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The 9th episode
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コーヒーの、キツすぎない臭いがして。
ああ、この景色、知ってる。何回これ、体験してんだろ。
「潤、」
なんで、あんな時間にたまたま起きてしまったのか。夢の中ですら疑問に思う。でも多分、もの凄く不自然だったからなんだろう。ドアが開いて、だから見てしまった。知らない男で、家を出ていったところを。
そしてこうしてリビングに呼び出しを食らってしまった。
自分が悪い。
見下ろす父親のその目が俺はなんとなく嫌いだった。ホントなんか、虫けらでも見るような冷たさで。
ゆっくりとした動作でコーヒーをいれる父親にどことない狂気を感じた。これは、その黒い液体をぶっかけられるんじゃないかな、とか思ったけどそんなこともなく、父親はただ黙ってソファに座る。
そして父親が一息吐いて目が合えば、隣を促されて。
「お前、何を見た?」
「え…?」
ただ恐怖に、父親の前に立ち尽くしていると脱臼しそうなくらいに腕を引っ張られ、父親の隣に収まった。
何を見たって。
多分何か見る後だったよ。
「何も、」
「まぁいい」
今日は機嫌がどうやら、よかったのか。
そう思ったのは束の間だった。延びてきた手は、勢いで髪を掴んで。気付いたら組み敷かれてて。
体がずり落ちた。床の感触が生々しい。冷たさが、生々しい。
何回か衝撃があって。よく死ななかった。あのとき本当に、死んどけばよかったのに。
けど、喚いたり泣いたりすれば余計に悪化するのはわかっていたから。ただ歯だけ食い縛って、むしろ唇を噛んで打撃に堪えていたら。
「そう言うのも、いいもんだな」
急にいやらしくにやっと笑い、手が食い込むように強引に口を抑えられた酸欠の脳に、父親に顔が妙に焼き付いた。
幼かった俺は最早、何をされたかわからなかった。
ぶん殴られるのも痛いし、何よりこれが、所謂初体験なんだろうけど。
正直わからなかった。
朝になり、服もまともに着ていない状態で一人、リビングで母親に発見された。身体中、どこがどうして痛いのか、まともにわからないまま、半狂乱になった母親に何度も蹴り飛ばされ、その日は小学校に行けなくなってしまった。立ち上がれないほどの激痛だった。
「潤、ごめんね」
「こんな母さんで、ごめんね」
ただ、再び意識を取り戻したときに母さんが泣きながら謝るのは。
ふざけんな。
そう思うのに。
「…大丈夫だよ」
無理して笑う自分も泣く母親も隣で嘲笑う父親も。
全て、でも全てに。
「潤、」
「っぁ…」
起きた。
完全に、悪夢だった。
目の前には祥ちゃんがいて。寝転がって顔を覗き込んでいた。
伸ばしてきた手は祥ちゃんなのに、反射的にきつく目を瞑ってしまったが。額に触れる指先は、優しく目元を掠めた。
恐る恐る目を開ける。これは祥ちゃんだって、わかってるけど、多分癖だ。
「潤、俺だよ」
「うん、祥ちゃん…」
「…魘されてた」
いい夢見れると思ったんだけどな。
「うん」
祥ちゃんはふう、と一息吐いて上半身を起こし、俺が脱ぎ散らかした服を集めてくれた。
どういうメカニズムでどうやっているかは自分でも知らない。いつからこんな癖がついたのかも。
「器用だよな、ある意味」
「それ、褒めてる?」
「うーん、多分」
部屋着を着直していると祥ちゃんはベットから出て、「コーヒー飲む?」と聞いてきた。
本当は物凄く嫌なんだけど。そう思って返事に詰まっていると、「喉、乾いかない?」と祥ちゃんが聞いてくる。
「うん、乾いてる」
そう返事をすると緩やかに微笑んで祥ちゃんはキッチンでコーヒーを準備してくれた。
タバコが吸いたくなって、起きてリビングのソファまで行き、テーブルに置いておいたタバコを一本取り出して火をつける。
「はい、どうぞ」
いれたインスタントコーヒーを持って祥ちゃんは隣に座った。カップを置く祥ちゃんの、細い中指の小さな黒子が現実を魅せる。
「ありがと」
その黒い液体を口に運ぶ。
ニコチンの苦さと喉を通るざらつきが落ち着かないんだけど。
「ちょっとは落ち着いた?」
その、ゆっくりとした、低い声には凄く安心して。
てかこれ、デジャブ。
「…うん、ごめんね」
「いいよ、別に。怖い夢でも見た?」
「…怖い…というか…」
「辛い夢のようだな」
「うーん、まぁ…」
コーヒーが、苦い。
しかしなんか、あのときよりは、甘味がある気がする。
コーヒーの水面が、静寂。基本的に俺はこれが好きなやつはどうかと思う。こんな、泥水だか血だかわからないような色した苦い飲み物。
「なんかこれさ、」
