心中 Rock'n Beat!!

二色燕𠀋

文字の大きさ
25 / 74
暴風雨の清廉

6

しおりを挟む
 ここから立ち去ろう。

 後ろから亀ちゃんの「つうかこれゲロ臭ぇけど…」という一言が聞こえる。

 すぐ目の前の階段は白く薄暗い。排他的だ。この寒い、都会とも街とも違う、狭くて白く長い下りに、ふと、判官の白襦袢が頭をよぎった。

 孤独な気がする、ここは不思議だ。

「エレベーターじゃなくて大丈夫?」

 階段を降りているとのんちゃんの、心配そうな声が反響して降ってきた。
 振り向けばギターを背負ったのんちゃん。黒髪が真っ直ぐで綺麗だ。しかし前髪の先にあるその視点は微妙。

 のんちゃん、もしかしたら酔っているかもしれない。

「あ、でも確かに表情は蒼いけど意外と酔ってなさそうだね、ジャグジー」
「はい、さっき出しちゃったんで」

 ふふっ、とのんちゃんが笑った。

「のんちゃんは、大丈夫ですか?」
「ん?うん」
「家まで送りますよ」
「いや、今はスタジオがいい」

 そうか。

「スタジオって?」
「あぁ、曲作ったりするところ。
 程よく酔ってるから飲みながらやったら良い曲書ける気がする」

 そんなもんなのか。

「いやぁ、ジャグジーのやつ聞いたらね、なんだかインスピレーション。だから誘ったんだー」

 いんすぴれーしょん…。

「あの曲、昔あの師匠が作曲したんです。
 天変斯止テンペスト嵐后晴あらしのちはれ。『暴風雨』って曲で。再演するのでアレンジが欲しいと師匠に言われて。勇咲くんが、最早バンドだよねって言って、閃いてのんちゃんを呼んだんです」
「なるほどね」
「のんちゃんの、入り込んできたギターを聴いて、やっぱかっこいいなぁ、楽しいなって、思いました」
「ありがとう。
 俺も楽しかった。俺もなんだか良い刺激でさぁ…かっこいいなぁって思っちゃった。人をハマり込ませる音楽、凄いね。いいなぁ…」

 にこっと笑って言うのんちゃんに、それでもなんだか、哀愁を少し感じた。

「のんちゃんだってかっこいいじゃないですか。いつでも明るくなれる」
「…そう言ってくれて嬉しい。
 最近なんかさ、嘘臭い気がしちゃってて。音楽で人を楽しませよう、でもそれって、俺、ホントにポジティブだっけ?って、思っててさ」

 ぽじてぃぶ…。

「俺は楽しいですよ。のんちゃんの曲。嘘とかじゃなく、なんだろう、のんちゃんのその気持ちだって心地よく届いてる」
「そっかぁ、ならよかった」

 のんちゃん、何か悲しいことでもあったんだろうか。

「ジャグジー面白いね。やっぱ少し付き合ってよ。俺の庭、中野なかのだけど」 

 距離があるな。
 しかしまぁ、電車はまだあるし。

「のんちゃん、何か不安でもあるんですか?」
「いや、ううん。
 単純にセッションしたくなったの」

 せっしょん?

 のんちゃんの笑顔が優しくなった。

 外に出てみても路地裏のような見た目。六本木の喧騒が遠目のような気がして。
 しかしのんちゃんが俺の先を歩いて喧騒に歩み出すから、着いていって。

 タクシーを拾った。
 街の光が流れていって。

 この都会の景色は嫌いじゃない。流れていく景色は安定なんてしないけど。

「You say hello.I don't know why」

 いーせぃへろっ、あんどんのわぁぁい。

 のんちゃんの、舌足らずで口ずさむ唄が聴こえる。きっと英語だ。一斉遍路、行灯の舞。確かにいまそんな気分。妙な共鳴。

 幼稚なような、それでいて耳に残る色気のある声はタクシーの中で、街の喧騒に流れ。

 どうやら俺はまだ、英語は得意になれていないが、のんちゃんとお近付きにはなったようだ。

「さよならと、君はそう言ったぁ、So stay gold」

 甘い甘い哀愁を感じる、だけど明るい歌声に酔いしれるように。
 そして行こう、清廉を感じる唄が、耳に絡み付くようで。

 気付いたらタクシーで眠ってしまっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

処理中です...