ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

文字の大きさ
96 / 376
The 8th episode

4

しおりを挟む
 タバコを吸う息遣いが車内を覆う。
 ああ、ちょっと俺も吸いたい。しかし起きるの、今更気まずい。

「俺の知り合いの話なんだがな」

 沈黙を破ったのは政宗だった。

「紳士みてぇなやつがいてな。だがこいつがちょっと曲者でさ。普段は紳士みてぇな面しやがってなんでもそつなくこなしちゃってさ。
 だが、実は私生活が荒れ狂いまくってるやつでさ。いっつもにっこにこへらへらしてて虫酸が走るような男なんだよ」
「うわ、なんだそのありきたりな語りパターン。てかなんだその愚痴は」

てかそんな風に思ってたのかよ。仲良さそーにしやがって腹黒い。

「まぁまぁ。
 そいつはまー何かにつけてにっこり神様的スマイルで然り気無ーくエグい仕事をぽんと置いてくことがあったそうだ。これもまた知り合いなんだがな。とある男が話していた話な。
 どれくらいエグいかって、『お前、確か実家静岡だよね。お茶とか詳しいよね』とか言って、やったこともないのに突然変な乾燥させた葉っぱを30キロくらい持ってきてな、『これ、解析できる?』って。は?みたいな。まぁその知り合いもさ、昔ヤンキーだったような男だ。そもそも奇跡的に警察組織に滑り込みで入ったようなやつだ。つまりアホだったわけだ。最初ガチで茶かと思って煎れようとして大惨事になっちゃったり」
「ふっ、」

 潤が吹き出した。
 それがもし当の本人の話だとしたら俺も今凄く笑いたい。

「素人モノ好きじゃない?たまにはよくない?
 で、突然渡される女子中学生のレイプ殺人の惨殺死体の写真十数枚」
「うわぁ…」

圧巻してサイコパス。

「酒好きだったよね?で渡されるエタノールだかなんだか取り敢えず原子爆弾の解析依頼」
「待って、イメージが悪くなる、ちょっとそれ以上は…」
「すげぇことにそいつ、全くもって悪気がないんだよ。なんかもうガチなんだと。つまりさ、世間知らずなキチガイなわけよ。
 そして俺の友人もまたお人好しだからよ、口説き文句に騙されるんだと。
『お前さ、実家なんで継がなかったの?』だとか、『いたいけな少女が汚されんの、ちょっと頂けないよな』とか『大体飲み方が悪いやつは頭の良いヤツばかりなんだよな』とか意味深なことを言ってくる。
 なんとなく、どこかのワードが引っ掛かる。それでついつい引き受ける。引き受けたらとんでもない。
 一番の極めつけはな。『お前子供好きだよね』って。そりゃぁさ、そいつにはかみさんも子供も少し前までいてさ、育児とかしてたわけだよ。しかもほんの少し前に、交通事故でぜーんぶ亡くしちゃってそいつさ、仕事無断欠勤明けだったわけさ。そんなときに開口一番それ言われてはぁ?喧嘩売ってんのかこいつってなるじゃん?
 でもヤケだったし半ば強引というか、『明日楽しみに来いよ』とか言われたら、今度はなんだよこんちきしょーと思って出勤せざるをえないわけ。
 行ったら凄まじい新人二人を、押し付けてったんだとよ」

それはそれはすみません。

「一人はまぁ、何か寡黙で何考えてるかわかんねぇ目が死んでる系で、寡黙すぎて挨拶も出来ねぇようなやつ。
 一人はなんか最早社会というか全部ナメ腐ってる気が強いヤツ。それが二人とも自己紹介すらなしに突然喧嘩を目の前でおっ始めるわけ。マジ総じて殺してやろうかと思うのが普通だよな。俺友人の気持ちが痛いほど分かるわ。マジ今時の若いの全員フランスあたりの革命的クーデター体験してこいバカたれって、この前電話で超盛り上がったわ」
「政宗さん饒舌ですねぇ…」
「あ?まぁ聞いとけや。
 だがその新人二人は、どうやらその辺のよりかは骨があったらしい。
 クソみてぇにそいつを置いて出世するレベルにな。だがそいつらもまた、その辺のバカ者よりかはどうやら過酷を生きてきて色々裏っ返して常識から外れちまってるようだよ。その辺はあんま語らなかったがな。
 気が付いたら、事故以来、つまりは新人を預かって以来、もう長いこと経ってそいつらも新人じゃねぇしそいつも若くねぇが、全然気が休まることなく、休まったとしたらクソつまんねぇなって思うくらい、忙しくて、人生というか仕事というかなんか全部が、楽しかったり辛かったりするんだとよ。昔より、気持ちに残る人生になったんだとよ」
「…へぇ」