重い空気の中、祥ちゃんがなんだか楽しそうに笑う。
「デジャブ?」
「あぁ、」
同じこと、考えてたんだ。
ああ、この景色、知ってる。何回これ、体験してんだろ。
「潤、」
なんで、あんな時間にたまたま起きてしまったのか。夢の中ですら疑問に思う。でも多分、もの凄く不自然だったからなんだろう。ドアが開いて、だから見てしまった。知らない男で、家を出ていったところを。
そしてこうしてリビングに呼び出しを食らってしまった。
自分が悪い。
見下ろす父親のその目が俺はなんとなく嫌いだった。ホントなんか、虫けらでも見るような冷たさで。
ゆっくりとした動作でコーヒーをいれる父親にどことない狂気を感じた。これは、その黒い液体をぶっかけられるんじゃないかな、とか思ったけどそんなこともなく、父親はただ黙ってソファに座る。
そして父親が一息吐いて目が合えば、隣を促されて。
「お前、何を見た?」
「え…?」
ただ恐怖に、父親の前に立ち尽くしていると脱臼しそうなくらいに腕を引っ張られ、父親の隣に収まった。
何を見たって。
多分何か見る後だったよ。
「何も、」
「まぁいい」
今日は機嫌がどうやら、よかったのか。
そう思ったのは束の間だった。延びてきた手は、勢いで髪を掴んで。気付いたら組み敷かれてて。
体がずり落ちた。床の感触が生々しい。冷たさが、生々しい。
何回か衝撃があって。よく死ななかった。あのとき本当に、死んどけばよかったのに。
けど、喚いたり泣いたりすれば余計に悪化するのはわかっていたから。ただ歯だけ食い縛って、むしろ唇を噛んで打撃に堪えていたら。
「そう言うのも、いいもんだな」
急にいやらしくにやっと笑い、手が食い込むように強引に口を抑えられた酸欠の脳に、父親に顔が妙に焼き付いた。
幼かった俺は最早、何をされたかわからなかった。
ぶん殴られるのも痛いし、何よりこれが、所謂初体験なんだろうけど。
正直わからなかった。
朝になり、服もまともに着ていない状態で一人、リビングで母親に発見された。身体中、どこがどうして痛いのか、まともにわからないまま、半狂乱になった母親に何度も蹴り飛ばされ、その日は小学校に行けなくなってしまった。立ち上がれないほどの激痛だった。
「潤、ごめんね」
「こんな母さんで、ごめんね」
ただ、再び意識を取り戻したときに母さんが泣きながら謝るのは。
ふざけんな。
そう思うのに。
「…大丈夫だよ」
無理して笑う自分も泣く母親も隣で嘲笑う父親も。
全て、でも全てに。
「潤、」
「っぁ…」
起きた。
完全に、悪夢だった。
目の前には祥ちゃんがいて。寝転がって顔を覗き込んでいた。
伸ばしてきた手は祥ちゃんなのに、反射的にきつく目を瞑ってしまったが。額に触れる指先は、優しく目元を掠めた。
恐る恐る目を開ける。これは祥ちゃんだって、わかってるけど、多分癖だ。
「潤、俺だよ」
「うん、祥ちゃん…」
「…魘されてた」
いい夢見れると思ったんだけどな。
「うん」
祥ちゃんはふう、と一息吐いて上半身を起こし、俺が脱ぎ散らかした服を集めてくれた。
どういうメカニズムでどうやっているかは自分でも知らない。いつからこんな癖がついたのかも。
「器用だよな、ある意味」
「それ、褒めてる?」
「うーん、多分」
部屋着を着直していると祥ちゃんはベットから出て、「コーヒー飲む?」と聞いてきた。
本当は物凄く嫌なんだけど。そう思って返事に詰まっていると、「喉、乾いかない?」と祥ちゃんが聞いてくる。
「うん、乾いてる」
そう返事をすると緩やかに微笑んで祥ちゃんはキッチンでコーヒーを準備してくれた。
タバコが吸いたくなって、起きてリビングのソファまで行き、テーブルに置いておいたタバコを一本取り出して火をつける。
「はい、どうぞ」
いれたインスタントコーヒーを持って祥ちゃんは隣に座った。カップを置く祥ちゃんの、細い中指の小さな黒子が現実を魅せる。
「ありがと」
その黒い液体を口に運ぶ。
ニコチンの苦さと喉を通るざらつきが落ち着かないんだけど。
「ちょっとは落ち着いた?」
その、ゆっくりとした、低い声には凄く安心して。
てかこれ、デジャブ。
「…うん、ごめんね」
「いいよ、別に。怖い夢でも見た?」
「…怖い…というか…」
「辛い夢のようだな」
「うーん、まぁ…」
コーヒーが、苦い。
しかしなんか、あのときよりは、甘味がある気がする。
コーヒーの水面が、静寂。基本的に俺はこれが好きなやつはどうかと思う。こんな、泥水だか血だかわからないような色した苦い飲み物。
「なんかこれさ、」
重い空気の中、祥ちゃんがなんだか楽しそうに笑う。
「デジャブ?」
「あぁ、」
同じこと、考えてたんだ。
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