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神様
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それから2人は、土佐の男の雄弁な語りを延々と聞かされた。
異国がどう、日本はどう、蘭学はどう、思想がどう。確かに興味深い話ではあったが。
「ワシャぁ、才谷直柔や。坊さん、もしよかったら一緒に来ぉへんか?」
「いや、」
本当に浪人だったら厄介だ。
なんせ、変わり者。宛てなく旅をすれば死にかねない世の中だ。
まぁ、宛は端からないのだが。
「そうか…残念じゃき。あんさんとは少し話したかった」
「すまない先を急ぐ。我々はあくまで修行の身だ」
今回ばかりは翡翠も特に何も異論を発さなかった。
はっきり言えば朱鷺貴には、この才谷直柔の話が絵空事に思えた節がある。
確かに夢や未来もあり興味深くはあるが、現段階でこの男からは「隣の芝生は青い」と言われたような気分だったのだ。
そんな事柄はまだ、どうでもいい。学も必要ではある、いつかその芝生の青さには気付けるくらいになるかもしれないが。
男と別れてから翡翠は言った。
「なんや、夢は大きい人」
「そうだな」
「しかしまぁ、解らぬでもない。身の内としてはわてらよか立派かもしれまへんね」
やけに皮肉っぽいなぁ。珍しく。
「しかし嫌いな性分です…。なんや、ヤクザのようで」
「…どうしたお前」
「騙されずよかった、いう話です」
確かにまぁ、口が達者な印象はあった。
「興味持ったのか?」
「ええ。せやけどなんや、金を借りるときのような心境に至りまして」
「…というと?」
「胡散臭い、こんな印象ですね。商人やら、そういった浪人なんでしょうか、あん人」
なるほど。
ヤクザに言われれば納得だ、説得力がある。これは確実に世迷い事ではない。
どうやら翡翠は数日前の高台寺の浪人といい、こういった学を語る男は嫌いらしい。
「お前、学があるやつ嫌いだよな」
「まぁ、そうですね。学があったところで使えなければ死んでしまうやろ?」
「こうは考えないか翡翠。
例えば刀の使い方、これも学の一つだ。しかし確かに、それでも抜けない俺には意味がない代物で…」
「あんさん、ホンマにそれ、意味あるんですか?」
「ない。坊主はそもそも人を殺さない」
「うーん…?」
「お前の暗器すら俺には使い方がわからんが、使い方を知って使えるお前は学を使いこなし身を守れるわけだ」
「はぁ…」
「しかし本来は俺が特殊だ。そもそも刀は抜き方すら武家でなければわからない。だが鞘から抜いてあれば、人を殺すことは誰でも出来る」
「つまり?」
「学はあって損はないが、有り難さは使ってみないとわからない、知らなければ尚更だ」
「それはつまりあの人の肩を持つのですか」
「いや。
俺らと大差ない、と言いたいんだ。あの男はまだ使いこなしていない。
しかし最初に言っていたな、今巡業なんて意味がないと。俺はその点で少し矛盾を感じた。日本を知らず外国ばかり言われても…そしてそれは巡業に入らないのか?とな」
「なるほど」
つまり。
「自分の見たものしか信用ならない、まぁそれはわても同じですな」
「な。じゃ、仕事を探そう」
「巡業ですな」
楽しそうに翡翠は言った。
まだまだ我々は日本を知らないのだ。それは今だからこそ、生き残るために必要だ。
あの男も口は上手いが結局同じこと。しかしまぁあれほど外国を褒める、売り込むような言い方が翡翠には微妙だったのだろう。
それも巡業。国だと傲らずまずは自己だと、魅せられ業に走らなければいいがな、あの男。
「わては少しあんさんを見直しました」
急に自分を褒める翡翠に内心朱鷺貴は驚く。
なんだどうした。
「…どうした急に」
「いえ、なんとなくです」
なにやら嬉しそうだ。それほど大した口上でもないだろうに。
「あんさん、しかし人を殺すのはやはり反対ですか」
「まぁ基本はな。だが、自分が死ぬとなればまた別だ」
「死は怖いですか」
「当たり前だ。死んだら全て終わる。それは仏だろうがなんだろうが、自分あってのもんだろ」
「はぁ、」
やはりまた楽しそうに、「変な坊主や」と言った。
「何かを掛けて戦えませんな、あんさんは」
「そうだな。脱藩して国に命を捧げるとか、凄いわ」
「あらあら殺されますよ」
「あれも宗教のようなものだからな。あり得るな」
また皮肉をと翡翠が笑う。
つくづくこの坊主は純粋で己に忠実なんだ。これが、人のあるべき姿なのかもしれないと思わされる不思議。
雑談ばかりしていれば、漸く件の寺に辿り着いた。
寺の前ふと、朱鷺貴が「ここ、天台宗か?」と真面目な面で言う。
「さぁ」
「だったらマズイな」
「何故ですか?」
「いやぁ…。
真言宗と天台宗、宗派は大差ないが仲が悪いんだよ」
「は?」
「宗教にも色々あってだな」
「はぁ、国云々より小さな問題ですな。経は一緒なんですか?」
「まぁ…」
「じゃ、行きましょ」
さっさと連れて行かれそうになるが「待て、」を掛ける。
「殺される、らしいらしい」
「はぁ?あんさんは坊さんやろ?なして」
「ほ、法力とか?」
「それ、あの幹斎さんが?」
「え、うん」
「多分嘘ですよ。さ、早く行きましょ。お金ないやろ?」
身も蓋もない。
