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天獄
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「まぁどうも」
「ここは賃貸だったよね。販売利権書は君が持っているんだと思うが」
「珍しいっすね、こんな所を開発しようなんて。まぁ、駅も便利になったし、今のうちかも」
「何件か、テナントも入れようかと思ってる。君にも知らせておかないとと」
「ここ、階によって不動産違いましたよね。凄いな、全部買い取ったんですか?
俺はあんたの言った通り賃貸なんで、まぁご挨拶頂いたのは礼儀として頭を下げます。
たまに、勝手に振込先変わることありますからね、精神薬みたいにコロコロと。
それで、単刀直入に聞きますがお宅はヤクザですよね?」
なるほど。
気も短いタイプだな。しかし、どうもそのわりにはこうして取り繕う。
「はい、そーですね」
「つまり挨拶ってのは、利権書やら上納金やらの話ですかね?」
「君はよく喋るねぇ」
そう言うと、波瀬は黙り込んだ。
だが、やはり目の色は変わらない。確かに、こちらが利権書と言った時点であっさり意味は理解したようだし、経験則もありそうだ。
どこか冷めているように見えるのは、やはり渡り歩いているからなのだろうか。
「まぁ、別に良いんですけど。お遊びでやってますから」
「どちらが?」
「どっちも。ただ好きなことをやっているんです」
…なるほど。
「案外素直だな、君は」
「…えぇ?初めて言われましたけど」
「余程好きなのは理解した。ただ、純粋すぎて、はっ、おっさんには心配だなぁ。
見てわかる通りヤクザ屋さんなもんで、悪い大人はよく見ている。あまりに直球で逆に勘ぐりたくなるのが仕事だ」
「でしょうね。あんた程じゃないと思いますが、俺もそれなりに悪い大人は見たことありますから」
やはりな。だからこちらが得ないシマも把握しているのか。
「抵抗もないと?」
「ただ、期待外れだとは思いますよ。
俺はあんたも純粋だと思いますよ。こんなとこ、どうやって見つけ出したんだか。ま、不動産なんて全部ヤクザなんだろうと思うことにしてますけど」
「偏見だな。それなりにクリーンだったりするよ、君と同じで。
君は世間を悲観しているようだ。まぁ、そんな若さもわからなくない、俺にもあったな、全員ぶち殺してやりたくなった時期って」
「わぁ怖いなぁ。すっげぇ俗っぽい」
「…大人びて達観しようとする時期もあったな。んなの、嫌でも染み付いてなんとも思わなくなるのに」
「…人生相談っすか?あんた苦労してますね」
タバコを揉み消した波瀬は「それで?」と煽る。
吸い口に、血が滲んでいた。
…お前も随分、寂しいヤツだなぁ。
「まぁ、俺が来なければ別のヤクザ屋さんが来ると思う。もしくは」
「別に口説こうとしなくたっていいっすよ?判子と名前がありゃいいんでしょ?」
「いや、販売に関しては別に好きにやっていい。賃貸だし、新しい販売許可書と…管理者の書類を発行すりゃぁ」
「じゃあ、慧を俺にくんねーかな」
素知らぬ顔、横目で見てくる波瀬に息をし「吹かせよ、クソガキが」と吐き捨てた。
「ははっ、」
笑った波瀬が「多分さ」とまたタバコに火を点ける。
「まー、ヤクザさんならあるあるかもしんないっすけど、あの人ってあれでしょ?俺でもいけんじゃねーかみたいな俗っぽい考えで抱いちゃうんでしょ。危うい色っぽさみたいな」
「なんのことかわからんが大丈夫か?俗っぽいなぁ。俺の知り合いに似たようなアドレナリンジャンキーがいるぞ」
のらりくらりとしていた波瀬が、ついに一度だけ瞳孔を開いた。
…可哀想なヤツだな。お前も、俺も。
「お前、人運良い方?」
「は?」
微かに、波瀬の目が泳いだ。
