Trance & R-ZE

二色燕𠀋

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 ガタッと、楽屋のテーブルがズレた。

 顔のすぐ側には緑の瓶がある。そう思った天井には、特に印象に残るわけでもない無難な男が影を落とし、「本当に誰とでも寝ちゃうんだな」と、からかい口調でパンツのチャックを開けてきたのだ。

「待ってください、お風呂とか」
「ん?何言ってんの?フェラしろっつったらするくせに?」
「そうじゃなくて、お清めです」
「…ははっ!お前自分がいま清いとでも」
「違います。物理的な問題です。別にトイレでもいいですけど…その方が手軽で早く済みますし。本当に男としたことないんですね」
「はぁ~、萎える、ウザッ。しゃーねぇな、行けば?逃げたらなしな。俺が萎えねぇうちによろしく」
「はい」

 たまにいるんだよな、こういう人。

 …だからこそ“お清め”に関してはあれから…ぶっちゃけルーティンになっていたけど。時間が時間だし。

 処理する時が実のところ一番虚しくなる。バカなんじゃないのか?俺。と、どこかで思うのだ。

 チャックを閉めて扉を開けるとどうも、取り繕うようにポリシーのメンバーが灰皿の前でタバコに火を点けていた。
 なんとなくわかっている、いまの状況をこいつらは知っているのだ。

 なら、わざわざ鍵を掛ける意味もないだろうと思ったが、ペコッと頭を下げると「話し合い終わったの?」と髭面サイドギター、田辺が聞いてきた。

 いくらでも他人事だ。ここ、解散しそうなのにいまだけ不仲を感じさせずに揃っている現状が、本当にそう。

「随分早いねぇ」
「いえ、まだ」
「ふーん」

 …プラスチックのような匂いがする。

 さっさと離れようとその場を辞そうとすると「あのさ、」と田辺がパッと後ろから手を取ってきたので、反射的に払ってしまった。

 「あ…、」となっているうちにタバコは転げ、田辺は「あー痛」とその手を回していた。

「なぁに?忘れちゃったの?俺の髭たまんなそうにしてたじゃん」

 「それなりに伸ばしてっかんねー」ともう一人、細身の筋肉ベースがからかうように煽る。

 冗談じゃない。

「あ、」

 思い出した。そうだ、あの時か。

 髭面がふっと手を取り壁に押さえつけ、「ほらよ」と股に足を挟んでこられたのを思い出した。
 そう、あれはプラスチックのような匂いだった。

「思い出した?この変態が、」

 そして髭面は耳元で「まぁよかったけどな」と足をずりずりしながら下衆に言ったのだ。

「MASの便所の写真あるけど思い出してみる?」
「………」

 そのときは、そう。誰だか認識は出来なかった。が、5人くらいのうち誰かだ、背中からこられてパニックになり、その場でへたり込んだのを写真に撮られ、拡散された。

「あのあと見たけど、でもさ、俺との時超良さそうだったじゃん?」
「…やめてください」
「いいよー。待ってるから。バック無理って言っときな?あのバカ丹後に。あいつには理性の制御が出来ないから、高々数十秒で」

 泣きたくなった。

 髭面はあっさり離れていったが慧の内心には「死ねこの変態」としか浮かばない。

 これ、何回続けるの?でもまぁどうせもうお前らなんて終わりだよ、そう思ってそそくさとそこは退散したのだ。

「…そうだ、」

 あのときあのギターもプラスチック臭かったが、特に自分の身体の反応は…。
 まぁ、あったが。
 アレルギー反応ではなかったな。

 戻ればタバコ二人はいなかったが、楽屋はプラスチック臭くなっていた。
 丹後は「誰とーでも~寝るよおな~」と歌いながらテーブルに座って待っていた…。

 …あれ、あれを譲渡したんじゃないか?あの髭面ギターが。

「ほら、座れよ、さとちゃん」

 空っぽだったが、覚えている。

 机がキイキイ鳴り、緑の瓶もその場に落ちて割れた。けれどもあの男の背を抱き締めるくらいにはなんだか…鼻血が出そうなほどドキドキして頭に血が登った記憶がうっすらと戻ってきた。

 その時なんか、物凄く突かれたが痛くなかったかもしれない。

 寧ろ…と寝起き、慧は腹に手を当て考えた。

 江崎さんの快感を初めて知った…初体験、物凄く満ち足りていたけどあの男の場合、どこか足りなくて結局その後、あの髭面とヤった。それは便所だ。
 なんであんなにだったか…。

 髭なんてデリケートな場所では痛くて仕方ない筈が、あの時はそれくらいがいいほどだった。

「…プラスチック?」

 「やっぱ、ヤった後は違うな、このケツまんこが」とまで髭面に言われた。自分でも驚くほどで明らかに嫌悪感があったのに。
 死ね、いや死にたい、黙れと思ったが泣きたさよりも、その気持ちに快感が首を絞めていた。

 重要なことを思い出したのかもしれないと考えたが…江崎は今日から忙しい、誠一も勿論だ。

 …そしてこんなもの、言っていいものかわからないし、いや、大体は言わないだろうと考えたら、あの時の真っ白、頭の悪くなりそうなあの快楽を思い出したらしい。

 勃起した。痛いほどに。

「…っくしょぅ、」

 虚しい一人の吃り。

 自慰をする前から泣きそうなのに、自慰をして更に虚無や怠惰が押し寄せ涙が出た。俺のバカ、死ねと。

 あの壮絶なる快感は一体なんだったのか。

 正直、明後日のライブも行きたくないと思った。因縁のポリシーと対バンだからだ。

 帰って来れるだろうか、いや、帰って来なければ。
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