ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 4th episode

3

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 向井の家は集合住宅の、13-1の3階、南側の部屋だった。
 “西山にしやま”と表札にはある。そういえば女の家に転がり込んだと會澤が言っていたか。
 チャイムを鳴らすとしばらくして女の声で「はぁい」と応答。

「すみません、書留お願いします」

 そう言ってドアを開けさせる。寝巻き姿で茶髪の、眉毛がない女は、俺の姿を確認して青ざめた。ドアを閉めようとする女に、手元で拳銃を見せる。

「ちょっと、向井くんと話したいんだけど、いいかな?」

 無理矢理中に押し入り、一応靴を脱ぎ捨てて上がり込んだ。

「どうした、まな…」

 奥から、長めの、生え際が黒くなりつつある金髪をボサボサにした、ヒゲの手入れまで怠りつつある男がこちらを覗いた。これが現在逃亡中のホストか。背も高い方だしわからなくもないがどこにでもいそうなダメなヒモ男という印象だ。

「げっ、あっ」
「向井くん?あぁちょっと話そうよ」

 そう言って俺は奥に入ろうとするが、女が行く手を阻む。「け、警察呼びますよ!」とか、ヤクザに対してとてもナンセンスな発言。アホかお前らは。

「あぁはいはい。ちょっとそこ退いて?ある意味君ら運がいいな」
「は?」

 警察手帳を見せながら、「龍ヶ崎連合会のモンだけど」と名乗る。相手方は硬直してしまった。

そりゃそうだ。

「向井くん、君さ、ホストクラブのHestiaで働いてたよね?持ち逃げしたもん返してもらおうか?」

 言いながら、右手の平で“少しまって”の合図をして、目の前で組からもらったケータイに、小型の近赤外線レーザーをあて、一度発信器および盗聴器を使えないようにした。

「はぁ、漸く話せる。
 驚かせて悪かったね。今、龍ヶ崎連合会から盗聴されててね。
 向井くん、ちょっと話をしようか。この際窃盗には目を瞑ってやるから」
「…え?」
「というか俺にはそれに対して逮捕権がないからな。大丈夫、助けてやるから」

 そう俺が言えば、向井くん自ら玄関までやって来て。

「…本当に?」
「あぁ。まずさ、なんでこんなことしちゃったの?」

 向井は考え、「あんたに言う意味あんのかよ」と呟くように言った。

仕方ないなぁ。

「時間がないから簡単に説明すると、俺は龍ヶ崎連合会に現在潜入捜査してる刑事だ。龍ヶ崎連合会が取り扱ってる薬物を押収したい。
 取引なんてどうだい?君が店から持ち出した薬物を俺にくれ。代わりに、そうだなぁ、どうするのがいいかな。一応君と、君が持ち出したモンを組に今から持って帰らなきゃならない。
 確認だが君は持ち帰った薬物はやっちゃった?」
「…売った」
「全部?」
「いや、ちょっと」
「そっか。
 あれ実はさ、人の内臓とかで出来てんのね」
「えっ」
「いや、まだわからないよ?俺たちが追っているやつならね。俺ら麻薬ブローカーの方を追ってんだけどさ。
 まぁやっちゃっててもぶっちゃけいいんだけど、何が言いたいかって、君があっさりこのまま組に行けば殺されて、ブローカーに売られて麻薬になっちゃうんじゃない?って話なのよね」
「え、すんません、全然ついていけない…」
「だよな。非現実的だよな。でも今しっかりして、酷だけど飲み込んで。
 だから、どうしよっかって。
 いっそ捕まっちゃった方が安全かもしれないし、なんなら数日身柄確保してやってもいい。ただし、君がやったことは警察に話すことになる。
 そうだなぁ、まぁ窃盗罪くらいかな。
 うん、目ぇ瞑ってやるって言ったけどこれが一番安全かもしれないね。どうする?
あとは…数日失踪してみる?くらいしか思い付かねぇな。とにかくうーん、あと30分くらいで組のもんが来るはずだからそれまでに考えて」
「…はぁ、てか、それ本当ですか?俺捕まったとして、彼女は…」
「一緒に確保するよ。俺が龍ヶ崎連合会に潜入捜査してるのがあと一週間なわけよ。その間に検挙するから、なんならその期間に見つからない自信があるなら二人で逃げてもいいと思う。ただ、龍ヶ崎連合会はなかなかな情報網だから、君と、彼女は今ほとんど身ぐるみなんてない状態だと思えよ?知り合いのとこなんて行けないからな」
「…あんた警察なんだよな?」
「正確には…うーん、分かりやすく言うとFBI」
「は!?え!?」
「行政まで動く事態なわけ。だから君…案外守られる立場ではあると思うよ。
 ちょっと警官には、なんで盗んだとか、誰に売ったとか聞かれるけどね」
「でも…」
「まぁどっちでもいい。薬物になるか捕まるか。
 ただ忘れんなよ。君は一つは犯罪を犯しているからね。
 ちなみに龍ヶ崎連合会が検挙されたところで、麻薬ブローカーはまだ検挙されない、むしろ龍ヶ崎連合会を検挙の入り口にする、くらいの勢いだから、もし逃亡を繰り返すならかなり長い時間になるからね」

 向井は黙り込み、考える仕草。しかし彼女は、「ねぇ、信じてみようよ」と促した。

「この人の言うとおりだよ。結局悪いことしてるじゃない」
「…別に俺も逮捕権がない。だからこの場合自首だ。罪も少しは軽くなるよ」
「…あんたは?だって俺を組に連れて行くはずなんだろ?潜入捜査ってさ、刑事ドラマとかでさ、なんてーか、ヤクザのふりして…みたいなさ。バレたらどうなんだよ」
「簡単だ。来てみたら警察に踏み込まれてました!で終わり」
「あぁ、なるほど…」
「決意は?」
「…わかった、行く」
「よし。よく言った。じゃぁ呼ぶよ。
 その前に組のヤツがこっち向かってんだよ。ちょっと待ってな」

 組のケータイに入っていた枝野の番号に電話を掛ける。

「もしもし、冨多です」
『あぁ冨多?いま向かってるところだ?』
「いまどこですか?マズいです」
『え?』
「多分、さっきから向井の野郎の家、警察がうろうろしてるんですよ。もしかすると…」
『…え?』
「ちょっとしばらく様子を見ます」
『あわよくば向井を連れて…』
「それが…向井の部屋辺りをうろうろしてるんですよ」
『…えっ。やべぇな』
「はい。
 枝野さん、一度事務所戻ってください。もう一度電話します」
『わかった』

 電話を切った。
 そして、自分のケータイで捜対5課に電話する。

「もしもし、壽美田です。いま市ヶ谷に居ます。今回の龍ヶ崎連合会の件で、ホストクラブのHestiaで働いてたやつの身柄を確保して欲しいんですよ。今一緒にいます。はい。申し訳ないが俺も今から組に行かなきゃならんので急いで来て頂きたいんです。
 重要参考人くらいでいいんで。よろしくお願いします」

 電話を切った。
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