55 / 86
第四話
11
しおりを挟む
それから一ヶ月なんてあっという間に過ぎてしまった。なんの変哲もなく時間はただ過ぎ、いつも通り寝て明日が来て、を繰り返していくうちに過ぎてしまった。
その間ライブに行ったりしたが、変わったことといったらそれくらいなもので。
一ヶ月の間に何度かテストをやり、小夜はついに漢検3級レベルまで漢字を覚えた。
そして今日がお別れの日で、花火大会の日である。今日がお別れだと言うのは小夜には告げていない。水野さんと俺でマメに連絡を取り、今日になった。そうとは知らず小夜は、いつも通りに過ごしていた。
「ねぇねぇ見て!」
見せられた紙には、志摩光也、神崎真里、小日向小夜と完璧に書いてあった。
「すげぇじゃん」
「勉強いっぱいしたんだよ!」
「そうだな。じゃぁ今日はお祭りで何買って欲しい?」
「リンゴ飴!」
「よし、わかった」
「うぉ、大変だ!」
こっちでそんな話をしていると、急に真里が台所で大きな声をあげた。「なんだよ」と言って見に行くと、小鉢を指差した。あれから真里は約束通り、金魚を入れる小鉢を家から持ってきてくれたのだ。
見ると、金魚が水面に浮いていた。「なになにー」と小夜もやってくる。見せていいものか迷ったが、これも勉強だと思い、小鉢を見せる。
「どしたの…これ」
「死んでる」
「え?」
「小夜、お墓作ろっか」
「…死んじゃった?」
「うん」
小夜は俯いてしまった。俯いて、声をあげずに泣いていた。そんな小夜の頭を撫でる。
「一緒にお墓作ろ」
「…うん。
死んだらどうなるの?」
「…どうなるんだろうな。もう、逢えないな。
だから小夜も一生懸命生きねぇとな。
出会いがあれば、別れもあるんだよ」
子共ながらになんとなく、これはわがままを言ってももう戻らないとわかったのだろうか。妙に聞き分けよく、一緒に下の駐車場まで行き、スコップで穴を掘って金魚を埋めた。小夜は小さな手を合わせている。
「なんか、いなくなるって寂しいな」
「うん…」
「この気持ちは、忘れちゃいけないのかもね。
俺も小さいとき、買ってたクワガタ死んだとき、悲しかったな」
「お墓作った?」
「作ったよ。忘れちゃいけないなって思った。現に大人になっても覚えてる。小夜も、こーゆーこと、忘れない大人になれよ。
泣き虫なことは、恥ずかしいことじゃないよ。大人になったら泣けないからな。今のうちにいっぱい泣いとけ」
「不細工になっちゃうよ?」
「大丈夫、明日には治ってる。
さて、準備しよっか」
いろんな、単純だけど難しいことを、小夜からたくさん教わったな。しみじみとそう思った。
立ち上がって戻ろうとすると、真里が階段の手すりに寄りかかって見守っていた。手には、恐らく小夜の荷物らしき物を持っていた。
「これ…車入れとく」
「…ああ」
今日は荷物がかさばるかと思い、あらかじめレンタカーを借りてある。真里は、小夜の荷物を荷台に乗せる。その動作は、然り気無く。
先に小夜は階段を登って行ってしまって。
「言わなくていいの?」
「…うん。もうちょっとしたら…」
「…そうかい。
辛くなるのは、あんただよ?俺が言ってやろうか?」
「いや…大丈夫、大丈夫だから。
帰りに言う」
「…変な顔」
真里はちょっと笑って言った。自分が笑って返そうとして失敗したことには気付いた。
「どんな顔?」
「泣きたい方に傾いてる」
そう言われてなにも言葉を返せなくなった。
「…車先乗ってて」
「…はいよ」
「やっぱり、最後がいいと思うんだ。今日は…花火だから」
真里の顔が見れなくて、俯いてすれ違った。そのまま部屋に戻って玄関から小夜を呼ぶ。
「小夜」
「みっちゃん、あのね、荷物が…」
「真里が持ってきてくれたよ。さぁ、行こうか」
疑問顔のまま小夜は玄関まで来た。ふと、紫陽花の折り畳み傘が目についた。そっか、これ、一番最初に俺が小夜にあげたんだ。
「小夜、」
「ん?」
「雨降るといけないから、この傘持ってきな」
「降るの?」
「念のため」
「はぁーい」
「小夜、」
「ん?」
そのまま強く抱き締めた。この扉を開けたらもう、ここでの生活はなくなるんだ。この扉を開けたら小夜は、一歩大人へ近付くんだ。そう思ったら、居ても立っても居られなくなった。
「どしたのー?」
「小夜、今日は楽しもうな」
「うん、みっちゃん、なんか変だよ?」
「うん…変だよ」
思えばこの三ヶ月、何一つ楽じゃなかった。
気付いたら一人じゃなかった。一人でいれば充分なはずだった。何を求めて苦労して、何を求めてこんなところに来てしまったんだろう。
ページを開いたら白紙に戻るだけ、ただそれだけのことなのに。
単純に、最終的には楽しかったんだ、何もかもが。辛いことも苦しいことも全部含めて楽しくて、やっと生きてるって感じてたんだ。
最後に全部言おう。そう決めた。
「行こっか、小夜」
「うん!」
無邪気に笑う小夜の笑顔が唯一の救いになってた。
