Get So Hell?

二色燕𠀋

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傘の向こう側

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 傘屋に戻り、茶を飲みながら朱鷺貴は事情を毬と、父親に話した。
 流石に傘一本では値段違いと思ったらしい。毬は「お代を」と言うが、

「いや、大して役に立っていないので」
「ならお泊まりになられては」
「あー…」

 言いにくそうにしている朱鷺貴に翡翠が「宗派やて」と横槍を入れる。

「一家ってだって、同じ宗派やろ?」

 と翡翠が朱鷺貴に聞けば「…ですね」と苦笑いをして返す。

「葬儀をしてあそこに入って漸くですがね…」
「一家、か」

 ふとそんなとき。
 ずっと傘を作り、正直話を聞いていたかわからなかった毬の父親が、朱鷺貴を眺め手を止めた。

 正直父親の眼力が強くて、一瞬朱鷺貴はビックリしたが、それから毬の父はすりすり寄ってきて朱鷺貴を見つめ、物言わず手を差し出してきたのだった。

「は、はい?」
「…儂らは家内が逝ってから二人で暮らしてきた。正直、娘をやるとなれば儂は複雑だったが、そう言う認め方もあるかとな」

 なるほど。

「お父上様」

 ぎこちなく手を取りはにかむ、と言うより不器用な笑顔を作る朱鷺貴と、ぎこちなく手を出した父に翡翠は告げる。

「あの傘、気に入りました」

 そう言って微笑めば「…そうかい」と。
 また傘作りに戻る父、そして案じてくれた毬に挨拶をして、二人は傘屋を後にした。

 一つ、あの親子は怨念、執着、柵の類いを捨てたのかと思えば、宿屋を探して二人で街を歩く。

 冷たい街だったが、なるほど相当には人柄があったと改めて眺め、傘屋の向かいの3件目あたりに泊まることにした。

「家族って、なんや凄いもんなんですね」

 宿屋について漸く休めた頃、録として幹斎に送るよう命じられていた見聞録をしたため始めようとした朱鷺貴に、翡翠はふと言った。

「ん?なんだ」
「いや。
 ほらわては、家族って、ころころ変わった質ですから。執着やら柵やら、あるんやなぁと」

 ぼんやりと二階の部屋から街を眺めて窓に頬杖をつく翡翠の背中に、朱鷺貴はふと思い立ち手を止めてみた。

「…お前、そういや売られに売られまくったんだっけか」
「まぁ、そうですね。せやから宗派もわからんし、ああいった家族の成りも、いまいちわからんのですよ。あの父は娘を売ったような心境なのかとか、そんなん」
「どうかなぁ。
 お前、生まれは町人だったよな」

 質問を繰り返す朱鷺貴に翡翠が振り向けば、また墨を擦っていて。いま擦ってしたためようとしたのに、と翡翠は思う。

「そうですが」
「お前の母や父、あと姉と言っていたか。今は?」
「死にましたよ、皆」

 温度のない翡翠の一言に、朱鷺貴はまた手を止めた。

 もしかして。
 今回少し感慨深かったのは互い様なのだろうかと、勝手に感じた。

「わての家族は多分、手厚く葬ってくれることなく。せやからお毬さんの旦那の家族が葬って貰えて、他人事で傲慢ですが、まぁ、捨て方が違ったのかと」
「…一家断絶ねぇ。
 まぁ、俺も同じ様なことは思ってたけどな実は」
「はい?」

 互いに顔を見合わせた瞬間は同時だった。
 急に気まずくて背ける。過去の話など、そんなものだ。こうして向こう側が透ければ、尚の事。

「…しかし俺は死ねばまた、母とも父とも同じ家。坊主だろうが、なんだろうが。墓とはそんなもので、家族とは、そんなものだ」
「…ならわては、」

 そんなものがいない。
 父も母も恐らくはあの、自分が生まれた家に捨て置かれたままだ。自分だって、捨て置かれる所だった。

 餓えやら腐臭やら揺蕩う意識はあのときに家と共に捨ててしまった。多分そういうことだと翡翠は自己解釈をする。死んだ後より、今結局生きてしまっているのだから。

 なんとなく朱鷺貴は、
 そうか、こいつには本当に何もないのかもしれないと察した。これ以上詮索するのは人としてか、坊主としてか、いずれにしろそれも怨念のような気がしてしまい口を吐く、「俺の親は葬られたよ」と。

「なんせ、死に目はあのジジイと共にだったからな」
「…そうですか」
「お前は?」

 翡翠は答えなかった。

 あぁ、これは。
 整理がついてないのかと、感じて。

「…名前は」
「はい?」
「家族の」

 何故、そんなことを聞くのか。

「…母があかり、父が秋冴しゅうご、姉が観月みづき
「字は?」
「行灯、の灯、秋が冴えると、観覧と月、ですが」
「綺麗な名前だな」
「そうなのですか?」
「情緒があるな」

 朱鷺貴が半紙にすらすらと字を書き始める。
 なんとなく予想がついた翡翠は「やめませんか、」と言おうとしたが、
酷く優しい、穏やかな表情の朱鷺貴に、思わず黙ってしまった。

 何枚か書いているそれに、
 いや、見聞録を記しているのかと解釈を改めたが、「ほら」と、ぞんざいにヒラヒラと紙をちらつかせる朱鷺貴を翡翠は唖然と見た。

「ま、あんまり徳がないけど。思い付いたから」
「…ぇっ、」

 消えそうな声の翡翠に、仕方なく自ら紙を渡しに行こうと朱鷺貴は近寄る。

「こんなんでよけりゃ、気休めに持ってろ。霊に憑かれる」
「…そんな、」
「それと共にいるのは些か気分が、俺も悪い」

そうか。
少し。

笑ってしまった。
柵なんて、そんなものかと。

「…あんま笑うなよ、わりとな、考えるのも気質がな、」
「いえ、なんや…、」

 不器用だねぇと思いまして。
 朱鷺貴は不機嫌そうにまた文机に向かってしまった。

「そんなに微妙ならあのジジイに言ってだなぁ、」
「いえ、えっとね。
 …いいです、トキさん。これがいい」

 忘れろ、捨てろ、ではなかったのだから。

「…あっそ」
「…トキさん、あのね。
 その家、弟が、いてね、」

 言葉は途切れるが出ていく。
 それに朱鷺貴は息を吐きながらも、耳を澄ませた。

「…蛍冴けいご、蛍と、冴えると書く子供で。母とも父とも姉とも、仲良く暮らしていた」
「…うん、」

 すらすら、見聞録を書いてゆく。

「その子も、死んだから、」
「…そうかい」

 お前もさ。
 大分遠回りして来たんだなと心で弔う。蛍冴、なるほど。ホントはそっちのが似合うけど。

 見聞録にしたためた、弥一郎の戒名と。
 情緒を感じた名を4名ほど書いて、朱鷺貴はそれに封をした。

 少しずつ垂れ流す、雨のような声を聞き流し、けれども受け止めようと、夜は、更けていくのだった。
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