイ」

 冷静にならなければ、ならなければ…。

「あの、半井がアクセ持っててピルケースだったんですけどね、」
「ハイ…」
「手作りのアクセ屋さんで、帰りに見に行こうよって言われて、ついでにグッズ作ろうか~とか、なんかそんな話をしてたんですが、その人合法ドラッグの人でちょっと、東口だしとか頭回してこれを入手した、で、その…」
「………単語を頑張って拾いました、理解しました」

 江崎はガン、ガン、と何かをぶっ叩いているようだが、すぐにジュワ~っと音がした。カツか…とぼんやり理解する。

 ジュワジュワ音が鳴り話しは中断されたが、いや、いまの本当に伝わった?と疑問になってくる。

 音が止み、炊飯器を開けた江崎が「東口とは、例の下北沢でしょうか」と、冷静に聞いてきた。

「あ、はい、すみません」
「ん~なるほど……合法ドラッグ?わっかんねぇなウチではないことは確かだが…どの辺?」
「あ、えっと、廃ビルで…どう説明しようかな…」
「廃ビル…テナント他に入ってないってことか?うーんと、そうだなアクセ屋っつーことは、古着街あたりか?」
「ちょっとズレてる…。駅の側だけど凄く難しい場所で…。
 名刺だ、名刺貰ってきました」
「じゃあ取り敢えずそれでいーわ」

 良い匂いがする…。
 カツ丼が前に置かれた。

 本当にカツ丼だ…。見た瞬間、腹が減っていることに気付く。
 持ちきれなかったのか、江崎は自分の箸を行儀悪く咥えている。
 側に座り、「はい、いただきます」と食べ始めた。

「いただきます……」
「腹減ったろ」
「…うん…」

 がしがし、と頭を撫でてきた江崎は「バカだなぁお前は」と穏やかに言う。
 ポケットからすーっと波瀬の名刺を出して見せると「ん~あ~、なんとなくどの辺か把握したわ」と言った。

「この辺俺持ちじゃないな。写メってヤナセに調べさすか。
 合法ドラッグってなんなの一体。精神薬?」
「多分それ…。薬剤師の資格あるって言ってた…。
 話してたら確かに、俺の処方薬とか鉄剤とか、なんか詳しかったし薬ずらーってあった」
「ふーん。何人?」
「日本…」
「どっかの個飼いかなぁ、如何にもというか…。でも、本人が資格持ってるってパターンと、しかも駅近って流石に大胆すぎるしあまりヤクザ感がないな、堅気かも。渡り歩いてるのか…てか、なんで薬剤師やんないのかね、もしくはマトリ入ればいいじゃんな?道踏み間違ってるよな」
「マトリは落ちたらしい…薬剤師はつまらないらしい…」
「ふーん、なんか若そうだな考えが。礼儀も知らなそう。まぁ老若男女こっち側のヤツに道徳なんてねぇからなぁ。んな、非道なもんバラ撒くくらいだし。
 マジで個人で廃ビルなら押さえられるし気に入らねぇから単発飼いしてやってもいいが、博打に近いな。そっち系は一見儲かりそうだがリスクデカいんだよ。
 調べなきゃわからんが合法っつーんじゃ今回は平良も無理かもな。サツに垂れ込む程度か、出来ても」
「え…」
「それはそれでおもしれぇ、両方鼻をポッキリみたいな。まぁ、そんなうまくいかねぇだろうけど」
しおりを挟む

処理中です...