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天獄
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多分、そろそろ事は動いただろう。誠一は、例の店に入った。
下北沢の都市開発は、随分前から警戒の視野に入っている。
若者の街と知られるここはしかし、自治体やその他大人が占めている。
非常に奇妙で…カオスな街並みだと、昔から思っていた。
雑多な街、ごちゃごちゃしていて足を踏み入れられない。趣味も何も、勉強以外にない抑圧された青春には、程遠い場所でしかなかった。
青春、そんなものはいつの間にか過ぎていて、羨望もなかったその街を素直に「良いな」と一言で片付けた男がいる。
初めて、眩しく感じたその場所は、暗い客席だった。
ここに来るといつも思い出す。始まりみたいなものを。自分が、随分根暗だと思い知らされた瞬間だった。
たった、それだけ。
だけど、確かに自分は素直ではない。
重い腰を上げるように、地下の店へ入り込んだ。
外はそれなりに晴れている、しかし、階段のせいだろうか、「Open」の扉の向こうは電気が点いているが暗く感じられる。
ある程度、自分は正義というものに飼い慣らされていた。スカスカの文章をそれなりの重さで提出してきている。
ただ、答え待ちなだけで。
改めて、案外気が短い人間だったなと、何故か足を踏み入れたいま、まるで全てが終わったような心境に至ったことに驚いた。
そんなわけがない。まだ。
あと、一歩ある。
ぼんやりと、タバコを吸う青年がこちらに気付き「あ、」と言った。
若者の割には随分…死んだ目をしていると感じられた。
「いらっしゃいませ~」
やる気もない雰囲気。
…アクセサリー屋と聞いたがなるほど、何かを精製しようとしても不可能じゃないな。
独特の匂いというのも感じられないし、これじゃ弱い。
向かいのカウンターに座ると、波瀬は灰皿を出してきた。
店を見る限り、展示してある商品は少ないが、金属加工もやっているらしい、恐らく自作だ。
-CH3。しかし、これは暴論だな。だったらさっさと、こうして別の物を売った方がいい。
「どうも」
タバコを出して火を点ける。
波瀬は向かい側で「ご依頼ですか」と、無愛想に聞いてきた。
「サンプルはこのショーケースと…パンフも一応作ってあるけど、お客さんあんま飾り気ないね、寝不足じゃないですか?」
そう言って少し、こちらを眺めてくる。
…あぁ、なるほど。得体が知れないと判断したのか。
「ま、ゆっくり」と、奥に引っ込もうとしたので「波瀬亮太」と名前を呼んだ。
いきなり明け透けにフルネームで呼ばれたせいもあるだろうし、得体を計りかねたせいかもしれない。
波瀬はふっと、睨むように振り向いた。
「…なんです?いきなり」
「最近残業続きでな」
一度受理された慧の処方箋をひらっとショーケースに置いた。
じっと見た波瀬は固まったが、しかしふっと笑って「あぁ、そう」と言った。
「一回貰ってるもんみたいっすけどね。へぇ、随分と泥臭い人が来たもんだ」
わかってる口調だな。
まぁ、そりゃそうか。
やり取りも面倒だしと、あっさり手帳を見せれば「マトリさん、ね」と彼は動揺すらしなかった。
「ホントに来たんだな」
「そうだな。せめて店の看板にわかりやすく薬局だと記して欲しいな。
最も、ここの購買履歴は0だったが。そういうの、脱税って言うんだぞ」
「まぁ、確かにあんま広がんないんすよね。お陰で密売にはならないようだけど。まさか単身で来るって、危ないっすよ」
「外に仲間がいるもんなんだよ。それだから落ちるんだ。お国さんは結構厳重だったろ?」
「まぁそうっすね。よく受かりましたね嘘でしょ、人員少ないのに大変だ」
「それで、話を聞くか?」
「ホントはいま暇じゃないんですが、まぁいいっすよ」
「メチルフェニデート」
波瀬は壁に凭れ腕を組みながら「あーね」と言った。
「捕まります?」
「さぁ?所持なら取り敢えずいまは取り上げておこうかなと」
「なるほど。そうですね。立ち入り段階じゃないってことだ。
あんた見た目クールそうだけど、結構激情タイプなんすね」
「人情派と広めて欲しい。仕事じゃ随分皮肉な愛称がついてるんで」
「……なるほど?ん?」
「買ってやるよ、俺が」
それを聞いた波瀬はまたピタッと固まったが、しかし、「…はははは、」と笑い始めた。
「…博打に出ましたね。なるほど…慧は個飼いです?それとも、知らない?」
「どっちでもないな」
「……あぁ、そう来るんだ。ふーん、随分なアドレナリンジャンキーだなと思ったんだけどな。そっかそっか、ドSな彼氏はあんたか。腹黒いんだか人情派なんだか、わかりませんね」
「そうか?」
「そんな古典的と言うか、なんだろうな、子供っぽく来られると謝るしかないな、すんませんね、腕の件は」
「…腕?」
じっと固まりポロっと「あれ、誤爆した?」と波瀬が砕ける。
「……流石に色々立て込むと判断能力もなくなるな…キメるかな、リタリン」
「注意力欠乏には正しいな。それなら取り上げるのは難」
「…どゆこと?あんたが彼氏じゃないの?」
「興味あるのか?」
「…んー、やっぱいいや、はいそうですなんて言われたら、この場であんたを殺しそうな気がするし。流石に捕まりたくないからなぁ」
「充分現状でも縄掛けられるぞ」
