心中 Rock'n Beat!!

二色燕𠀋

文字の大きさ
44 / 74
泉水に映る東雲

3

しおりを挟む
 まぁこれ、正直正しい訳じゃないから弟弟子に教えるのは微妙だが、まぁ、三味線は結局太夫に乗せなければならないし、太夫も乗せられなきゃならない。

 実は少しの違いだ。楽器は意図的にも自然の気候でも音が変わるが人の声は年齢で大きく変わる。それに劣等感よりも憂鬱感を与えられなければ、意味がない。

 相方はそれが仕事。お互いに。
 ってこれ今の俺の課題じゃないか、多分。

「兄さんは…、」

 ふと雀三は、俺が少し弾いた合間に聞いてきた。

「何故今日は、勇咲兄さんと喧嘩を?」
「いやぁ…」

 喧嘩、なのかなぁ。

「まぁ、俺が合わせられんかった、それだけだね」
「何故今回は、合わないんですか」
「んー…」

 はっきりとした答えなんて。
 いや。まぁ、わかってる。

「最近俺少し、調子がな」
「そうですか…。何故、」
「なんやろね」

 わかってるんだけど。

「情けない兄弟子で悪いな、雀三」
「…俺少し、なんか勇咲兄さんと兄さんを組ませた師匠の気持ち、生意気ながらわかる気がします」
「ん?」
「兄さん、わりと頑固だし、何より人に何も語らないんですよ、自分を」
「んー…」

 そうかなぁ。

「弟弟子に絞られてんのかい紅葉」

 そしてふらっと、相方(今回の雀三の相方となった)の竹垣穂咲太夫が現れた。

え、

「あれ穂咲兄さん」
「勇咲くんがそっち行ったから嫌でここ来ちゃったの?」
「流石に違うよ。お宅の師匠が居合わせて引っ張られてったよ勇咲」
「うわっ、」
「なんで引き止めてあげなかったの」

 酷いなぁ穂咲兄さん。だから嫌われるんだよ。
 まぁ置いていかれた俺が言える口じゃないけど。

「引き止められるわけないじゃん国宝だよ?俺紅葉みたいに弟弟子に優しくないからね?大体あいつ嫌いだし」
「ほら~、そゆとこだよ!」
「てか紅葉、お前のせいだよ多分あれ」
「えっ、」

 なにそれ、何故?

 ふと穂咲兄さんが雀三を見つめると、雀三は物言わずにすごすごと俺の前を空ける。そこになにも言わずに座る穂咲兄さんの性格を感じる。

「見事にへし折ったね紅葉」
「え?」
「あいつ凄くへこんでたけど。
 あぁ、弟弟子も居ることだし弾いてたんだし、やるか、桜丸さくらまる
「え、はぁ」

 そう意地悪くにやっと笑う穂咲兄さんを見て、
まぁこの人もどうせ雀三と俺の話を聞いてたんだろうと、
これもまた修行かと、調弦そのままに菅原伝授を弾いた。

 やはり俺と雀三の話を聞いていたらしい。
 穂咲兄さんは全て入り出しをズラしてきた。それに気付く雀三は息を呑んだ。

「掴んだら入れよ雀三、
「心安いは親子兄弟夫婦。かう並んだ中、願ひあらば口では言はいで、ぎつとしたこの書き付け。さらばおらもぎつとして、代官所の格で捌く」と、」

 穂咲兄さんの視線に、慌てて雀三は音を入れる。満足したのか穂咲兄さんは笑い、「願ひ書き手に取り上げ」と続ける。

 ツレとしての音の調和、確かに師匠と俺とじゃ違うかもしれないが、なかなかウチの弟弟子だって、悪くはない。あとは性格の問題だ。

 悩むが良い、悩んで得た芸はけして無駄じゃないはずだと、心底弟弟子に対して思う。

 雀三は芸を追う、求める。それは穂咲兄さんだってそうで、俺だってそうだ。この、闇のように涌き出る泉水せんすいは果てがない。死んでも、こうして枯れることはない。

 どうして満ち足りないのかは、喉が乾くような現象だ。いくらでもある湧き水を前にして、少しずつ試飲したら良い。

 枯れない、枯れない。

 ふと語り止め穂咲兄さんは「紅葉?」と俺に声を掛けてきた。

 はっと気付いたら二人はどうも思案顔で。

 そうか俺は今なにか、穂咲兄さんに足りない演奏をしたのかと察する。追い討ちを掛けるかのように「少し狂気的だなやはり」と穂咲兄さんは笑った。

「あぁ、はぁ」
「この演目、全体を通しても、どこか愉快でいて猟奇的ですよね。まぁ、合作ですが竹田出雲たけだいずもがわりと色濃いと言うか…」

 珍しく興味深そうに穂咲兄さんは雀三を眺め、「ほぅ」と一息吐く。どうやら漸く穂咲兄さんは、雀三を見つめてみる気になった、そんな演奏だったようだ。

「ちなみにコレ、好き?」
「え、はぁ…。
 生意気を言うようですが、まぁ弾き手としては力量なので好きですが、話の内容としてはなんだろ…。
 三大演目の中でダークサイドかなぁ、と」
「まぁそうだな」

 だーくさいどぉ?

「どこか全話気が狂ってる。しかし観客の泣き処は演者が思うような綺麗な物じゃない。
 桜丸だって、儚い、切ないと言えば綺麗なもんですが、俺にはこれ、自業自得だろうと感じてしまう」
「その儚い、切ないはどこで?」
「周りの人間ですかね。八重やえしかり梅王丸うめおうまるしかり。しかしこれははっきり言って、お前も悪いよねと桜丸には思います」

 確かになぁ。
 演者と観客では明らかに見方が違うもんだ。しかし観客はお涙や怒気をここに見出だす。だが、我々としては見解を演じて、それでこうなるのだ。

 だからこそ。

「雀三のが正直いまのは良かったな。俺はしかしなんだろうな、桜丸応援派なんだよ雀三」
「ん?」
「哀愁と暴挙ある桜丸に、陳腐ながら思い入れる。八重も梅王丸も嫌いな質だな。白太夫しろたゆうなんて持っての他嫌いなたちだ、勇咲のようで」
「そうですか」
「だが雀次はいまは勇咲の相方だ。だからかな、その狂気は桜丸より、白太夫を浮かべたよ」

 それはそれは。

「…相方じゃないから別にいいですが、相方であったならそれは芸に反しましたな」
「ま、お前は普段役に肩入れしない質だったからこそ、また違う一面が見れた気分だ。
 雀三、悪いが勇咲を迎えに行ってくれよ。今頃雀生師匠の楽屋で魂抜けてるから」
「あ、はい…」

 穂咲兄さんに命じられれば雀三は、心なしか嬉しいような、複雑な面持ちで稽古場を出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...