Get So Hell?

二色燕𠀋

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傘の向こう側

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 ついた寺で、やはり朱鷺貴が手にした木箱を見て坊主達は騒然とした。

 珍妙な胡散臭い二人組が持つ木箱、くわえて坊主の方は刀を所持している。当然だ。そして二人がその対応に慣れたのも当然である。

 一番最初に「あの、」と駆け寄ってきた小姓に用件と、幹斎直々の意味がない添え状を渡す。これが定番化してきた。

 案の定小姓は狼狽える。それも慣れたことだ。

 しかし今回の寺は小さな寺だった。宗派を肌で感じることがある朱鷺貴だが、今回はそれがあまりない。それほどに小さな寺であれば、どうやら少しの騒ぎで最高僧がお出ましてくれたようで。

 一人袈裟やら雰囲気が違う坊主は「どうしたのですか」とまわりの小姓に問う。

「あの、」

 聞く前に最高僧はまず、二人を眺めて閉口した。垂れ目の最高僧、すぐに異変を感じたのか「おやおや」と二人に頭を下げるが、顔を上げて眺めたのは朱鷺貴が持つ木箱だった。

「あら、どちらからおいででしょうか。
私この“加名井かない寺”の加名井かない清山せいざんと申します」
「京、條徳寺から参りました、南條朱鷺貴と申します。
 只今巡業修行中故、その際に参った傘屋にて、これを預かって参りました。これは脱藩の罪にて死罪となった男の首で、恥ずかしながら私、頼まれ、供養をしようと勝手に戒名をしたためた故、どうかこちらに葬って頂けないかと訪ねました」
「なるほど、首、ですか。
 どうやら貴方は徳がお有りとみた」
「はい?」

 にこっと笑った顔に人の良さが滲む最高僧、清山。彼はもしや只者じゃないと感じた時に、「そちらの木箱ですが」と清山が静かに告げる。

「確かに安らいではいますがその霊は、少々念が強い」
「れ、霊っ!?」

 声が裏返りかなりの引き吊った表情で木箱を眺める朱鷺貴に、少し後ろを着いて歩いていた翡翠は「え、なんやあんさん」とにやけた。

「いや、あの、」
「あら、気付きませんでしたか。凄い。普通の坊主なら今頃あの世に連れて往かれてますよ。それ、本当に気付かないままここへ?」
「えっ、嘘っ、ホンマかっ、いや、」

 慌てている。
 翡翠がそれに腹を抱えて爆笑した。

「ぼ、坊主のクセにな、なんなんあんさん…っ」
「いやえっ、待って、お、怨念みたいな?」
「いいえぇ。いやある意味怨念でしょうが、執着、ですかねぇ」
「あんたわかるのっ!?」
「まぁ、見えますから」
「何ぃ!?」

 驚いた。
 朱鷺貴はまず、幽霊というものを感じたことがない。だから幽霊がどんなものかわからないので恐怖があるのだ。

「あはは、苦手な質なのですね、南條様」
「あっ、えっ、」
「しかし戒名がちゃんとしているようですね。暴れずゆったり着いて来たようですよ」
「まっ、」

 困る。
 俺らずっと、短い距離だがそれにつけられていたの?

「…しかし清山様。それは果たして徳が高いのですか?」

 翡翠は純粋な疑問を投げた。
 清山は微笑み「おほほ」と笑って漸く目を開ける、ように開いたのだった。

「高いのでそれくらいで動じない魂をお持ちなのでしょう。南條様はなかなか苦難を歩いたのでしょうね。
 確かに巡業中では墓には入れてあげられませんね、良い選択です。
 少々、戒名を拝見してもよろしいでしょうか?」

 そうゆったりと告げる清山に、翡翠は薬箱を下ろし、朱鷺貴が寺に寄越す用に書いて入れておいた戒名を引き出しから取りだし、渡す。

 清山は眺めて頷き、

「霊の強力さ故お感じにならなかったでしょうが、貴方と私は恐らく、宗派が違う。
戒名は、これが一番落ち着くようなのでこのままにします。しかしここに置くには少々、また葬儀をして魂を慣れさせなければならない。葬儀なら、首を託した方に、一度宜しければ参拝して頂きたいのですが…」
「あぁ、はぁ、なるほど。
 わかりました、伝えます」
「すぐに取りかかるので、準備自体は明日にでも終わりますと、お伝えください」
「わてらは、」
「あぁ、翡翠。
 それは出来ないんだ。宗派が違うと法力の違いでこちらの寺と、お前や俺に厄災があるかもしれないし、何より礼儀に反する」
「はぁ、なるほどですね」
「…ありがとうございます清山殿。私達は早々に退散し依頼主の元へ向かいます。
 無理難題、忝ない」
「いいえ…困ったときはお互い様です。
 手厚く葬らせて頂きます」

 まさかこうも快く引き受けてくれるとは思わなかった。案外、人のしがらみは“困ったときはお互い様”なのかと朱鷺貴は知る。快く朱鷺貴も清山に首を渡した。

 その瞬間、ふと膝から崩れてしまった。

「トキさん!?」

 と翡翠がしゃがんで肩に手を置けば、一瞬にして朱鷺貴は冷や汗を吹く。

 まわりの小姓が「大丈夫ですか、水とか、」と慌てる中、「いけません」と冷静に清山は小姓を制した。

「水やら何やらこの寺のものを体内に入れてはなりません。
 いま漸く南條様は宗派に当てられたのでしょう…」

 そう言いながら清山は朱鷺貴に寄り、袈裟から小さな、朱印が書いてある紙を朱鷺貴に渡して告げた。

「寺の階段を降りたら捨ててください。これでなんとか歩けるでしょう」

 朱印を震える手で受け取れば確かに、
急な金縛りのような現象が驚くほどに身体から抜けた。唖然として朱鷺貴が立ち上がれば笑顔で清山が、「では」と手を振る。

 もう一度朱鷺貴は清山に、血の抜けた頭を軽く下げ、ゆっくりと、翡翠に支えられつつ鳥居まで歩く。それを清山は黙って笑顔で見守った。

 寺の階段から降りてすぐ、朱鷺貴は清山に言われた通り、朱印を捨てた。
 完璧に身体はよくなり、「はぁ、」と漸く息を吐く思いだった。

「…大丈夫ですか?」

 見る見る顔色が良くなる朱鷺貴に、翡翠は心配そうに声を掛けた。

「あぁ、なんとか…」
「…傘屋に行ったらお水を頂きましょ」
「そうだな…」

 冷や汗は引いた。
 そしてすぐ「寒っ、」と身体を擦る。
 果たしてこれは幽霊といた事実に対してか、宗派か。

 難しいもんだなと翡翠は初めて寺事情を知った。なんなら、本当に朱鷺貴は徳が高かったのか、これも知ったのだった。
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