あじさい

二色燕𠀋

文字の大きさ
60 / 86
Hydrangea

3

しおりを挟む
 マリちゃんは月極つきぎめの駐車場に車を停めた。
 そうか、東京ってお店に駐車場がないんだ。車持ってる方が珍しいのか。

「ちょっと歩くけど」
「うん」

 なんとなくカフェやバーやレストランが多い通りを歩く。きっと、お昼はOLとかが多いんだろうな。
 昔住んでいたところとはだいぶ雰囲気が違うようだ。

「この辺に住んでるの?」
「うーん、日野ひの
「私三鷹みたか!」
「あれ、ここじゃぁちょうど中間くらいじゃん」
「何だ、近いじゃん!あれ、てか学校近いかも?近くの駅って…」
「うーん、国分寺こくぶんじかなぁ、一番近くて」
「まさしくここだよ!
 まだ学校一回しか行ったことないんだけどね。なんかこの辺の雰囲気知ってるような気がするって思ったんだ」

 凄い偶然。ホント、示し会わせたかのような。

「なんかすげぇな。運命なのかね。
 ちょうど着いたわ。ここ」

 モダンなレンガの壁に木で出来たドア。看板には“hydrangea”と、紫色のようなピンクのような字で書かれていた。紫陽花の花の絵も描かれている。

 マリちゃんがドアを開けてくれて店内に入った。扉のベルが、からんころん、鳴る。

「おつかれ」

 マリちゃんが声を掛けると、後ろを向いていたみっちゃんが振り向いた。
 いかにもバーテンダーという感じの、ベストにネクタイという格好がとても似合っていた。

「みっちゃん…!」
「小夜か。久しぶり」

 にっこり微笑むその笑顔は、記憶の中のみっちゃんとあまり変わってなくて。やっぱりマリちゃんみたいに、昔よりは少し落ち着いた雰囲気になった気がするけど、そんなことよりもまず、込み上げてくるものが優先して。

「会いたかった…!」

 やっと出てきた言葉がそんな簡単なものしかなくて。

「大きくなったな、小夜」

 私がただ立ち尽くしていると、マリちゃんに肩をつつかれ、「まま、座れよ」とカウンターに促された。そう言われてやっと現実に戻ったような気がした。

 目の前の席に座る。
 すると奥から、40代くらいの、少し癖のある髪の毛を、ピンで止めた爽やかな印象の長身の男性が出てきた。

「いらっしゃい。
 もしや噂のあのー、えーと何ちゃんだっけ?」
「そうそう。小夜」
「やっぱり!
 申し遅れました。オーナーの柏原かしわばらかなめです。通称料理長です」
「いや、おっさんでいいでしょ」
「光也だけだよそれ呼んでるの」

 と言って柏原さんはみっちゃんを小突く。なんか、凄く仲が良さそう。

「今日は遥々来たの?あれ?三重じゃなかったっけ?遠くない?」
「はい…」

 実はお父さんと引っ越した先は、三重県だった。昔、みっちゃんが名前の話のときに行ったことないって言っていたところ。

「なんかそんな話真里から聞いた」
「昔行ったことないって言ってたの覚えてる?」
「覚えてる。名前の漢字の話の時な」
「え、何いい話系?おっさん泣いちゃうよ?」
「はいはい」

 柏原さんを流しながらみっちゃんは柏原さんに、透明な飲み物をグラスに注いで手渡した。多分お酒だ。

「遥々ってか、どうやらこっち住み始めたらしいんですよ」
「へぇー!」
「え、水野みずのさんと?」

 みっちゃんは自然な動作で私にリンゴジュースと、マリちゃんにはお酒と思わしき茶色の飲み物を、おっきな丸い氷の入ったグラスに入れて出してくれた。

「おー、さんきゅー」
「ありがと。お父さんは田舎にいる。私一人でこっちに来たの。転校した」
「え?一人暮し?」
「というか寮に住み始めたんだ」
「詳しく聞かなかったけどなんで?」
「んー、行きたい高校じゃなかったの。行かなくなっちゃったし。
 そしたらお父さんが、好きなとこ行っていいよって言ったから…」

 クラスに馴染めなかったし。

「あ、そうそれでね、こいつバイト先探してるみたいなんだけど、どう?なんか学校この辺らしいし」
「え、ぜーんぜんOK。やる?マジ野郎三人とかホントむさ苦しくてさー、癒し欲しかったんだよね」
「おっさん、小夜に手ぇ出したらマジぶっ飛ばしますからね。なんなら俺が頼めば真里が本出刃であんたのこと卸すと思うよ」
「うっはっは!なっつかしーネタ!
 小夜ちゃん知ってる?コイツね、昔バイトの男の子にチューされて真里めっちゃキレて飲み会メチャクチャにしたんだよっ…!」

