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天獄
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『東京都世田谷区で、26歳の男性が麻薬取締法違反の疑いで任意同行に応じました。
警察によりますと男性は28日未明、近くの交番に──』
つまらないニュースを消した。
なるほど、ヒーローとは良いご身分だバカ野郎。これだから理数系は嫌いなんだ。
甘ったるい、まぁ浸ってろ。
どうやら先を越されてしまったなと、ケータイを取り出し「あ、柳瀬?」と電話をした。
「おはようさん。
いまシモキタ?悪いんだけど当て馬のお目溢しな、多分今日中に捕まるから、即引いて。葉っぱの件はそれで終了。
数日引いて、したら八十田の不動産に掛け合って芳名でも……んーまぁ献花持ってってんだからボケてても意味わか……あ?違ぇよ、花だよ花!
んな訳で、取り敢えず今日はそのまま帰って良し。危ない橋渡らして悪かったな。
はいじゃぁ3ヶ月ね、じゃ」
電話を切ってふーと息を吐き「今月も平和に生き延びたな皆さん…」と力が抜けた。
「しかし、平良は花咲を果たして」
「あぁ、まぁやんなかったらやんなかったでもーいーや、どうでも。平和平和、超平和。疲れたわ…」
「お疲れ様でした会長」
それに続いて事務所に残っていた高田と並木が「お疲れっす!」と朝から元気にそう言った。
「ん~…あと車検なんだよな~…。久々休んで海行きたい、静岡あたりの」
「会長、一件薬中のバカ野郎がいますぜ!富士山あたりに」
「も~違ぇよバカ並木~、普通に行きてぇよふつーにぃ~、ドライブ行こうぜ誰かよ~。樹海ドライブとかマジ怖くて帰ってこれね~よ~ぉ、熊出る海とか勘弁しろ~」
「そうだぞバカ野郎っ!会長は幽霊が嫌ぇなんだぞコラぁっ!」
…今日も部下たちは元気なようだ。ウザったいけど有り難い。
「会長、最近空気抜けてますね…」
「まーねぇ…久々カウンセリングでも受けようかなマジでぇ…」
「跡地からごっそり貰ってきましょうか?平良がくれると」
「あいつはもういい顔も見たくねぇ。パクられて務所でまわされて首吊って死んじまえ全く。名前は金輪際出すなやバカ多摩ぁ」
「いやぁ…すみません」
それ以来、慧との連絡を絶った。
良い歳して男子高校生かよ、と思いながら自宅で一人「さよなら慧!」と、ドキドキしながら着信拒否をした。
あんな機能を使うのは恐らく、人生最初で最後だろう、地味に面倒で手が震えるかと思った。
「しかし…会長、本当に加賀谷くんは」
「名前を出すなや多摩ぁ!俺の計3時間半が泣くだろうが!危うく空売りし損ねはぐって300万飛びそうだったんだかんな!なんなんだケータイ会社のわかりにくさはっ!」
当たれば多摩は「すみません」、他二人が「ヤバイっすね!」と元気。今日も平和な裏社会だと、テキトーなことを考えていなければしょうもない。
「さぁてじゃー、今日も元気に」
気合いを入れ直そうとした瞬間だった。
事務所のチャイムが鳴り、近くにいた高田が「あい」と、無愛想に対応する。
『…すみません加賀谷慧と申します』
一瞬誰だかわからないほど、声が死にかけていた。
「あ?あんだ聞こえねぇな」
『開けてください加賀谷慧と』
「…あーあー高田、開けてやれ。んと…売人だ」
へい、と高田は事務所のドアを開ける。
ギターを背負った慧が、まるで幽霊のように真っ暗なオーラですっと事務所に入ってきた。
「あっ、おい、コラガキぃ!」
怒鳴る高田に手を晒し制すると、慧はまるで何も目に入っていないような様子で、あっさりとソファの側に来た。
「よう慧。よくわかったな」
「…はい」
「どうした?幽霊みてぇだぞおま」
「捕まってなかったんですね江崎さんっ、」