そうか、どんなに強がってもお前の弱点はやはり変わらない、だが恐らく、何が悪いか落とし穴なのか、まだわかっていないんだろう。
「ちなみに俺は良い方だ。上司も部下も友人も恋人も不便をしたことがない」
「…へぇ」
「バカやって死にかけても今生きてんのがその証拠だ」
「…なるほどね」
お前も俺も特別な人間なんかじゃない、残念ながら。どんなに挫折をしようとも、それは名声じゃないからだ。
「で、さっきの話しな。
俺じゃなかったらこの程度、マトリかサツが来る。それにお前は、何を考える?」
本当の挫折は、人の形ではなくなることだ。前後不覚後程度はただの中毒者でしかない。
「…は?」
「同意なら明日、許可書を持ってくる」
「…あっそ…、なるほど、優しいね」
「ヤクザ屋さんだぞ?」
「…歯痒いなぁ、」
…表情も変わらなかった青年が唯一最後、顔を歪めてそう吠えた。
「互いにどうしようもないな。押し付けがましい。のしつけて返すよ、ヤクザ屋さん」
確かにな。
「そうか、残念だ。結構気に入ったんだが」
「あんたは正義の見方じゃないよ。けど、向いてないね。
本当は正義の見方の方が悪いことしてたりするって、言うじゃん?」
「わっかりやすいなぁ、お前」
…結局そうなるのか、その程度で。
複雑だ。
「俺は墜ちてく覚悟、あるよ?」
「…加えて傲慢なやつだ。自覚がないのも質が悪い。さては病んだことないな?まぁ、良いことだよ。
じゃあな。発注頑張って」
甘いな。
そんなんじゃ、やっていけねぇだろうよ。
素直に、店から出た。
「子供は感情的でいけませんね、珍しい、よく付き合いましたね会長」
「まぁな。でも…素直に羨ましいよ」
ふっ、と笑ってしまった。
「人間、感情を失くせという方が難しい。願って出来ることじゃない。
何故大人は、汚れる以外に出来ないんだろうな。
…ぶっちゃけ、ホスト狂いの闇金ネグレクトクソアマや、パチンカスDV薬中野郎より、今のが一番しんどかったな…」
…どんな景色を見ていたんだろうな。
それは凄く…どうだったんだ。いつでも苦しそうに見えていた。
「ここは賃貸だったよね。販売利権書は君が持っているんだと思うが」
「珍しいっすね、こんな所を開発しようなんて。まぁ、駅も便利になったし、今のうちかも」
「何件か、テナントも入れようかと思ってる。君にも知らせておかないとと」
「ここ、階によって不動産違いましたよね。凄いな、全部買い取ったんですか?
俺はあんたの言った通り賃貸なんで、まぁご挨拶頂いたのは礼儀として頭を下げます。
たまに、勝手に振込先変わることありますからね、精神薬みたいにコロコロと。
それで、単刀直入に聞きますがお宅はヤクザですよね?」
なるほど。
気も短いタイプだな。しかし、どうもそのわりにはこうして取り繕う。
「はい、そーですね」
「つまり挨拶ってのは、利権書やら上納金やらの話ですかね?」
「君はよく喋るねぇ」
そう言うと、波瀬は黙り込んだ。
だが、やはり目の色は変わらない。確かに、こちらが利権書と言った時点であっさり意味は理解したようだし、経験則もありそうだ。
どこか冷めているように見えるのは、やはり渡り歩いているからなのだろうか。
「まぁ、別に良いんですけど。お遊びでやってますから」
「どちらが?」
「どっちも。ただ好きなことをやっているんです」
…なるほど。
「案外素直だな、君は」
「…えぇ?初めて言われましたけど」
「余程好きなのは理解した。ただ、純粋すぎて、はっ、おっさんには心配だなぁ。
見てわかる通りヤクザ屋さんなもんで、悪い大人はよく見ている。あまりに直球で逆に勘ぐりたくなるのが仕事だ」
「でしょうね。あんた程じゃないと思いますが、俺もそれなりに悪い大人は見たことありますから」
やはりな。だからこちらが得ないシマも把握しているのか。
「抵抗もないと?」
「ただ、期待外れだとは思いますよ。
