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天獄
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「名誉毀損罪だな。サツの方が楽そうだ」
「今更だし。
ねぇ、あんたって人運良い方?」
突拍子もなく返された会話に今度はこちらが「は?」と崩れた。
「んー……俺ってさ、人運悪いんだよね」
波瀬はタバコに火を点け語る。メビウスか、案外普通だな。
「…友達いねぇし親も世間体ばっかで気が合わない、恋人なんて以ての外、大体性癖が合わない」
「奇遇だな、俺も大体そうだ。俺はカウンセリングに来たわけじゃないんだが」
「あと一歩で落とせそうってとこまで大体行くんすよ」
「なんの話だよ」
「まぁまぁ。
わかるんすよね、力量で。どれくらいやればこいつはストンと逝っちまうのかなって。でも、俺欲張りだから絶対に墜してやりたくなくなるわけ」
波瀬は首に手をやりくいっとする動作。
…おいおい、人のことをドSと言っておきながらなんだお前は。
てゆうか後からキたな、慧が言ったのかそれ、あいつそういう俗っぽい話、しなさそうだけど…あいや、一回したなそういえば…。
「…たったあと少し、あと指の一ミリほどって時に相手の察しがいいとさ、不思議だ、どうしても墜としたくなって仕方なくなる。
相手が苦しんでいる、そこには欠乏があるから良いってのに、あっちはそれも察するんだ。その途端、一気に寂しくなる。寝落ちされた日なんか最悪だ、そんなときが一番、自分が無性に怖くなるんだよ」
「はぁ」
「病める時も健やかなる時もって、俺、神様嫌いだけどさ。どうして普通に愛してやれないんだろうって」
波瀬は伏せ目で、悲しそうな影を落とした。
あぁはいそうですかとも言いたくなるが、どうにも達観する割に…冗談でもない雰囲気なのだから、どこかが冷えてくる。
「あんたならわかりそうかと思ったけど、ユングみたいじゃない?これ」
「ああそうか、どちらかと言うと夢分析より自由連想法のような気がするけど。まぁ名前は違えど依存症かな、病気だよ。犯罪じゃないのか?それ」
却って腹が立つような。
「…あんたってさ」
「なんだ」
「自分の思い通りにならないものって、あんまなかったタイプっしょ」
「……そうでもないな」
すっと、思い浮かんでしまった。
波瀬は少し寂しそうに「はは、」と笑った。最早こいつは情緒不安定だなと思えば「あっそ、じゃあ尚更ヤだね!」と高らかに言った。
「多分、なんも知らねぇくせに中途半端に手ぇ繋いで、もうやめとけよとか、そう言う方が辛いのかもしれないなって少し反省中」
「……は?」
「あんたもだよ」
「…そうか、ご忠告どうも、このクソガキが」
「歯痒いだろ?っははははは!
まぁ、単純に最後の最後、一個、あと一歩どうしてもやりたい仕事がある、そう思えるヤツは出来た。普通なのかもな、人運」
明け透けに言った波瀬はふと、ケータイを弄り始めた。
どうやらメールのようだが。
「その死にたがりの彼女かなんかか?」
「気になります?」
「…別に、」
「まぁ…あんたが言うとこのメチルフェニデートみたいなヤツっすよ。可愛いっしょ?」
流石だ。
「サイコパスだなお前」
「カウンセリングお願いできますぅ?まぁあんたじゃないならサツに頼みますけどね」
くだらないな。
…くだらないよな、本当に。
「残念だな。わりと買ったんだけど」
「そうっすか。よく言われますよ、いまモテ期みたいで。あんたも落ちましたね」
「落ちてねぇよ?ナメんなクソガキ」
「はい、またのご来店をお待ちしておりまーす。
あ、人情派の薬屋で広めといてくださいねー」
馬鹿馬鹿しいな。
非常に神経を使った割には…おかしいな、全てが平和に終わっているような。
あぁそうか。
理由がわかった。ストンと落ちた。
波瀬の店から出ると、やはり店の印象とは違う。とても晴れやかな空が広がっていた。
…何事も、誰にも干渉せず、関係がなく世界は円環で回っている。円周率が3.14であろうと3であろうと。
どちらも結局厳密に言えば正しくなんてない。本当は、イコールで明確化された答えなど、ここには存在しないのだ。
…会いたくなるなぁ。やっぱり。
やり込めているつもりだった。例えば慧が家に帰ってくることがなくても、然り気無く精神薬の量が増えていても。
バカみたいに俯瞰して、それが正しいと押し付けて。本当はそうじゃないとわかっていながら、入り込んでこない慧をどうやら、都合よく置換していた。
…この橋はどうやら、ちゃんと繋がっているがただの錆びている…いや、ロープだったのか。
この絶景の下はどうやら…死ねる。地獄のようだったんだなと思い知った気がした。
だが、その足場で上を向けと言うのも頭のおかしい話だ。そう、大分気が狂っていたのだ。
大人になると当たり前に前後不覚後になってゆく、ひとつしか見えないなら尚更だ。
どちらにしても救いはなく、故に善悪がない。それは、虚無とどう変わらないのだろうか。
落ちそうで手を差し伸べたとしてと、そう思ってしまったのなら尚更、傍観者でしかなかった俯瞰。足場は、いまどこにあるのだろう。
そういえば以前、慧がフロイトの話をしていたのを思い出した。
どちらかと言えばもう少し、組み立っていて複雑で、ユングみたいだと思うけどな。
この現象は一体、なんと言う名前なんだろうか。