しかし確かに、仕方ない。
腹を括り、朱鷺貴はその寺、“天命寺”に向かった。
異国がどう、日本はどう、蘭学はどう、思想がどう。確かに興味深い話ではあったが。
「ワシャぁ、才谷直柔や。坊さん、もしよかったら一緒に来ぉへんか?」
「いや、」
本当に浪人だったら厄介だ。
なんせ、変わり者。宛てなく旅をすれば死にかねない世の中だ。
まぁ、宛は端からないのだが。
「そうか…残念じゃき。あんさんとは少し話したかった」
「すまない先を急ぐ。我々はあくまで修行の身だ」
今回ばかりは翡翠も特に何も異論を発さなかった。
はっきり言えば朱鷺貴には、この才谷直柔の話が絵空事に思えた節がある。
確かに夢や未来もあり興味深くはあるが、現段階でこの男からは「隣の芝生は青い」と言われたような気分だったのだ。
そんな事柄はまだ、どうでもいい。学も必要ではある、いつかその芝生の青さには気付けるくらいになるかもしれないが。
男と別れてから翡翠は言った。
「なんや、夢は大きい人」
「そうだな」
「しかしまぁ、解らぬでもない。身の内としてはわてらよか立派かもしれまへんね」
やけに皮肉っぽいなぁ。珍しく。
「しかし嫌いな性分です…。なんや、ヤクザのようで」
「…どうしたお前」
「騙されずよかった、いう話です」
確かにまぁ、口が達者な印象はあった。
「興味持ったのか?」
「ええ。せやけどなんや、金を借りるときのような心境に至りまして」
「…というと?」
「胡散臭い、こんな印象ですね。商人やら、そういった浪人なんでしょうか、あん人」
なるほど。
ヤクザに言われれば納得だ、説得力がある。これは確実に世迷い事ではない。
どうやら翡翠は数日前の高台寺の浪人といい、こういった学を語る男は嫌いらしい。
「お前、学があるやつ嫌いだよな」
「まぁ、そうですね。学があったところで使えなければ死んでしまうやろ?」
「こうは考えないか翡翠。
例えば刀の使い方、これも学の一つだ。しかし確かに、それでも抜けない俺には意味がない代物で…」
「あんさん、ホンマにそれ、意味あるんですか?」
「ない。坊主はそもそも人を殺さない」
「うーん…?」
「お前の暗器すら俺には使い方がわからんが、使い方を知って使えるお前は学を使いこなし身を守れるわけだ」
「はぁ…」
「しかし本来は俺が特殊だ。そもそも刀は抜き方すら武家でなければわからない。だが鞘から抜いてあれば、人を殺すことは誰でも出来る」
「つまり?」
「学はあって損はないが、有り難さは使ってみないとわからない、知らなければ尚更だ」
「それはつまりあの人の肩を持つのですか」
「いや。
俺らと大差ない、と言いたいんだ。あの男はまだ使いこなしていない。
しかし最初に言っていたな、今巡業なんて意味がないと。俺はその点で少し矛盾を感じた。日本を知らず外国ばかり言われても…そしてそれは巡業に入らないのか?とな」
「なるほど」
つまり。
「自分の見たものしか信用ならない、まぁそれはわても同じですな」
「な。じゃ、仕事を探そう」
「巡業ですな」
楽しそうに翡翠は言った。
まだまだ我々は日本を知らないのだ。それは今だからこそ、生き残るために必要だ。
あの男も口は上手いが結局同じこと。しかしまぁあれほど外国を褒める、売り込むような言い方が翡翠には微妙だったのだろう。
それも巡業。国だと傲らずまずは自己だと、魅せられ業に走らなければいいがな、あの男。
「わては少しあんさんを見直しました」
急に自分を褒める翡翠に内心朱鷺貴は驚く。
なんだどうした。
「…どうした急に」
「いえ、なんとなくです」
なにやら嬉しそうだ。それほど大した口上でもないだろうに。
「あんさん、しかし人を殺すのはやはり反対ですか」
「まぁ基本はな。だが、自分が死ぬとなればまた別だ」
「死は怖いですか」
「当たり前だ。死んだら全て終わる。それは仏だろうがなんだろうが、自分あってのもんだろ」
「はぁ、」
やはりまた楽しそうに、「変な坊主や」と言った。
「何かを掛けて戦えませんな、あんさんは」
「そうだな。脱藩して国に命を捧げるとか、凄いわ」
「あらあら殺されますよ」
「あれも宗教のようなものだからな。あり得るな」
また皮肉をと翡翠が笑う。
つくづくこの坊主は純粋で己に忠実なんだ。これが、人のあるべき姿なのかもしれないと思わされる不思議。
雑談ばかりしていれば、漸く件の寺に辿り着いた。
寺の前ふと、朱鷺貴が「ここ、天台宗か?」と真面目な面で言う。
「さぁ」
「だったらマズイな」
「何故ですか?」
「いやぁ…。
真言宗と天台宗、宗派は大差ないが仲が悪いんだよ」
「は?」
「宗教にも色々あってだな」
「はぁ、国云々より小さな問題ですな。経は一緒なんですか?」
「まぁ…」
「じゃ、行きましょ」
さっさと連れて行かれそうになるが「待て、」を掛ける。
「殺される、らしいらしい」
「はぁ?あんさんは坊さんやろ?なして」
「ほ、法力とか?」
「それ、あの幹斎さんが?」
「え、うん」
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しかし確かに、仕方ない。
腹を括り、朱鷺貴はその寺、“天命寺”に向かった。
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