朝に愁いじ夢見るを

二色燕𠀋

文字の大きさ
4 / 30
朝に愁いじ夢見るを

4

しおりを挟む
 話を振られたみそらという人物はふっと青年を見るが、三郎はそちらに気を取られ「ん?」とだけ発した。

 みそらは薄青色の木綿の小袖で、長い髪をただ後ろでだらっと折るように束ねているだけ。客取りではないだろう。
 妓夫か何かだと思って気にも止めていなかったのだが…。

 こちらからは横顔しか見えない、しかし女なのか、いや、でもここは…。
 なにより、高級な花魁より遥かに美しい顔立ちをしている。どうして気付かなかったのか。
 地肌も…化粧のような作った白さではない、透き通るような白さ。

「みそら兄さん、将棋も囲碁も負けたことがありませんのですよ?如何です?あんたがみそら兄さんに勝ったらあたいも買われましょうかね」

 みそらはふっとあたりを見回したが、やはり青年は位が高かったようだ、その一声でその他少年達が「あぁ、部屋に盤があります」だの、「料理長に言ってきますね」だの、まるで散るように客間を出て行ってしまった。

 私と三郎と青年とみそらが残されたが、三郎は「金の割に随分安いなお前」と青年に言い捨てる。

「おれも将棋は負け知らずだ」
「…一両払ったんですってね。じゃあ、長い戦いになりますね。
 兄さん」

 青年はみそらにニコッと笑い「少し、弾いてくれん?」と物腰柔らかく言った。
 みそらは青年に控えめな笑みを浮かべ、親指と人差し指で「少し」と返し、側にあった三味線を手にする。

 もしかして、と私が思ったのを察するかのように青年はこちらを見る。
 そういえばこの青年とは初めて目が合った。まぁ、遊郭でも大抵位が高い花魁なんかは金のある三郎の相手をするのだ。

 だからか、少し驚いた自分がいる。私なんかを見る位が高い売り子だなんて、と。

「兄さん、喋れんのです」

 私はその一言に驚いたのと同時に納得もした。だから太夫ではないのか。
 しかし、それはつまり役者など…と思っていると、「そりゃ、なんでここで」と三郎も私と同じ疑問を口にした。
 
 そんな我々に構いもせず、みそらは慣れたように三味線を構え、ふぅ、と息を吐き指で三本の音を拾い、調整している。

 バチを持たぬまま、いつの間にか右手でしゃらしゃらと細かく、どうやら曲が始まったようだった。

 自分の息遣いに合わせる音。
 これまで私は、三味線は力強さだと思っていた。

 糸を弾く指使い…これが酷く官能的に見えるなど、あの、昨晩三郎に貰った精力剤がまだ効いているのかもしれない。

 罪悪感のようなものが沸くほど丁寧、壊れやすいものを扱うようなその指使いでも、弾き方によって強い音が出る。
 たまにヒソヒソ話のようなと…こんなに機密な音を出せるのかと、まるで何か特別な秘め事を見たような気分になってくる。

 私は、彼に魅入ってしまっていた。

 後ろの襖が開く音ですら、こんな時は気が付くものなのかと思えば、青年太夫が鼻の前に手を当て声なく「しー!」とする。

 いつの間にか太夫達も戻っていて、最後ぴん、と弦を弾くと間を持ち、そして太夫達が拍手をし、私も三郎もそれにつられていた。

 拍手の雑踏で三味線を置いた彼に「ホンマええなぁ兄さんの音」と…そうか、この位が高い太夫は下り者だったのか。
 まるで親しく話すのだから、彼もそうなのかもしれない。

 みそらはにっと笑い、青年太夫に指を見せる。血がすっと腕の方に滴っていった。

「あぁ!堪忍な、そうや張り替えたばかりやっ……兄さん魚臭っ、捌いたん?この刺身!」

 うんうん頷く彼に「悪いことしたなぁ兄さん」と、青年太夫は袖から上等な布を出し、彼の血を拭ってやっていた。

 …やはり、彼は売り子ではなく裏方なのか。
 喋れないからだろうか。

 青年太夫に可愛らしく笑い掛ける彼を眺めれば、喉仏あたりに違和感を感じた。
 …あまり突出していないと、いうか。もしや、潰されたのではないかというような歪な形をしている。

「湿り気と…相性悪かったなぁ、ホンマ堪忍な」

 そして青年太夫はふっとこちらをみて「どや?」と聞いてきた。
 ついつい魅入っていたが漸く条件を思い出し、我に返る。

「丁度、お客さんがくれた一両でまぁ…足りんけど二人半日分で、いいよ。でも、どうかな?」

 挑戦的に言ってきた青年太夫に、三郎も思い出したようだ。
 振って来たのは青年太夫だが、三郎はみそらを見ながら「おう、やったろうじゃねぇか…」と乗った。

 そうすれば他の少年達がささっと将棋盤を出し、「どうぞ」という態度。

 みそらの指には布がきっちりと巻かれていた。
 三郎は酔った口調で「まぁ男なら遠慮もいらねぇよなぁ、」と言い放った。
 確かに三郎は、女には格好ばかりつけて、手を抜くようなところもある。

「ちなみにお前、下りもんだろ?位はどんなもんだい?」
「普通くらいだよ、金に見合うくらい」

 …金に見合うなら、遊郭では花魁、つまり最上級なわけだが…。
 面白くもなさそうに三郎は青年太夫に「ふうん」と言った。

「ま、これに勝ちゃぁいいんだろ?後で泣いてもしらねぇよ?へっへ、あんたはやんねぇみてぇだしな!こんじゃぁ妓夫も大変だ」
「兄さんの方が上手いってだけさ。見合わないと思うけどね」

 私は、ここで女郎との違いを感じた。男と男の対決だ、相手側も煽るのが上手いものだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

処理中です...