ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 3rd episode

12

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 受付で香典を渡し、仕事関係者の欄に名前を書いた。ペンを持つ手が情けなくも震えた。

「あれ、貴方はもしかして…」

 受付のこざっぱりとした、少し吊り目のが印象的な女の人に声を掛けられた。

「この度は、お悔やみ申し上げます。白澤銀河さんの後輩の壽美田と申します」

 俺が頭を下げれば、近くにいた二人も来て、頭を下げた。

「あら、政宗さん」
「どうも。この度は…」
「後輩の星川です…」

 誰だろう。
 俺の目線に気が付いた政宗は、「奥さんの、桐子とうこさん」と耳打ちしてきた。

「主人からよく、壽美田さんと…星川…潤さん?のお話は聞いていました」
「あぁ、そうなんですか…」
「この度はお忙しい中わざわざ、ありがとうございます」

 こう頭を下げられてしまうと…。

「もし、お時間ありましたら…」

 奥さんはホールの方を手で指した。
 少し躊躇っていると、潤が会釈してから俺の手を引っ張って進んでいく。

 その手が震えていたので、仕方なく、やんわりと剥がしてしばらく掴んでやったが、俺の手も震えていた。

「手、震えてる」
「お前こそ」

 取り敢えず焼香だけして帰ろう。

 手を合わせ香木を摘まんだ瞬間、思い出したのは何故か、新人時代、事件の前の詰めているとき、連勤と残業、なんなら泊まり込みをして働いていてふと、立ち上がった時に眩暈がしてデスクに突っ込んでしまったとき。
 あの人テンパってレバ刺しをどこからか買ってきたことがあった。確かあの時は、定時過ぎの深夜で、みんな出払っていて、その場に残っていたのは俺と銀河ともう一人くらいだったんだけど。

「貧血には鉄分がいいって専門家とかがよく言ってるから…食え!」

 とか言われたなぁ。
 初めて会ったときなんか、

「君、流星か!俺、銀河。近いな、なんか近いよな!」

 とか言われて。
あれ、結構怖かったんだよ。

 香炉に香木がパラパラと落ちるのを見たとき、身体に重みが増した気がした。

 ふと見えた潤の横顔は、意外にも凛としていて、手を合わせて真っ直ぐと前を見ていた。

 息が詰まるような重さ。

 後ろを向いて政宗の顔を見たとき、漸く自分が息を止めていたことに気付いた。息をしてみたら、少し涙腺が緩んだ。歯を食いしばる。空間の非現実感がまだ、決壊を防いでいた。

 外に出て、奥さんに会釈をした。奥さんは、「ありがとうございました」と、哀愁の漂う笑顔で言った。

 奥さんの足元にいた、二つ縛りの、何かのぬいぐるみ(猫か犬かウサギか最早わからない)を抱えた女の子が、純粋な目で俺たちを見て、「ママ、誰?」と聞いた。

「パパのお仕事の人よ」
「ふーん…パパ、お仕事で死んじゃったんでしょ?」
「…そうよ」
「悪い人、やっつけるってパパ言ってた。パパ、良い人は、負けないって、言ってた、」

 そう言って娘は泣き出した。

「すみません…」

 申し訳なさそうに奥さんが言う。

「いえ。お名前、は?」
「あぁ…。
 ほしか、です。星に花と書きます」

 屈んで星花ちゃんの目線に合わせる。

「星花ちゃん。こっち向いて?」

 奥さんのスカートの裾で涙を拭っていた星花ちゃんは、呼び掛けるとこっちを向いてくれた。変わりに、顔をハンカチで拭ってやる。

「星花ちゃんのパパは、最期までちゃんと優しかったよ。良い人だった。俺、星花ちゃんのパパ好きだったよ」
「えっ…」

 奥さんが驚いたのがわかる。

「星花ちゃん。
 パパのこと俺守れなかった。ごめんね。でも、それでも、パパとの約束あるんだ、これは、俺が守ってもいい?」
「わかんない…けど…約束は、破っちゃ、だめだよぅ…」
「うん。わかった。
 可愛い顔が台無しだよ。
 パパのこと、忘れないでね」

 最後に頭を撫でて立ち上がり振り返ると、いつの間にか政宗がいて。
意外にも政宗がこの場では泣いていた。

 奥さんに一礼をして、三人でその場を去る。

 敷地から出た瞬間、隣から頭をガバッと抱き抱えられ、後ろから重みを感じた。

 なんだこれは。
多分右隣が政宗で後ろが潤だな。

「なんだお前ら」
「銀河いい顔してたよお」

 政宗が鼻水を啜る。やめてくれ、なんか汚い。
 後ろもなんか震えてる。多分泣いてるなこれ。

「あーもうはいはい。帰ろうか。政宗力強いな。あんたのゴリラ握力だと俺死ぬんです…間違った。気絶するんですけど」
「言い直した…」

 あ、やっぱ鼻声だ潤。

「流星、ごめんな。お前、ごめんな」

 政宗がそう言うと潤が後ろでシャツを掴んだ。本格的に人の背中を使ってやがるな、こいつ。

「潤、鼻水拭いたら殺…殴るからな」
「うぅう…もう言っちゃってるじゃんん」
「取り敢えず車行こ。俺歩けない。てか俺も泣かせろよバカ部下たち!」

 ぐずぐずになりながらゆっくりと時間を掛けて車に乗りこむ。然り気無く運転席に乗ってやった。

「…ごめんな」

 それだけ言って、それから帰りは銀河との思い出話をずっとしながら帰った。

 ごめんなさい、本当に。
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