天獄

二色燕𠀋

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その後

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 下北沢に行く休日。

 どうせだからと思い付きで行けば、“処方箋”と、まるで嫌がらせか、スプレーで落書きのように書かれた波瀬の店が存在していた。

「ホントにある…」
「どーせ気になってたんだろ。ほれ行くぞ」
「は!?」
「付き合ってやったんだ、付き合え」

 そう言われてしまうと慧もぐぬぬ…と黙るしかない。

 Openかどうかも見ずに入った新に慧は隠れる、取り敢えず波瀬はいない。
 が、あっさり「いらっしゃーい」と奥からヤツは出て来て、新を見て間があった。
 普段と雰囲気が違う人物を認識したらしい、「家賃振り込みましたけど」と素っ気なく露骨な態度を取った。

 背中に隠れる慧をぐっと引っ張り前に出した新に、ちょっとなんのつもり!?と慧が非難の目を向けると「…マジか」と波瀬が驚いていた。

「えっ、」
「…まぁ、らっしゃい。
 あーっと…どこまで話しました?」
「全く。これっぽっちも。お前にも話してなかったなと」
「いや見ればわかる~っ、とことん押し付けがましい人だな」
「…どゆこと!?知り合いになったの!?」
「まぁまぁまぁまぁ、座って。あ、ギターあるんじゃ一応くっだらねーこと聞くけどグッズ?」

 違う!と慧は言おうとしたが「そうそう作れ貴様」と江崎が先に言った。

 は?

「は!?」
「うっわホント嫌いだわー」
「追い出されてぇか」
「はいはい良いから座んなよ」

 波瀬に言われた通り、取り敢えず二人でカウンター前に座ると、波瀬が「はい」と手を出してくる。

 それに江崎が手を出すと、中指の長さを測り、初めてだった。
 波瀬がカウンターから出、メジャーを新の股間あたりにやろうとするので「違ぇわこの猿、」と新がツッコミを入れた。

 え、何こいつら。

「デカいね、さては。猿はないっしょ全く。なんすか、まさか指輪っすか死んでくださーい」
「は」
「お前はホントにひねくれてんな、そうだけど違うんだよこれにつけ」
「測っていいんすか?まぁ測んなくても大体知って」
「埋めるぞ猿っ!お前頭良いのにバカだなホント。やだやだ理数系」
「あー理解した。うーんそれは気持ちわかるんで作りましょー。
 の前に、じゃあ一個だけ質問。あのアドジャンマトリックスはどーなったんすか」
「多分出世するんだろうが俺もよく知らん。お前、ヤクザより最先端行ったんだから知ってんじゃねぇの?」
「いやいやいやいやいやまたまた旦那~、なーに言っちゃってんの」
「もぉおお!耐えらんない、何二人して!どゆこと!?」
「んーまぁこゆこ」
「このヤクザ屋さんがウチを裏に回って回って買い取ったの、まるで首根っこ掴むかのようにね。変わりに慧をくれって言ったのにあんたはいまヤクザ屋さんと付き合ってる。
 あ、処方薬はそう言うわけでちゃーんと出せるけど大丈夫?病院行けてる?」
「あうん……ども、」
「えーよそよそしくなるのーっ。寂しいなぁ。手出して。首輪の方がいいんじゃない?」
「そういうプレイは望んでねーの」
「はいはい。
 まぁいいですよー、お世話になりますしね。畜生いっそどっかのバカヤクザに薬売っときゃよかったな、こうなるんじゃ」
「お前って意外と真面目だよなー、バーカ。よろしく」

 波瀬はしかし、口は悪いが満更でもない表情で「はいはい」と言い、真面目に新と慧の指輪サイズをメモしていた。

「いっそチューでもしてくだせぇよ旦那」

 そしてタバコを吸いながらぼんやりと言う。

「お前も俗っぽいよなぁ」
「まぁね。指輪もどうかと思いま」

 やり合うなか、ホントにがっつり深めのキスをしてくる新に「待てい!」と慧は一発、新の胸板を殴った。

 ハズいわいちいち!

 波瀬はまるで口からタバコを落としそうな表情をしたが、やはり読めない男だ。
 小指と親指を折り畳み「…3pどすか…」言う割には虚勢だ、かなり声が震えている。

「するかバカタレ。てめぇのちんこなど見たくねぇわ」
「……っすね、はぁい作ります…。っくしょー、小指測ればよかった飛ばされちまえー…。でもま、はは、逆にありがとうございました。
 あ。クローズしといて。すぐ出来るけど暇だろうから、ギターでも弾いててよ」

 そう言って何故か晴れやかそうに波瀬が奥に引っ込んだので、まぁ…と、慧はギターを出しながら「えっとどゆこと」と、もう一回新に聞いておいた。

「あー。自首したところであいつ、意外に真面目だから悪いことしてなかったんじゃないかな」
「…そうなの?」
「含有量は聞いた?」
「聞いた…」
「まぁ、言うつもりなかったけど…しょうがねぇな、」

 新は少し笑い、小声で「あいつ、案外反省してたぞ、お前に」と慧に告げる。

「鼻をポッキリやったのはお前でしたとさ」
「え?」
「…中途半端なことしちまったってよ。お前薬貰って増えて病んだだろ、PTSDとか色々」
「……知ってたんだ」
「だから俺は、死にそうだけど肩幅あるじいさんに当て馬を差し出して仲良くなった」
「なるほど…」
「いまの小指保険は多分、平良だな。見たろ?外の落書き。俺の小指が死んだらあいつは約束を破ったってことで。
 ま、今の時代じゃ邪魔だし、指とかんな俗っぽいことやらんけどな。これは俺なりのけじめだ。悪いことをした」
「……流石ですね会長…お友達みたい…」
「二度と言うなよそれっ、」

 ちょっと泣きそうになった。やっぱりこの人、向いてない。
 じゃあ…ひとつけじめかなと「…初めてのやつ、弾いてみていいです?」と、慧は新に言ってみた。

「ん?」
「まぁ、なれませんけど。平和主義なリッケン使いと、あとも一個はじゃあ…グレッチの女の人のバンド、あと…」

 そういえばあの歌詞に、波瀬さんみっけたんだよなぁと思ったり、あぁ、あの人泣きそうに歌うんだよな、あそこ、なんて思いつつ。

 助けて、とか、一人きり置いていかないで、だとか、我が儘なままの自分へ。押し付けではなく、ただの内側…よりも。

 誰かが必要だ、さあもう笑おうか。

 風がそよぐ。歌を、乗せて。
 そんな景色に、流れ着いたよと。



〈完〉
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