二人で家を出る。いつも以上に扉が閉まる音が響いたような気がした。
その間ライブに行ったりしたが、変わったことといったらそれくらいなもので。
一ヶ月の間に何度かテストをやり、小夜はついに漢検3級レベルまで漢字を覚えた。
そして今日がお別れの日で、花火大会の日である。今日がお別れだと言うのは小夜には告げていない。水野さんと俺でマメに連絡を取り、今日になった。そうとは知らず小夜は、いつも通りに過ごしていた。
「ねぇねぇ見て!」
見せられた紙には、志摩光也、神崎真里、小日向小夜と完璧に書いてあった。
「すげぇじゃん」
「勉強いっぱいしたんだよ!」
「そうだな。じゃぁ今日はお祭りで何買って欲しい?」
「リンゴ飴!」
「よし、わかった」
「うぉ、大変だ!」
こっちでそんな話をしていると、急に真里が台所で大きな声をあげた。「なんだよ」と言って見に行くと、小鉢を指差した。あれから真里は約束通り、金魚を入れる小鉢を家から持ってきてくれたのだ。
見ると、金魚が水面に浮いていた。「なになにー」と小夜もやってくる。見せていいものか迷ったが、これも勉強だと思い、小鉢を見せる。
「どしたの…これ」
「死んでる」
「え?」
「小夜、お墓作ろっか」
「…死んじゃった?」
「うん」
小夜は俯いてしまった。俯いて、声をあげずに泣いていた。そんな小夜の頭を撫でる。
「一緒にお墓作ろ」
「…うん。
死んだらどうなるの?」
「…どうなるんだろうな。もう、逢えないな。
だから小夜も一生懸命生きねぇとな。
出会いがあれば、別れもあるんだよ」
子共ながらになんとなく、これはわがままを言ってももう戻らないとわかったのだろうか。妙に聞き分けよく、一緒に下の駐車場まで行き、スコップで穴を掘って金魚を埋めた。小夜は小さな手を合わせている。
「なんか、いなくなるって寂しいな」
「うん…」
「この気持ちは、忘れちゃいけないのかもね。
俺も小さいとき、買ってたクワガタ死んだとき、悲しかったな」
「お墓作った?」
「作ったよ。忘れちゃいけないなって思った。現に大人になっても覚えてる。小夜も、こーゆーこと、忘れない大人になれよ。
泣き虫なことは、恥ずかしいことじゃないよ。大人になったら泣けないからな。今のうちにいっぱい泣いとけ」
「不細工になっちゃうよ?」
「大丈夫、明日には治ってる。
さて、準備しよっか」
いろんな、単純だけど難しいことを、小夜からたくさん教わったな。しみじみとそう思った。
立ち上がって戻ろうとすると、真里が階段の手すりに寄りかかって見守っていた。手には、恐らく小夜の荷物らしき物を持っていた。
「これ…車入れとく」
「…ああ」
今日は荷物がかさばるかと思い、あらかじめレンタカーを借りてある。真里は、小夜の荷物を荷台に乗せる。その動作は、然り気無く。
先に小夜は階段を登って行ってしまって。
「言わなくていいの?」
「…うん。もうちょっとしたら…」
「…そうかい。
辛くなるのは、あんただよ?俺が言ってやろうか?」
「いや…大丈夫、大丈夫だから。
帰りに言う」
「…変な顔」
真里はちょっと笑って言った。自分が笑って返そうとして失敗したことには気付いた。
「どんな顔?」
「泣きたい方に傾いてる」
そう言われてなにも言葉を返せなくなった。
「…車先乗ってて」
「…はいよ」
「やっぱり、最後がいいと思うんだ。今日は…花火だから」
真里の顔が見れなくて、俯いてすれ違った。そのまま部屋に戻って玄関から小夜を呼ぶ。
「小夜」
「みっちゃん、あのね、荷物が…」
「真里が持ってきてくれたよ。さぁ、行こうか」
疑問顔のまま小夜は玄関まで来た。ふと、紫陽花の折り畳み傘が目についた。そっか、これ、一番最初に俺が小夜にあげたんだ。
「小夜、」
「ん?」
「雨降るといけないから、この傘持ってきな」
「降るの?」
「念のため」
「はぁーい」
「小夜、」
「ん?」
そのまま強く抱き締めた。この扉を開けたらもう、ここでの生活はなくなるんだ。この扉を開けたら小夜は、一歩大人へ近付くんだ。そう思ったら、居ても立っても居られなくなった。
「どしたのー?」
「小夜、今日は楽しもうな」
「うん、みっちゃん、なんか変だよ?」
「うん…変だよ」
思えばこの三ヶ月、何一つ楽じゃなかった。
気付いたら一人じゃなかった。一人でいれば充分なはずだった。何を求めて苦労して、何を求めてこんなところに来てしまったんだろう。
ページを開いたら白紙に戻るだけ、ただそれだけのことなのに。
単純に、最終的には楽しかったんだ、何もかもが。辛いことも苦しいことも全部含めて楽しくて、やっと生きてるって感じてたんだ。
最後に全部言おう。そう決めた。
「行こっか、小夜」
「うん!」
無邪気に笑う小夜の笑顔が唯一の救いになってた。
二人で家を出る。いつも以上に扉が閉まる音が響いたような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる