ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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Past episode one

2

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「お前明日からさ」

 遠い記憶の声がする。

 硝煙。

 その男のその声は、少し掠れていて。
 その笑顔は邪心のない、子供みたいに無垢なものだけど、妙に落ち着きのある柔らかさも兼ね備えていたように記憶する。

「俺んとこおいでよ。退屈でしょ?ここにいても」

 自分の首筋に延びるその体温の低い両手は。
 どうやら唯一生きているようで、殺意がないものらしい。

「わかった」

 二つ返事でそう少年が答えると、男はまた、無垢な笑顔を少年に向けた。

「一回死ぬって、いいもんだろ。もう一回やってみっか、人生」

 線が細い長身。少年に投げて寄越すジャケットは無駄に重さがある。
 その肩にサブマシンガンをひょいっと抱えた男の背中と咥えタバコは、どうにも、警察には見えなかった。

「おせぇなクソガキ。何してんの。早く行くぞ」
「は、はい…」

 ただ確かに、茅沼かやぬま樹実いつみは少年にとって、その時はヒーローだった。

 この瞬間、少年の泥沼な生活に終止符が打たれた。こんな、牢獄と変わらないクソみたいなところ、捨ててやると思ったから。

 立ち上がってヒーローについて行く少年の足元には、死体とガラクタと破片しか落ちていない。

「そうだ野良。どうせなら名前を考えよう。何がいいかな」
「…はぁ、名前か…」

 ここに来てからそんなものすらなかった。そもそもここは、なんだったのか。
 外に出てみれば、辺りは暗くなっていた。

 夜か。夜は久しぶりに見た。
 夜の外出は許可されない。そんな場所だった。

「夜…」
「ん?」

星空。
ハンパねぇ。

 男が何か、仲間たちと話している。車もたくさんある。だけど少年には、そんなことよりまず先に。

「スゴい…」

こんなにも、大きい。

 手を広げて後ろに倒れてみた。驚く声やらなにやら、取り敢えず言葉がたくさん少年の上に飛び交っている。

 だがそんなものはちっぽけだ。

 だって、試しに手を伸ばしてみても全然それには届かないから。

「何してんの、お前」
「…え?」

 覗き込んだ男の顔は驚いているようだった。
 が、そのうち耐えられなさそうに、「ふっ、へへへ、な、なにお前、お、おかしいんだけど!」と腹を抱えて笑いだしたから何事かと少年が起き上がってみると。
 笑った際に出た涙を拭ったあと、自分の目元も指で拭ってくれて。

「楽しそ。何見てたの?」
「いやぁ…夜が…」

 何を、見ていたのか。

「夜?」
「だって、あんなに、なんか…こう…」

 手を何度も広げて男に説明してみようとしたって、全然伝わらない。この広大な気持ちをなんて言ったらいいのか。

「ふ、あんた、おもろいね」
「おもろい?」
「うん、おもろいおもろい。
なに?初めて見たの?」
「違うけど」
「あそう。てか、寒いな。行くか。帰るよ、お前の国に」
「は?」
「生まれたところ。そこなら空はたくさん見れるから。
 あ、てか飛行機で嫌になるほど見るから、こんなもん」
「うーん?」
「いいから黙って着いて来い、クソガキ」

なんて口の悪い。

「わかった」

けど応じてしまう自分も自分で。

「よし、いい子だおいで」

 抱き締められて頭をがしがしされるのはもの凄く変な感覚で、でももの凄く。

「痛い」
「生意気だなぁ」
「でも痛い」
「それが生きるということさ少年」
「…意味わかんない」
「あ、流れ星」
「え、」

それはそれは。

「怖い」
「えー、」
「だってそれって」

 不吉の象徴だと教えられてきた。

「なんでよ、超いいじゃん!俺初めて…あ、まただよ!」
「うわぁ、嫌だ嫌だ!」
「え?お前日本人だろ」
「は?」

は?
日本人?

 この男が言っている意味が全然分からない。なんだろう、悪魔なのかと末恐ろしく感じてきた。
 だが男にはそれを見て凄く楽しくなってきてしまって。

 ふと、閃いたのが。

「流星」
「は?」
「流星。決めた。お前の名前を今日からダナエでも野良でもなく、流星にします」
「え?え?」

 理解不能。

「そうだなぁ、さすがに茅沼は各方面から暗殺されるから、うーん、壽美田すみだを貰うか。うん、壽美田流星。漢字はあっちに帰ったら学びましょーか」

 それから先の少年の未来は。
 飛行機に乗って、空を飛んだ。

 少年の素直な感想は、

バカみてぇにハンパねぇ。

だった。
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