ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 6th episode

4

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 駐車場について、諒斗に盗聴機用のイヤホンを渡す。

「さて、行ってくるわ。霞ちゃん、また後でね」

 そう言って車を降りてホストクラブ、Hestiaに向かう。
 正直こんなの、汚れ仕事以外のなんでもない。けれどそれはそれで嫌いでもない。

 血の気が引いたさっきの流星の顔が思い浮かぶ。

お前にはわかんないだろうな、流星。

俺はあれから。
お前もそうだったように。
違う形で狂ったんだよ。
理解されようとは思わないし理解しようとも思わない。

お前は多分死に場所を探してる。
俺は多分、自分が生きる場所を探してるんだ。相反するようで通じるところがある二つの理念。だから、気持ちはわからなくもない。

あぁ、嫌だなぁ。

 Hestiaについてすぐ、異変に気が付いた。何やらバタバタした雰囲気。
 まぁそうか。會澤組が検挙されたからか。
 だがそのわりには昨日と同じで、事務所のテーブルには薬がぶん投げるようにいくつか置いてあって。

「おはよーございまーす」

 なんとなく、場はピリピリした雰囲気だった。

「お前やるなぁ、新人」

 事務所に来ていた古株の、赤い髪をしたホストに言われた。まずは挨拶を返さないか若僧が。と言いたいがまぁ、素行が悪そうだし教養もなさそうなのは目に見てわかるので仕方がないと諦める。

「はぁ、何がです」
「初日でアフター3件って、絶倫だよね」

…るせぇな。

「はぁ、まぁ」
「そのうち一人は早くももう、ご来店してるぜ。まぁ、違うやつが持ってったけどな。あと2件は大口だったしな」
「あぁ、そう」
「つれないねぇ。てかあんたさ、どっちもイケる口?」

好きだねー、そういう話。流石土地柄。

「まぁそうですね」

悪いか。

「へぇ…。
 お前、今から?」
「そうですけど」
「まぁ、俺もだけどね。
 先輩方がね、早くもお前をちょっと煙たがってるようだよ」

 それはやべぇな。やり過ぎたかな。どうせ一週間限りだと思って調子に乗ったかな。

「…店に顔出したら、いいもんやるからちょっと俺と抜けようぜ」

…は?

「社長にな、お前は見込みがあると。多分もうちょっとイケるからって言われてさ」

 赤髪はポケットから何かを取り出して見せてきた。

あ。

 それ、昨日流星が持ってきた通称“アフターピル”だ。

「こっちバラ撒いてくんないかな?」

…やっぱ、アフターピルなんかじゃねぇのな。

「なんですか、それ」
「試してみる?」

は?

「じゃ、まずは店に顔出しに行こうか」

何を言ってるんだい、このクソは。

 俺がそこから動かずにいるとその赤髪はすれ違い様に俺の肩を叩き耳元で、「俺実はね、そっちなんだよ」と囁いた。

…へぇ。

「聞いたよシノノメさんに。お前わりと好きにさせてくれるって」

誰だよシノノメ。
…あぁ、昨日なんか、アフター相手にそんなめずらしー名前のやついたかも。

物好きなやつしか来ないなここは。

「一時間くらい店出て」

まぁそんなんで金くれるならいくらでもヤってやるけど。

あいつからあれを応酬したいな。

 店に出てみてそれとなくしばらくはやり過ごしていた。

 この店はどうも、客は男女共に来る。最近のホストクラブってこんなもんなのか。ジェンダーフリーが進んだものだ。まぁもちろん、女の方が多いんだけど。

 あぁ、流星に聞いてみればよかったな、お宅もこう?って。まぁ、昨日はそれどころじゃなかったけど。

 俺に最初についたのは、なんかよくわかんない、高級ブランドバック持ち歩いている50過ぎくらいのババアで。バック以外が全て安っぽいのでよほどここに貢いでいるのだなという印象だった。
 二人目は、いかにもジャンキーっぽいガリガリの女で。案の定帰り際に「あれください」と言われて。「あれってなに?」と惚けた。

よほど浸透していると見える。

 その最中に赤髪が一人、男を連れてきた。
 どうやら、証券会社の社長らしい。

「こいつ新人なんっすよ。なかなか見込みのあるやつで…」
「そうですか。但馬たじまと申します」

 そう言えば流星がいま、証券会社の社長を追ってたな。
 但馬は赤髪とひそひそと二、三言話して事務所の方へ消えた。怪しい。むちゃくちゃ怪しい。
 目で追っていると赤髪に、「何、紹介しようか?」と言われた。

「…なんですかあの人」
「前からウチに通ってたんだけど、今日はしゃちょーと話だとよ」
「へぇ…」
「それよりお前、今日は酒の進みが悪いな」

当たり前だ。
あんな話の後じゃ、何入れられてるかわかったもんじゃない。

「まぁ飲めよ」

 だが進められ、両隣にいた客にも一気コールされ、仕方なくシャンパンを飲んだ。
 ふと、霞ちゃんが客として入ってきたのがわかった。

もう、一時間か。

「お、いいねぇ新入り。もう一杯行こうか」

一応職務中なんだが。
てか下品だなぁ、お前ら。仕方ないけど。

「じゃぁ私ドンペリ入れるわ!」

あぁ、もうなんなんだよ。

こうなりゃヤケだ。あとでクソほどあの鉄面皮に文句言ってやるって昨日もそう言えば思ったんだけど。

昨日と違うのは。

 なんか俺のまわり、人多くない?
 客もついてるしホストも2人はいるよ?こいつらもしや大口ってやつなの?

まぁいいや、収穫は多い方がいい。
いつの間にか集まった人と酒と。

 ただ、なんだろ、ちょっと酒の回りが早い気がする。

 ふと、立って飲んでたら左隣で腕を引っ張られてよろけた。耳元で、「アフター」と言われ、顔を見たら赤髪だった。

 まぁこの際なんでもいいよ。ただ、耳元のその声触りが凄く五感を刺激した、そんな気がしたから、

「わりとタイプだからいいよ」

とか、俺は何言ってんだろ。

まぁ、いいよ。
好きにするがいいさ。

この感覚。

あぁホント、生きている心地しかしない。この捜査、よくないか?

ただ、ふと、ふと過るのは。

 こんな実感があっても、なんで昨日も今日もお前のあのときの背中より、周りに転がっていた数々の死体を思い出すんだろう。まだお前の背中を思い出した方が、憎しみを抱いた方が遥かにマシだろうに。

お前のことを憎めない自分がいて。
むしろお前に同情すらする自分がいるんだよ、絶対死んでも言わないけどな。

 ホストクラブの照明は明るい。

俺、今、何してんだっけ。
なんで、生きてんだっけ。

ただ昨日と違うのは。
理性が働かなさそうだから。

「イヤホン外して」

 酔ったふりしてそれだけ言うこと。
 途端に、身体が異様に熱くなった気がした。

「熱い」
「潤ちゃん、大丈夫!?」

まわりが煩い。
熱い。
飲みすぎたかな。

「大丈夫。夏だからね」
「ちょっとカイト、飲ませ過ぎたんじゃないの!?」
「仕方ないなぁ。ちょっと面倒見てくるよ」

 軽々と肩を取られて、最早何をしてるかもわからなくなった。

「てめぇ何しやがった」
「いいねぇ。そそるわ」

 ぶん殴ってやろうにも気付けば、力が入らない。痺れていることに気が付いた。

あぁ、なんかやっぱ盛られたなこれ。

 最後に見たのは多分霞ちゃんの、ちょっと心配そうで泣きそうな顔だった。
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