上 下
32 / 376
The 2nd episode

5

しおりを挟む
 浮き足立つような気持ちで病室に戻ると、環は配膳された昼飯を食べ終え、さっきの看護士と楽しそうに筆談していた。

「あら、どうも」
「どうもおまたせしました」
「いえいえ、」

 看護士と環は一度見つめ合い、笑い合っていた。

「楽しそうですね」
「いえ、すみません、なんか盛り上がっちゃって」
「いえいえ。どんな話なんですか?」
「それは女同士の秘密です。ねぇ?」

 そう看護士が話題を振ると環は、微笑んで頷いていた。

「じゃぁ、私はこれで失礼致します」
「ありがとうございました。すみません、結構掛かっちゃって」
「いえいえ。仕事の間に、楽しかったです。じゃぁね、青葉さん」

 看護士がそう言うと環は、手を小さく振った。看護士は軽く俺に会釈をして、病室を去って行く。

「…仲良くなったんだね」

 凄く嬉しそうに環は頷いた。

「ねぇ環。
 実はね、外出許可出たんだ。ちょっと外出ない?喫茶店にでもさ。俺昼まだなんだ」

 そう俺が提案をすると、環は少し不安そうな顔をして、包帯を自然と触った。
 不安なときの環の癖だった。

「大丈夫だよ。あっ!私服、あったっけ?」

 首を傾げている。急だったからなぁ。

「急に俺も言い出したからなぁ…」

 少し考えてから環は、ぽん、と両手を叩いて、紙に何かを書き始めた。

“少し前に政宗さんが、シャツとズボンをくれました!”

 あの野郎、こんな時ばかり気が利きやがって。

「…よし、行ける?」

 微妙な頷きだが、まぁよし。

「じゃぁちょっと外出てるから着替えて。俺は政宗にちょっとお礼の電話をします」

 そう言い残して俺は病室を出た。

 通話可能スペースに移動し、ケータイ番号を呼び出す。3コールくらいで『はい…』と、伊緒の声がした。

 そっか、一緒に住み始めたんだっけ…。

「伊緒?」
『はい。政宗さんにご用ですよね…』
「あぁ…休みの日に悪いな…。そう言えばお前ら一緒に住み始めたんだよな」
『はい、あの…いま政宗さん、寝てまして…』
「マジか」
『まぁ、昼飯が出来たところで起こそうとしてたんで、丁度よかったです。勝手に出るのもどうかと思ったんですが、画面に流星って出てたんでいいかなって』
「あぁ…」
『ちょっと待ってくださいね…。
 政宗さん、流星さんから電話です。政宗さんあと飯出来ました起きてください、いい加減に』

 伊緒が政宗の家政婦と言うのはマジだったらしい。

『政宗さん、撃ち殺しますよ』
『はい、起きます』

 うわぁ。何これ。

『代わりますね…。
もしもし…?おはよう流星…』
「お、おはようございます。じゃないけどね。休日にすみませんね。まぁつまらんことなんですが…」
『あー今日?空いてるよ。何時?』
「いや違います。てか…」
『政宗さん、あんた殴られたいですか?どんだけ飲めば気が済むんですか。まぁ流星さんならいいけどユミルさんだったらダメです』

 なるほど。こいつ昨日ユミルと飲みに行って潰れたんだな、いい歳して。で、伊緒が不機嫌というわけか。

『流星だよ大丈夫だよ!』
「いや、あの、飲みじゃないんですよ。
礼を言っておこうと思っただけでして」
『へ?』
「いま、病院に来てます。環の私服です」
『あ、あぁ、なんだ!そんなことか!何?調子いいの?』
「はい。まぁ…」
『そっか。外泊?』
「違います」
『なんの話ですか?』
『ん?流星がデートだって』
「ばっ…」
『は?』
「あの、政宗?お前ね、」
『何?どーゆーこと?』
「違いますから。撃ち殺しますよ。
 じゃぁ面倒なんで切りますさようなら」

 電話を一方的に切った。埒が明かない。

 病室に戻る。
 息を飲んだ。
 キラキラと光る太陽に照らされると、黒い髪と、白いワンピース。ベットに座る環が振り向くと、さらさらと髪が流れて。

 しばらく、見惚れてしまった。

 環の不安そうな表情を見て、「…綺麗だね」と、一言自然に漏れ出てしまって、言った後にはっとした。環は俯いてしまった。

「あぁ、ごめん」

 顔を横に振って何かに耐えている。これは照れているのかも。
 そう思ったらどうしていいかわからなくなってしまった。
しおりを挟む

処理中です...