俺はあんたも純粋だと思いますよ。こんなとこ、どうやって見つけ出したんだか。ま、不動産なんて全部ヤクザなんだろうと思うことにしてますけど」
「偏見だな。それなりにクリーンだったりするよ、君と同じで。
君は世間を悲観しているようだ。まぁ、そんな若さもわからなくない、俺にもあったな、全員ぶち殺してやりたくなった時期って」
「わぁ怖いなぁ。すっげぇ俗っぽい」
「…大人びて達観しようとする時期もあったな。んなの、嫌でも染み付いてなんとも思わなくなるのに」
「…人生相談っすか?あんた苦労してますね」
タバコを揉み消した波瀬は「それで?」と煽る。
吸い口に、血が滲んでいた。
…お前も随分、寂しいヤツだなぁ。
「まぁ、俺が来なければ別のヤクザ屋さんが来ると思う。もしくは」
「別に口説こうとしなくたっていいっすよ?判子と名前がありゃいいんでしょ?」
「いや、販売に関しては別に好きにやっていい。賃貸だし、新しい販売許可書と…管理者の書類を発行すりゃぁ」
「じゃあ、慧を俺にくんねーかな」
素知らぬ顔、横目で見てくる波瀬に息をし「吹かせよ、クソガキが」と吐き捨てた。
「ははっ、」
笑った波瀬が「多分さ」とまたタバコに火を点ける。
「まー、ヤクザさんならあるあるかもしんないっすけど、あの人ってあれでしょ?俺でもいけんじゃねーかみたいな俗っぽい考えで抱いちゃうんでしょ。危うい色っぽさみたいな」
「なんのことかわからんが大丈夫か?俗っぽいなぁ。俺の知り合いに似たようなアドレナリンジャンキーがいるぞ」
のらりくらりとしていた波瀬が、ついに一度だけ瞳孔を開いた。
…可哀想なヤツだな。お前も、俺も。
「お前、人運良い方?」
「は?」
微かに、波瀬の目が泳いだ。
そうか、どんなに強がってもお前の弱点はやはり変わらない、だが恐らく、何が悪いか落とし穴なのか、まだわかっていないんだろう。
「ちなみに俺は良い方だ。上司も部下も友人も恋人も不便をしたことがない」
「…へぇ」
「バカやって死にかけても今生きてんのがその証拠だ」
「…なるほどね」
お前も俺も特別な人間なんかじゃない、残念ながら。どんなに挫折をしようとも、それは名声じゃないからだ。
「で、さっきの話しな。
俺じゃなかったらこの程度、マトリかサツが来る。それにお前は、何を考える?」
本当の挫折は、人の形ではなくなることだ。前後不覚後程度はただの中毒者でしかない。
「…は?」
「同意なら明日、許可書を持ってくる」
「…あっそ…、なるほど、優しいね」
「ヤクザ屋さんだぞ?」
「…歯痒いなぁ、」
…表情も変わらなかった青年が唯一最後、顔を歪めてそう吠えた。
「互いにどうしようもないな。押し付けがましい。のしつけて返すよ、ヤクザ屋さん」
確かにな。
「そうか、残念だ。結構気に入ったんだが」
「あんたは正義の見方じゃないよ。けど、向いてないね。
本当は正義の見方の方が悪いことしてたりするって、言うじゃん?」
「わっかりやすいなぁ、お前」
…結局そうなるのか、その程度で。
複雑だ。
「俺は墜ちてく覚悟、あるよ?」
「…加えて傲慢なやつだ。自覚がないのも質が悪い。さては病んだことないな?まぁ、良いことだよ。
じゃあな。発注頑張って」
甘いな。
そんなんじゃ、やっていけねぇだろうよ。
素直に、店から出た。
「子供は感情的でいけませんね、珍しい、よく付き合いましたね会長」
「まぁな。でも…素直に羨ましいよ」
ふっ、と笑ってしまった。
「人間、感情を失くせという方が難しい。願って出来ることじゃない。
何故大人は、汚れる以外に出来ないんだろうな。
…ぶっちゃけ、ホスト狂いの闇金ネグレクトクソアマや、パチンカスDV薬中野郎より、今のが一番しんどかったな…」
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