急に、掴み掛からん勢いで声を出した慧に舎弟が「ぅおい、コラぁ!」と、若干引いている。
「あ?何言ってんだお前。大丈夫か?」
「いや…」
「平良からそー聞いたんか?」
「いえ、波瀬さんも昨日突然、」
「あぁみたいだな。いま丁度見てたよ」
「…はい?」
「…ニュースだろ?あいつ自首したみたいだな」
「…嘘、」
「なんだお前、そんなことも知らないのか」
「え、ちょっと待っ」
「あいつがどうでも俺はこの通りだぞ?」
慧はぐるぐると何かを考え始めたようだ。奇妙な顔をしている。
まぁ多分、普通はそうなるだろう、自分もそうなった。
平良すらどこまで把握したか、いや、多分平良は波瀬との喧嘩に負けている、だからこうなっているのだ。
慧の表情も読みにくいが、本当に真っ更に知らなかったのだとしたら…確かに残酷かもしれない。
それには、こちらも片足を突っ込んでしまった。言い訳も言及も出来ないし、しない。
何かを考え終わったようだ。少し息を吐き「そっか…」と、慧の魂は更に抜けたようだ。
「わかったらもう宜しい?ヤクザ屋さんは」
「セイさんと方を付けたんですか」
「それ、お前に知る必要ってある?
こっちはお前と違って生き残ることに必死なんで」
「そっか…そうなんだ、よかった…」
タバコに火を点けようとしたが、まさかそう達観されるとも思ってなかった、口から落としそうになる。
ふっと我に返り、タバコを持ち直した瞬間、なんだか……封印していたものがぐっと混み上がってきた。
なんだこいつは、腹立つなぁっ……!
タバコをギリっと噛み「何?さっきからナメてんの?」と言葉が出てくる。
ポカッとしたままの慧の顔に…多分これはとまらないなと、多摩に目配せをしておいた。
…甦る、流れ込む、この感情は。
「こっちはな、お前のような一般人じゃない、疑うこと、裏切ることも仕事だ、悪かったな」
「……わかってますよ、」
「じゃあ聞きたいな、お前は何故疑わない、裏切らない、ここに来たんだ」
警察によりますと男性は28日未明、近くの交番に──』
つまらないニュースを消した。
なるほど、ヒーローとは良いご身分だバカ野郎。これだから理数系は嫌いなんだ。
甘ったるい、まぁ浸ってろ。
どうやら先を越されてしまったなと、ケータイを取り出し「あ、柳瀬?」と電話をした。
「おはようさん。
いまシモキタ?悪いんだけど当て馬のお目溢しな、多分今日中に捕まるから、即引いて。葉っぱの件はそれで終了。
数日引いて、したら八十田の不動産に掛け合って芳名でも……んーまぁ献花持ってってんだからボケてても意味わか……あ?違ぇよ、花だよ花!
んな訳で、取り敢えず今日はそのまま帰って良し。危ない橋渡らして悪かったな。
はいじゃぁ3ヶ月ね、じゃ」
電話を切ってふーと息を吐き「今月も平和に生き延びたな皆さん…」と力が抜けた。
「しかし、平良は花咲を果たして」
「あぁ、まぁやんなかったらやんなかったでもーいーや、どうでも。平和平和、超平和。疲れたわ…」
「お疲れ様でした会長」
それに続いて事務所に残っていた高田と並木が「お疲れっす!」と朝から元気にそう言った。
「ん~…あと車検なんだよな~…。久々休んで海行きたい、静岡あたりの」
「会長、一件薬中のバカ野郎がいますぜ!富士山あたりに」
「も~違ぇよバカ並木~、普通に行きてぇよふつーにぃ~、ドライブ行こうぜ誰かよ~。樹海ドライブとかマジ怖くて帰ってこれね~よ~ぉ、熊出る海とか勘弁しろ~」
「そうだぞバカ野郎っ!会長は幽霊が嫌ぇなんだぞコラぁっ!」
…今日も部下たちは元気なようだ。ウザったいけど有り難い。
「会長、最近空気抜けてますね…」
「まーねぇ…久々カウンセリングでも受けようかなマジでぇ…」
「跡地からごっそり貰ってきましょうか?平良がくれると」