行列表現、それは構造式に見た目がよく似ている、そう答えてやってもいいのだろうか。
「今更だし。
ねぇ、あんたって人運良い方?」
突拍子もなく返された会話に今度はこちらが「は?」と崩れた。
「んー……俺ってさ、人運悪いんだよね」
波瀬はタバコに火を点け語る。メビウスか、案外普通だな。
「…友達いねぇし親も世間体ばっかで気が合わない、恋人なんて以ての外、大体性癖が合わない」
「奇遇だな、俺も大体そうだ。俺はカウンセリングに来たわけじゃないんだが」
「あと一歩で落とせそうってとこまで大体行くんすよ」
「なんの話だよ」
「まぁまぁ。
わかるんすよね、力量で。どれくらいやればこいつはストンと逝っちまうのかなって。でも、俺欲張りだから絶対に墜してやりたくなくなるわけ」
波瀬は首に手をやりくいっとする動作。
…おいおい、人のことをドSと言っておきながらなんだお前は。
てゆうか後からキたな、慧が言ったのかそれ、あいつそういう俗っぽい話、しなさそうだけど…あいや、一回したなそういえば…。
「…たったあと少し、あと指の一ミリほどって時に相手の察しがいいとさ、不思議だ、どうしても墜としたくなって仕方なくなる。
相手が苦しんでいる、そこには欠乏があるから良いってのに、あっちはそれも察するんだ。その途端、一気に寂しくなる。寝落ちされた日なんか最悪だ、そんなときが一番、自分が無性に怖くなるんだよ」
「はぁ」
「病める時も健やかなる時もって、俺、神様嫌いだけどさ。どうして普通に愛してやれないんだろうって」
波瀬は伏せ目で、悲しそうな影を落とした。
あぁはいそうですかとも言いたくなるが、どうにも達観する割に…冗談でもない雰囲気なのだから、どこかが冷えてくる。
「あんたならわかりそうかと思ったけど、ユングみたいじゃない?これ」
「ああそうか、どちらかと言うと夢分析より自由連想法のような気がするけど。まぁ名前は違えど依存症かな、病気だよ。犯罪じゃないのか?それ」
却って腹が立つような。
「…あんたってさ」
「なんだ」
「自分の思い通りにならないものって、あんまなかったタイプっしょ」
「……そうでもないな」
すっと、思い浮かんでしまった。
波瀬は少し寂しそうに「はは、」と笑った。最早こいつは情緒不安定だなと思えば「あっそ、じゃあ尚更ヤだね!」と高らかに言った。
「多分、なんも知らねぇくせに中途半端に手ぇ繋いで、もうやめとけよとか、そう言う方が辛いのかもしれないなって少し反省中」
「……は?」
「あんたもだよ」
「…そうか、ご忠告どうも、このクソガキが」
「歯痒いだろ?っははははは!
まぁ、単純に最後の最後、一個、あと一歩どうしてもやりたい仕事がある、そう思えるヤツは出来た。普通なのかもな、人運」
明け透けに言った波瀬はふと、ケータイを弄り始めた。
どうやらメールのようだが。
「その死にたがりの彼女かなんかか?」
「気になります?」
「…別に、」
「まぁ…あんたが言うとこのメチルフェニデートみたいなヤツっすよ。可愛いっしょ?」
流石だ。
「サイコパスだなお前」
「カウンセリングお願いできますぅ?まぁあんたじゃないならサツに頼みますけどね」
くだらないな。
…くだらないよな、本当に。
「残念だな。わりと買ったんだけど」
「そうっすか。よく言われますよ、いまモテ期みたいで。あんたも落ちましたね」
「落ちてねぇよ?ナメんなクソガキ」
「はい、またのご来店をお待ちしておりまーす。
あ、人情派の薬屋で広めといてくださいねー」
馬鹿馬鹿しいな。
非常に神経を使った割には…おかしいな、全てが平和に終わっているような。
あぁそうか。
理由がわかった。ストンと落ちた。
波瀬の店から出ると、やはり店の印象とは違う。とても晴れやかな空が広がっていた。
…何事も、誰にも干渉せず、関係がなく世界は円環で回っている。円周率が3.14であろうと3であろうと。
どちらも結局厳密に言えば正しくなんてない。本当は、イコールで明確化された答えなど、ここには存在しないのだ。
…会いたくなるなぁ。やっぱり。
やり込めているつもりだった。例えば慧が家に帰ってくることがなくても、然り気無く精神薬の量が増えていても。
バカみたいに俯瞰して、それが正しいと押し付けて。本当はそうじゃないとわかっていながら、入り込んでこない慧をどうやら、都合よく置換していた。
…この橋はどうやら、ちゃんと繋がっているがただの錆びている…いや、ロープだったのか。
この絶景の下はどうやら…死ねる。地獄のようだったんだなと思い知った気がした。
だが、その足場で上を向けと言うのも頭のおかしい話だ。そう、大分気が狂っていたのだ。
大人になると当たり前に前後不覚後になってゆく、ひとつしか見えないなら尚更だ。
どちらにしても救いはなく、故に善悪がない。それは、虚無とどう変わらないのだろうか。
落ちそうで手を差し伸べたとしてと、そう思ってしまったのなら尚更、傍観者でしかなかった俯瞰。足場は、いまどこにあるのだろう。
そういえば以前、慧がフロイトの話をしていたのを思い出した。
どちらかと言えばもう少し、組み立っていて複雑で、ユングみたいだと思うけどな。
この現象は一体、なんと言う名前なんだろうか。
行列表現、それは構造式に見た目がよく似ている、そう答えてやってもいいのだろうか。
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