心中 Rock'n Beat!!

二色燕𠀋

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酒場の閑居と情緒

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「げっ」

 夕飯に。
 餃子を食おう、ビールを飲んで、とか言う依田の珍しい提案をあたしは聞き入れ、作ったこともない餃子に挑戦中。

 ニラをがつがつ切っているあたしの耳に、ビールを早くもかっ食らっていた依田の、絞め殺される猿みてぇな短い声が聞こえた。

 ニラ、これはもしかすると包めないかもしれないなぁ、親指くらいの長さになったニラを眺めて思う。大体、包まれたヤツを買ってこない依田の無駄な拘りが悪い。切っていく。案外すぐ終わりそうだが依田の一声で中断。

「なに」
「やべぇ。奥さんから電話とか超怖ぇ」

 奥さんて。

「料理下手な?」
「ちょっと静かに」

 なんだよ。

「あ、もしもしぃ、うらさん?」

 声が乙女チックになった依田。しかしこちらにも響く『こうちゃんん!』ヒステリック。やべぇ。確かにやべぇ。

「はい、はいぃ!」
『どうしたんこうちゃん!』
「いや、はい」
『お父さん、亡くならはったんやてぇぇ!?』
「いえ、あの…。
 雀生師匠、もとい、菊地きくち勘治かんじは亡くなっておりませんよ、うらさん」
『んなのはわかるわよ!あん人は殺しても死なへんわ!』
「はい、ですね」
『こうちゃんの…』
「あぁ、はい。依田よだ悠善ゆうぜんは他界しましたね、誰から?師匠です…か?」

 親子揃って仏門みてぇな名前だなおい。

「え、雀三?
 マジかー。あの野郎。
 あぁ、なるほどね三味線の件で。うらさん、あぁもうあの子ったら空気読めないんだからいまはそちらに?
 あぁじゃぁちぃと変わってもらって良いです?すません…。
 おい雀三、お前なぁ、お前の女解体したぞバカタレ。ったく後始末くらいしろよな、たくぅ、」

 そこだけ聴くとすげえ怖ぇけど。怖くてニラ切れねぇし。

「…だがちょっと気を使いすぎだお前。わかった?
 え、亀ちゃん?いまニラ裁断してるよ。うん、裁断。あ、わかる?まぁいいやうらさんにご飯作ってやってよ、今頃飯も喉を通らんだろ。
 え?え?なに、
 あ、はい、紅葉ですうらさん。どうしました?」

 なんだぁ?

「…いえいえ、違いますよ。
 俺が我が儘言ったんです、すみません。けしてそう言うんじゃぁない。俺言ったじゃないですか。親は、うらさんと師匠なんです。ほら俺も頑固だから。
 あの人もそう。母さんや俺を追い出した瞬間から、路頭に迷わせた瞬間から、もう俺のなかで人じゃ…
 え?」

 沈黙が続いた。
 依田がビールを飲む音と、小さなテレビの音だけが続く。

「やめてくださいよ。そんな、なら、一緒に燃やしてください。うらさん、大丈夫、それか…雀三に、託してください」

 また、ビールを飲む音。
 置いた音は、空だ。仕方ない、もう一本、持って行こう。

「えっ、」

 そして然り気無く、冷蔵庫から冷やしたビールを、プルタブ開けて持って行ってやれば。また、絞め殺される猿の声。

「師匠、確か、判官切腹でしたよね」

 ハンガン切腹?
 ハンドガン?なにそれ?

「えぇぇぇ…!
 待って、だって相方…あ、そっか、国宝総出なら…。
 え、だって穂咲兄さん多分嫌がるよそれ、え、『そんなの関係ねぇ』古いっ!師匠古い~!
 は?
 うわぁ…ぁぁ…そ、それを言われたかぁぁ~…マジかー。
 はい、はい、わかりました。3日っすね。てかそれぇ、俺うらさんに言われたら断れないの知っててですよね、うらさん、師匠に、『人でなしぃ!』って言っといてくださーい。はーい。すんませーん」

 いやお前が言うの?
 
 電話を切った。
 そしてあたしを見る。

「亀ちゃぁぁん」
「なんだよ気色悪い」
「ニラ切れた?」
「切れねぇよ!」
「あそう…。
 いやぁ、師匠の代役だって。師匠がクソ親父の葬式行ってる間」
「すげぇやん。バンドで言ったらチャンスやで」
「違ぇよ多分嫌がらせだよぅ。
 兄さん怒るわ、だって長いもん2時間くらいあるもん。
 俺らそのあともほらソネシン。1時間半あるもん」
「あぁ、確かにあれ声辛そう」
「もっと辛いよ塩谷えんや判官はんがんて、どう心境変化すんねんっ!つか三味線、皮持つかな腱鞘炎だよやべぇ」
「まぁまぁ」
「あ、つか兄さんに電話しよ殺される。明日からやんこれ、稽古とか朝イチやん」

 その場でケータイをまた耳にあて、すぐさま飛び付くように、「あ、もしも」まで言ったがすぐにケータイ画面を見つめ、震えた。そしてまた私を見て、

「…きるって言われた…」
「うわっ」

 それは果たして。
 切腹関連の、斬るなのか、
 電話を切る、なのか、
 むしろkillなのか。

「…怒ってたぁぁぁ!」
「案外あの人感情豊かだね」
「やべぇ明日から俺、生きてないかも」
「葬式行かねぇよ」
「だよねぇ~…はぁ。最っ悪、最っ低」
「まぁまぁ」
「ねぇ、てかニラは!?」
「切れねぇよ、切って、作ってもうわかんないよバカ」
「はぁ!?」

 仕方ないな、と小言を吐いて、ビール缶の縁を咥えて重い腰を上げる依田。あたしはあたしで持参した、ずっと、握って温くなりかけビールを開けてテレビを見る。

 後ろで依田が、「うわ、マジかよ」と呟く。仕方ない。頑張ってくれと、依田の不機嫌面をこっそりとリビングから見上げた。
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