「まぁそうねぇ…確かに、それならお宅に飼われた方が良い気がするが、俺以上のバカは初めて見たな」
下北沢の都市開発は、随分前から警戒の視野に入っている。
若者の街と知られるここはしかし、自治体やその他大人が占めている。
非常に奇妙で…カオスな街並みだと、昔から思っていた。
雑多な街、ごちゃごちゃしていて足を踏み入れられない。趣味も何も、勉強以外にない抑圧された青春には、程遠い場所でしかなかった。
青春、そんなものはいつの間にか過ぎていて、羨望もなかったその街を素直に「良いな」と一言で片付けた男がいる。
初めて、眩しく感じたその場所は、暗い客席だった。
ここに来るといつも思い出す。始まりみたいなものを。自分が、随分根暗だと思い知らされた瞬間だった。
たった、それだけ。
だけど、確かに自分は素直ではない。
重い腰を上げるように、地下の店へ入り込んだ。
外はそれなりに晴れている、しかし、階段のせいだろうか、「Open」の扉の向こうは電気が点いているが暗く感じられる。
ある程度、自分は正義というものに飼い慣らされていた。スカスカの文章をそれなりの重さで提出してきている。
ただ、答え待ちなだけで。
改めて、案外気が短い人間だったなと、何故か足を踏み入れたいま、まるで全てが終わったような心境に至ったことに驚いた。
そんなわけがない。まだ。
あと、一歩ある。
ぼんやりと、タバコを吸う青年がこちらに気付き「あ、」と言った。
若者の割には随分…死んだ目をしていると感じられた。
「いらっしゃいませ~」
やる気もない雰囲気。
…アクセサリー屋と聞いたがなるほど、何かを精製しようとしても不可能じゃないな。
独特の匂いというのも感じられないし、これじゃ弱い。
向かいのカウンターに座ると、波瀬は灰皿を出してきた。
店を見る限り、展示してある商品は少ないが、金属加工もやっているらしい、恐らく自作だ。
-CH3。しかし、これは暴論だな。だったらさっさと、こうして別の物を売った方がいい。
「どうも」
タバコを出して火を点ける。
波瀬は向かい側で「ご依頼ですか」と、無愛想に聞いてきた。
「サンプルはこのショーケースと…パンフも一応作ってあるけど、お客さんあんま飾り気ないね、寝不足じゃないですか?」
そう言って少し、こちらを眺めてくる。
…あぁ、なるほど。得体が知れないと判断したのか。
「ま、ゆっくり」と、奥に引っ込もうとしたので「波瀬亮太」と名前を呼んだ。
いきなり明け透けにフルネームで呼ばれたせいもあるだろうし、得体を計りかねたせいかもしれない。
波瀬はふっと、睨むように振り向いた。
「…なんです?いきなり」
「最近残業続きでな」
一度受理された慧の処方箋をひらっとショーケースに置いた。
じっと見た波瀬は固まったが、しかしふっと笑って「あぁ、そう」と言った。
「一回貰ってるもんみたいっすけどね。へぇ、随分と泥臭い人が来たもんだ」
わかってる口調だな。
まぁ、そりゃそうか。
やり取りも面倒だしと、あっさり手帳を見せれば「マトリさん、ね」と彼は動揺すらしなかった。
「ホントに来たんだな」
「そうだな。せめて店の看板にわかりやすく薬局だと記して欲しいな。
最も、ここの購買履歴は0だったが。そういうの、脱税って言うんだぞ」
「まぁ、確かにあんま広がんないんすよね。お陰で密売にはならないようだけど。まさか単身で来るって、危ないっすよ」
「外に仲間がいるもんなんだよ。それだから落ちるんだ。お国さんは結構厳重だったろ?」
「まぁそうっすね。よく受かりましたね嘘でしょ、人員少ないのに大変だ」
「それで、話を聞くか?」
「ホントはいま暇じゃないんですが、まぁいいっすよ」
「メチルフェニデート」
波瀬は壁に凭れ腕を組みながら「あーね」と言った。
「捕まります?」
「さぁ?所持なら取り敢えずいまは取り上げておこうかなと」
「なるほど。そうですね。立ち入り段階じゃないってことだ。
あんた見た目クールそうだけど、結構激情タイプなんすね」
「人情派と広めて欲しい。仕事じゃ随分皮肉な愛称がついてるんで」
「……なるほど?ん?」
「買ってやるよ、俺が」
それを聞いた波瀬はまたピタッと固まったが、しかし、「…はははは、」と笑い始めた。
「…博打に出ましたね。なるほど…慧は個飼いです?それとも、知らない?」
「どっちでもないな」
「……あぁ、そう来るんだ。ふーん、随分なアドレナリンジャンキーだなと思ったんだけどな。そっかそっか、ドSな彼氏はあんたか。腹黒いんだか人情派なんだか、わかりませんね」
「そうか?」
「そんな古典的と言うか、なんだろうな、子供っぽく来られると謝るしかないな、すんませんね、腕の件は」
「…腕?」
じっと固まりポロっと「あれ、誤爆した?」と波瀬が砕ける。
「……流石に色々立て込むと判断能力もなくなるな…キメるかな、リタリン」
「注意力欠乏には正しいな。それなら取り上げるのは難」
「…どゆこと?あんたが彼氏じゃないの?」
「興味あるのか?」
「…んー、やっぱいいや、はいそうですなんて言われたら、この場であんたを殺しそうな気がするし。流石に捕まりたくないからなぁ」
「充分現状でも縄掛けられるぞ」
「まぁそうねぇ…確かに、それならお宅に飼われた方が良い気がするが、俺以上のバカは初めて見たな」
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