 なにそれ初耳。確かにみっちゃんちょっとモテそうだけど…。

「つか迂闊なんだよ光也さんマジ。ぼーっとしてるからすぐ絡まれるし!こっちヒヤヒヤしてしょうがないわ。
 あのね、クソビッチババアにね、今夜空いてる?って言われてなんで空いてるって答えちゃうわけ?そのつもりないのにさ。挙げ句ヤンデレにストーカーされるとか何なの?」
「あー!その話高校生の前ですんなよバカ!お前ガキか!」
「え?小夜もさすがにわかるだろー。あんたね、小夜も大人になったのあれよりは!」
 
 確かにわかるけどちょっとは。

「だからダメなんだよバカなのお前?」
「みっちゃんモテそうだもんね…」
「そーなんだよこの人いい歳してなんかさ、童貞なんじゃないかって思うくらいすっげーぼーっとしてるってか、わかってないんだよね」
「どーてー?」
「あーあー黙れコラ真里!」
「なんか光也すげぇな」

 思わず笑ってしまった。
 昔と本当、変わらないなぁ。

「JKに笑われてるぞ二人とも」
「いやぁ、なんか昔と全然変わってないなぁって。
 いつもこーやってお家でふざけっこしてた。懐かしいな」

 やっぱり来てよかった。

「…よし。光也、上がっていいよ!」
「え?マジ?」
「おぅよ。てか三人ともこの後予定あんの?」
「うーん。なんとなく家に小夜一泊してー、みたいな?」
「看板しまってウチ使えば?何なら俺帰るよ。三人水入らずで楽しめよ。何年ぶりの再会なの?」
「小夜が8歳の時が最後かな」
「そうそう。花火大会の日…」

 突然来たお別れだった。

「…話したいこともいっぱいあるだろ。明日小夜ちゃん休み?」
「まだ手続きの段階なんで…。しばらくは」
「じゃぁいいじゃん?たまには。ウチの店明日休みだし。あ、ホントに働くなら明後日から来ちゃっても全然いいよ。
 ウチ、ランチが11時から14時、ディナーが17時から23時で、23時からは大体店閉め作業やってる。たまにお客さんを見て営業時間伸びたりもあるけどね」
「はい…ありがとうございます」
「まぁ考えといてね。
 ウチ使わないにしても店閉めちゃっていいよ。客来てないし。じゃ!帰りまーす!」

 そう言うと柏原さんは奥に引っ込んでしまった。それからわりとすぐに白いデニムジャケットに黒い細身のパンツ姿で裏から出てきて、「じゃ!」とか言って本当に帰ってしまった。

「駿足だな相変わらず…」

 かと思いきやまたドアが開き、柏原さんが看板をしまってくれていた。
 ピンをとった髪型もちょっと癖っ毛で、長めだった。

「電源はオフってあるからー」

 それだけ言い残して去っていく。
 三人で唖然としてるばかりだった。

「なんか凄い」
「取り敢えずなんか作るわ…。その前に着替えてくるわ」

 ネクタイを緩めながらみっちゃんはそう言うと、飲み物と漬物みたいなものを出してくれて、奥に引っ込んでしまった。

「今日何があるんだろう」

 マリちゃんはお酒を片手に持って奥にあるキッチンに入っていった。

「あー、小夜魚と肉だったら何食べたい?」
「…麺」
「わかった、あるけどさ」
「冗談だよー」
「あれ、てかなんだ、西京さいきょう漬けある…」

 しばらくマリちゃんが漁っていると、みっちゃんが着替え終えて奥を覗いた。
 さっきとはうって変わって灰色の七分くらいのカーディガンを羽織ったラフな格好だ。

「あれ、真里は?」
「あ、光也さん?
 西京漬けあるんだけど!」
「あー、そう、俺が置いといた。食っていいよ」

 手を洗いながら答える。ぶっちゃけそれマリちゃんに届いてるんだろうか。

「え?何?」

 あ、やっぱり届いてないのか。

 水道を止め、「食っていいよって!ウチの母親が送ってきたらしい!」と叫び返した。

「小夜食う?西京焼き。確かなんだっけな、銀だらだったかな」
「じゃぁ食べる」
「じゃぁ作るかー。
 真里、俺作るよー。お前今日休みだろ?」
「いやいいよ飯くらい」
「三人で作ろーよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...