そんな風に、思ってたんだ。

「そいつさ、昔からの知り合いで、覚えてるんだが滅法気が短けぇの。多分お前より短けぇの。
 でも新人とかのお陰かねぇ。会った時にはめちゃくちゃ気が長くなってたよ。びびったわ」
「…あんたのまわりには気が短いのが多いもんだね」
「類友ってやつだな」
「あぁ、確かにあんたはキレると面倒だからねぇ」

 それは確かに。政宗が昔キレたとき、1日勤務停止になったもんなぁ、部署が。

「でもあんたがキレるときはよほどだよね。俺一回しか見たこと無いや」
「あれな。樹実と銀河に羽交い締めにされたなぁ」
「あれでも悪いと思ってないからね。俺も、多分こいつも」

いや流石に少しは思ってるさ。こう、上に立ってみるとさ…。

部下にあんなんされたら俺どうすんだろ。多分同じくらいのことはしそうだ。

「全くこれだからな。でもそこがお前の良いところだよ」
「てかあれはこいつが言い出したの!
 この状況一番害ないの俺じゃね?行ってくるわとか言って!は?みたいな。仕方ないからサポートするしかないしさ。したら警察庁のクソ警部が、「よく言ってくれた!」みたいな」
「あー、思い出したらあの狸野郎腹立ってきたやめようやめよう」

そうそう。

「こいつあん時そういやぁ人のことガン無視だったよ…。犯人と対峙してさー。蟀谷に銃口パターンっすよ。「てめぇにこんだけの覚悟あんなら掛かってこいよ」とか言って。相手5人武装して銃持ってんのにキチガイかよ。俺居る意味!そりゃぁ相手も降参するよ。俺だったら降参する。だって怖いもん。
 俺こいつとやってるけどたまにそーやって暴走されるとマジテンパるよ。何!?って。
 でもあんとき虚勢張っても「待てやこらぁ」しか言えんかったわ。だってガチなんだもん、こいつ」

す、すんません。
つか何これ。俺メタクソ言われてんだけど。

「はっはー!仲良いなお前ら。愛人かよ」
「どこがだよ」
「お前と同じこと、そいつも言ってたから。
 マジ何故その状況でジャンキーんとこ行くかねって。そこまでさせたか?ってさ」

言わなくていいよそれは。

「…は?」
「お互い追い詰められたなー、今回は。てかはっきり言って負けだな。俺ら全員今回の喧嘩は負けたんだよ」

痛み入るお言葉。

「まぁ気に病むことはないさ。何を気にしているかは知らんが、しがらみは一度捨ててみてもいいだろう」
「ほぅ、…と申しますと?」
「過去に囚われんなよってこった。俺も、お前らも。
 お前に何があったか、そいつに何があったか、最早わからん。だが結局起きちまったことに変わりはない。時には臭い物に蓋して生きていかないといけない時ってあんだろ。俺だってそうだ。
 だから逃げたっていいし向き合わなくたっていい。取り敢えず今回は白旗。箕原海に負けた」

あぁ、何でこの人はいつだってこんなにも。
怠く優しいんだろう。
言わねぇけど。言ってやりたいけど。言えば陳腐だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

初恋

藍沢咲良
青春
高校3年生。 制服が着られる最後の年に、私達は出会った。 思った通りにはなかなかできない。 もどかしいことばかり。 それでも、愛おしい日々。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。ポリン先生の作品↓ https://www.comico.jp/articleList.nhn?titleNo=31039&f=a ※この作品は「小説家になろう」「エブリスタ」でも連載しています。 8/28公開分で完結となります。 最後まで御愛読頂けると嬉しいです。 ※エブリスタにてスター特典「初恋〜それから〜」「同窓会」を公開しております。「初恋」の続編です。

処理中です...