Trance & R-ZE

二色燕𠀋

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 誠一は三日、ほとんど寝ず祈るように手を組み額を揉んでいた。
 バカらしい……こんな時に神頼みだなんて。

 一度江崎が来たが、それに関しては言及をしてこなかった。例えば、「一回寝とけ」とか、そういうことすら。
 故にこちらも、ガーゼが巻かれた江崎の手に言及は出来なかった。

「なんかキメてんのかお前」
「…なんかキメたいくらいだよ」
「マジで近眼だった?」
「…うるさいな話し掛けんな…兎に角三日コンタクトは無理だわ…」
「弱ってんなぁ、向いてねぇよお前。
 平良」
「…なんだ」
「殺した方が楽だったけど、全員もれなくっつーか埋めて生かしといたぞ。端っこにいる」
「…何言ってるかわからんけど当たり前だ」
「拷問のスペシャリストと言ったのは誰だ」

 まぁ、喋れないんだろうなと察した。正直、別にいい。

 江崎は「死ね」と言って去って行った。
 慧は魘されながらずっと眠っている。

 死ね、か…。

 いまの誠一には、不思議だ。一番優しい言葉だなと思えた。

 あれは…死んだ方がましだという状態で見つかったと同僚から聞いている。

 だが、その優しさはやはり…ヤクザだ。
 我々の正義と相反したのに、スカっとしてしまったことに罪悪感、こうもくると希死念慮すら沸いてくる。
 恐らく、江崎なりの嫌味だ。
 
 三日目の夕方、夜近く。流石に誠一がふと寝かけたときだった。

「セイさん」

 はっきりとそう言った慧の声に、始めは夢か何か、ついに幻聴かとすら思った。

 目を開ければ目が合い、「…慧、」と口にしたら止まらなくなりそうだったが、どうも自分は理性的すぎて忌々しい、結局頭が痛くなるほど歯を食い縛って我慢してしまう。

 …江崎がやはり、羨ましかった。

「…えっと…何が…」
「病院だ、江崎が紹介」
「半井は無事ですか、」

 そう言って覚醒した慧に、なるほどと漸く事態を把握した。

「…お前、」
「はい…」
「かっこいいな…。
 大丈夫、お前の仲間は皆、」

 泣きそうになってくる。

 ただ手を繋いで「ごめん、」とだけ言うと勘違いさせたらしい、「え、何、嘘、シルバさんに」と慧が声を震わせたので「あ、違う、」と訂正した。

 …それほど理性的でもないのかもな。

「…大丈夫だ、お前がちゃんと守った」
「よかっ」
「よくねぇよおい!」

 ついつい怒鳴ればあとは容易い。
 ガタッと立ちつい殴ろうか…いや、抱き締めてしまった。

「セイさん……」
「お前は大丈夫なのか、なぁ、でもまぁ、」

 そして顔を見てつい…キスまでしてしまった。

「……!」
「意識はハッキリしてそうだな、よかった…。
 悪かった、傲っていたよ俺は、」
「なんだか……」

 ふっと、笑った慧は「ビックリしました」と素直に言う。

「…すみません。セイさんと一緒です。意地を張っただけです」
「…一緒じゃないよ、俺も張ったけど。
 メンバー呼んでやるよ。あいつらが一番死にそうなんだいま、メンタルが。お前きちんと殴られろよ」
「…はい、」 

 メンバーが来るのはめちゃくちゃ早かった。僅か15分足らずで、もしかすると江崎が呼んだのかもしれない。

 まず顔を眺め「みんなごめ」まで言ったのにも関わらず「このバカ野郎!」と慧を怒鳴ったのは案外、冷静型の黒田だった。

 …個室でよかったぁ…。

 半井は半井で感情型だ、泣きながら「うぅぅぅよがっだぁあ」と何を言っているかわからない。
 「さとちゃんってばなんなのもう、」と半井の背と黒田の背を擦る真鍋に改めて慧は「ごめんね」と謝罪した。

「…いっつもいっつもそうやって、ちょっと何があったの!?いきなり連絡取れないとか二度と…」

 泣きそうな黒田に慧は抱きつき「本当にごめん、ごめんホントに」と言いながら、そっかなんも聞いてないのか…自分も記憶は曖昧だけど…と、よかったのか悪かったのか。

「…すまなかった、俺が悪かったんだ」

 殴られろと言った割には誠一は…なんと頭を下げ、「協力ありがとう」と感謝もした。

「え、」
「いや…」
「マトリさん、さとちゃんは生きてますし…」
「いや、自己満足だ。
 俺は警察じゃないからな。まぁ傷害罪は見逃すが、死なない程度に」
「殴れませんよ、そんな、」

 最後黒田が「ホント心配したんだかんな、」と怒る。

「…うん、」
「何かあったら言ってっつってんだろ、なぁ」
「まぁまぁ、黒田。慧は複雑だから。固定観念はよくない、よな?」
「いや、間違ってないよ。ごめん、あの時」
「さて!」

 そんな時ふと現れたのはなんと、先程出て行った江崎だった。

「…あ!」
「げっ」
「やばっ」
「来た…」

 メンバーが何故かビビっている…まぁ確かに見た目…と慧は思ったが、違うと誠一は知っている。
 多分メンバーは一般論で、あれらはこれに埋められたとでも思っているだろう。

「飯だ飯。食いに行くぞ。病人が可哀想だ。
 よう、元気だな。安心、てことで」
「え、」
「は?」
「…あれ?なんでこの人」
「…それは俺の奢りだな、もしや、」
「ん?好きにすれば?はい、用事も済んだし邪魔だから消えよ。じゃあな慧」

  後に慧はメンバーに聞いた。飯、何食ったか覚えてねぇや、と…。
 慧は慧で退院した後、凄く洒落た、なんだかわからないけど美味しいものを江崎に作ってもらった。
 誠一は誠一で、本当にビックリする額を奢ったのだそう。

 人生初めて、愛とは何か、なんてことを考えてみるきっかけになった、まだ、出会った頃の話。
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