「あいつはもういい顔も見たくねぇ。パクられて務所でまわされて首吊って死んじまえ全く。名前は金輪際出すなやバカ多摩ぁ」
「いやぁ…すみません」
それ以来、慧との連絡を絶った。
良い歳して男子高校生かよ、と思いながら自宅で一人「さよなら慧!」と、ドキドキしながら着信拒否をした。
あんな機能を使うのは恐らく、人生最初で最後だろう、地味に面倒で手が震えるかと思った。
「しかし…会長、本当に加賀谷くんは」
「名前を出すなや多摩ぁ!俺の計3時間半が泣くだろうが!危うく空売りし損ねはぐって300万飛びそうだったんだかんな!なんなんだケータイ会社のわかりにくさはっ!」
当たれば多摩は「すみません」、他二人が「ヤバイっすね!」と元気。今日も平和な裏社会だと、テキトーなことを考えていなければしょうもない。
「さぁてじゃー、今日も元気に」
気合いを入れ直そうとした瞬間だった。
事務所のチャイムが鳴り、近くにいた高田が「あい」と、無愛想に対応する。
『…すみません加賀谷慧と申します』
一瞬誰だかわからないほど、声が死にかけていた。
「あ?あんだ聞こえねぇな」
『開けてください加賀谷慧と』
「…あーあー高田、開けてやれ。んと…売人だ」
へい、と高田は事務所のドアを開ける。
ギターを背負った慧が、まるで幽霊のように真っ暗なオーラですっと事務所に入ってきた。
「あっ、おい、コラガキぃ!」
怒鳴る高田に手を晒し制すると、慧はまるで何も目に入っていないような様子で、あっさりとソファの側に来た。
「よう慧。よくわかったな」
「…はい」
「どうした?幽霊みてぇだぞおま」
「捕まってなかったんですね江崎さんっ、」
急に、掴み掛からん勢いで声を出した慧に舎弟が「ぅおい、コラぁ!」と、若干引いている。
「あ?何言ってんだお前。大丈夫か?」
「いや…」
「平良からそー聞いたんか?」
「いえ、波瀬さんも昨日突然、」
「あぁみたいだな。いま丁度見てたよ」
「…はい?」
「…ニュースだろ?あいつ自首したみたいだな」
「…嘘、」
「なんだお前、そんなことも知らないのか」
「え、ちょっと待っ」
「あいつがどうでも俺はこの通りだぞ?」
慧はぐるぐると何かを考え始めたようだ。奇妙な顔をしている。
まぁ多分、普通はそうなるだろう、自分もそうなった。
平良すらどこまで把握したか、いや、多分平良は波瀬との喧嘩に負けている、だからこうなっているのだ。
慧の表情も読みにくいが、本当に真っ更に知らなかったのだとしたら…確かに残酷かもしれない。
それには、こちらも片足を突っ込んでしまった。言い訳も言及も出来ないし、しない。
何かを考え終わったようだ。少し息を吐き「そっか…」と、慧の魂は更に抜けたようだ。
「わかったらもう宜しい?ヤクザ屋さんは」
「セイさんと方を付けたんですか」
「それ、お前に知る必要ってある?
こっちはお前と違って生き残ることに必死なんで」
「そっか…そうなんだ、よかった…」
タバコに火を点けようとしたが、まさかそう達観されるとも思ってなかった、口から落としそうになる。
ふっと我に返り、タバコを持ち直した瞬間、なんだか……封印していたものがぐっと混み上がってきた。
なんだこいつは、腹立つなぁっ……!
タバコをギリっと噛み「何?さっきからナメてんの?」と言葉が出てくる。
ポカッとしたままの慧の顔に…多分これはとまらないなと、多摩に目配せをしておいた。
…甦る、流れ込む、この感情は。
「こっちはな、お前のような一般人じゃない、疑うこと、裏切ることも仕事だ、悪かったな」
「……わかってますよ、」
「じゃあ聞きたいな、お前は何故疑わない、裏切らない、ここに来たんだ」
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