天獄

二色燕𠀋

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ノットイコール

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 ふいに「くぉらっ、てめぇ!」と江崎からデコピンを食らった。

「痛っ」
「なーにやってんだお前はぁ。ここまでするか、おい、」
「違ういくらって聞いた、俺、」
「あぁそうかい。全く…お前はな?一般人なのね?ん?企業探偵じゃないんだからね?わかる?そんなんで殺されたらどーすんの?どーも出来ないよね?」
「…うん、でも、それを言ったら今更じゃん…っ」
「…まぁね」

 江崎はふいっと不機嫌そうにカツ丼を眺めつつ「大丈夫なんか、それで」とボソッと言った。

「…ダイジョブ…別に悪かった、訳じゃなくて」
「…案外よかったってことですか?」

 声が低くなるのに、何故か気まずい。

「ごめんなさいでもすっごく………会い、たくなって」
「ん…、」
「なんか、なんか…っ。どういうわけかホンットに…なんでこんなこと言ってんだろ、そう、自分が悪いし、こんなで、来て、ごめんね新さん」
「………」
「そのまま、来ちゃった、なんか、わかんないけど、タクシー乗って…どうしてもって…」

 江崎はどうやら何かを言おうとしているが、いつも通り、結局何も言わないままやり場もなさそう。
 そのままぱっと、思い付いたようにピルケースを開けた江崎は「まぁ、食って…」と上の空のように言った。

「…わかってたけど、じゃあ、平良のいる自宅には帰ってないわけだ」
「うん、だって」
「わかった。でも…まぁ、ははっ!」

 「仕方ねえよな」と笑ってくれた。
 それから横目で見て「じゃあどうしたい」と選択肢を与えてくる。

「飯食って風呂でも入って帰れよと言いたいけど。…どうにもなぁ、こうやってオフの日に来られちまうとな…」
「迷惑ですよね」
「かなりな……だからこそ、わからない」
「…何が?」
「そうだな、自分がだ。お前と一緒だな。お前、いままでまともな人生を考えたこと、ないだろ」
「………」
「自分とか、そういうの。なんでかなぁ。そーゆーの見てっと大抵腹立つんだけどな。こっちは生きるか死ぬかだから。お前のことなんて、いいなぁと妬ましいんだと思ってた」
「……人生、」
「俺が悪いな、そこは。けど、俺はどうやらお前に、いますぐ帰れとは言わないらしい」
「…んー…」

 カツ丼を食べる江崎はやっぱりなんだか…食べ方が綺麗だ。なのにどこか野性的に感じる。自然な行為だからだろうか。

 自分もそのまま無言で食べ続ける。普通に旨い。旨いというのがなんだか…凄い。

 「ごちそうさまでした」と食べ終えると、「おぅ、風呂沸かすか」と言う江崎は右手を…こっそり、みたいな感じで触れてくる。
 それはたった一瞬で、丼を下げて風呂のボタンを押していた。

 そして、洗い物をする江崎が本当に普通の日常に見えた。それが新鮮で、それに対する気持ちにもじんわりと…説明はつかなかった。

「…なんで、来ちゃったんだろ」
「ん?」
「どうして…」
「なんでなんだろうな?
 俺もいま、安心してる。色々と腹は立ってるが。俺は答えを知ってるけどね」
「…そうなんだ」
「うんそう。例えばいまお前は俺に抱かれたがってる」

 ……そう、

「…うん。あってる」
「俺は半々。抱きたいし、でも考えてる。良いのかと」
「…そっか」

 そうなんだ。

「こんなことを考えさせるお前に対して、驚きと納得と。理由もわかってる。ここに葛藤があるもんだ。俺はたまに来るお前の面を、知っちまってるからな」

 食器を洗い終え、再び側に戻ってきた江崎は何も言わずにテレビをつけた。
 まるで自然と凭れるように肩へ手を伸ばし、髪をさらさら、ちりちりと弄る所作。

 この距離感は確かに知っている。こんなにがっつりとThe 休日、な感じは初めてな筈なのに。

 ニュースは見ているのかいないのか。

 給湯が終わった合図で「おーし」と立つついでに顔を近付けてきた江崎は、まるでやめられなくなった、という雰囲気で深いキスをしてくる。

 喉仏を撫でる癖。そしてその指で目元まで撫でてきて。
 …気持ちい。

 それも離れ「先に入るわ」と、江崎はごく普通に日常を過ごすようだった。

 待つ間どうも、落ち着くのか落ち着かないのか。

 随分甘やかされている。そのくせ一定の距離は、多分あるんだ。何故かそれをまざまざと感じた気がする。

 自分はなんで、こうなんだろう。多分…今日はしない。

 そう思ったら、疲れも出てきたのに。

 震える手で下唇に触れている自分に気が付いた。しない、そう遠くから思うのに…どうしてか。例えばあの胸板に触れたいと思ったり。

 そして一つ気付く。

 自分は、最低な気分の後は特に、江崎と会うという選択肢を選んでいた気がする、いままで。
 そう…そんな時、必ず会いたくなる。どっちでも良いと思っていたと、思っていたのに。
 いまだってそう。この後帰りたくない理由。誠一に例えば怒られて、手酷くされるのが想像出来る。

 近くにいるせいかはわからない。でも、誠一に会いたいという理由に気付いたことがない。多分、ないからだ。

 ぼんやりとスマホを眺める。
 誠一にも言わなきゃ、でも、いまは動く気すらない。

 …初めて抱かれた日を思い出す。どちらも流れだ。ただ拒まなかっただけ、そして二人とも、行為と性格のギャップに驚いた。どうして彼らは自分を抱いたのだろう。

 そこにいたから?でも、そんなに安易なんだろうか、だって、男だし。普通そうなるのか?

 今更ながら、そんなことを考えた。

 自分だって女は抱く。誠一はわからないが江崎は間違いなく抱いている。

 で?

 …特別、互いに何か、自分の話をしたわけでもないのに。

 わからない、わからないが江崎と初めてした日を覚えている。凄く目がキラキラしているように見えた。なんで、特別覚えているのか。
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