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海軍訓練所立て籠り事件。恐らく今から10年近くは前。
当時、それなりに大きな事件になった。
なんせ、立て籠ったのはあろうことか海軍訓練所で働いていた元二等海佐の熱海雨という人物で、この男は警察関係者では知る人ぞ知る天才的な戦術で数多の場面を切り抜けてきた人物だった。
しかし現場は日本、彼は日本人である。
彼がここまで有名になったにはもちろんそこには戦があるからであり、それはいまだに明るみには出ない部分ではある。
「面倒だなぁ…」
彼、熱海雨は、海軍訓練所の全ての機密データやら武器やらを最早建物ごと一人で抑えた。
彼の上官であり施設の最高責任者の栗林一等海佐を人質として捕らえた。
栗林の左足の腿あたりを撃ち抜き動きを封じてから手足を結束バンドで縛るというやる気のないような所業。
しかし、人質の人選や手際が確実で狡猾、そして用意周到さが彼の優秀さを物語る。
彼の捨て身感と見えぬ心情に、なかなか警察や政府も手出しが困難な状況に陥った。
「貴様、こんなことをしてただで…」
「うるさい」
リボルバー拳銃を片手にパソコンをカチャカチャと弄る異様な様は、長官室では非現実的で。
ただ、彼はいつもと違って白衣もなく、Tシャツとパーカーにジーパンというラフな格好。そのわりにいつもはボサボサの髪を整えているあたり、やはりちぐはぐだった。
いつもと変わらないのは便所サンダル。眼鏡は、手元に畳んで置いてあるだけだった。
「あぁあった。これだこれ。さぁてこのデータの解読はうーん、サイバーテロをしに来た訳じゃないんですけど、栗林さん」
「なにがだよ…!」
「要するに、お宅ら上層部は真っ黒じゃねぇかって言ってるんですよ、クソ野郎」
そもそもの事の発端は何だったのか。
彼の導火線は多分、上官だった。そう、きっとそうだ。
「いつ、」
「いつ、かぁ。
出港命令書、置いて行きましたよね。わざわざ自宅まで調べあげて足を運んで頂いたようで、ご苦労様です。
そこで漸くわかりましたよ。あの時の事件の謎が、全て僕のなかで組上がってしまった。そしてこれはつまり、僕に対する死亡通知だなと」
「…言っている意味がよくわからんが」
「まぁあんたは当時、部隊が違いましたからね。だが噂くらいは、聞いているはずですよ。
欧州遠征の日本軍壊滅の話です。茅沼さん、そろそろ入ってきたらどうですか、いますよね?」
指揮官室の扉に向けて、熱海は漸くパソコンから視線を上げて声を張る。
熱海にはよく見慣れた長身の男が、「やれやれ」と言いながら熱海のそれに従って入室し、腰元のホルスターから一本銃を抜いた。
抜いた、それだけだった。
浅い視界で茅沼を見た熱海は、漸く眼鏡を掛け、茅沼の銃を目にして笑ったのだった。
「だから、肩を壊しますよ」
「かっこいいじゃない。ジャムらないし」
「サブマシンガンじゃないんですね」
「は?」
「流星くんが言ってましたよ」
「あぁ、よく覚えてるなぁあのガキ。
まぁ、敵なんて一人なんだ、サブマシンガンなんて体力使うもん、要らないでしょ」
こんな時でも笑っていられる胡散臭い樹実のテンションが、少し、哀しいと感じた。
「あーあ、君が来ちゃったかぁ…」
「…来ると、思ってたんじゃないの?」
「正直に言えば、…どこかで。来たらいいなとは、思ってましたよ。けど、いざ来られると、来ちゃったかぁって」
「なによそれ」
穏やかな笑みを浮かべ、熱海は我に返るように
「いい加減にしましょうか。一佐が死んでしまいますからね」
熱海はそう告げ、パソコンからUSBを抜き取り、“start”をクリックした。
当時、それなりに大きな事件になった。
なんせ、立て籠ったのはあろうことか海軍訓練所で働いていた元二等海佐の熱海雨という人物で、この男は警察関係者では知る人ぞ知る天才的な戦術で数多の場面を切り抜けてきた人物だった。
しかし現場は日本、彼は日本人である。
彼がここまで有名になったにはもちろんそこには戦があるからであり、それはいまだに明るみには出ない部分ではある。
「面倒だなぁ…」
彼、熱海雨は、海軍訓練所の全ての機密データやら武器やらを最早建物ごと一人で抑えた。
彼の上官であり施設の最高責任者の栗林一等海佐を人質として捕らえた。
栗林の左足の腿あたりを撃ち抜き動きを封じてから手足を結束バンドで縛るというやる気のないような所業。
しかし、人質の人選や手際が確実で狡猾、そして用意周到さが彼の優秀さを物語る。
彼の捨て身感と見えぬ心情に、なかなか警察や政府も手出しが困難な状況に陥った。
「貴様、こんなことをしてただで…」
「うるさい」
リボルバー拳銃を片手にパソコンをカチャカチャと弄る異様な様は、長官室では非現実的で。
ただ、彼はいつもと違って白衣もなく、Tシャツとパーカーにジーパンというラフな格好。そのわりにいつもはボサボサの髪を整えているあたり、やはりちぐはぐだった。
いつもと変わらないのは便所サンダル。眼鏡は、手元に畳んで置いてあるだけだった。
「あぁあった。これだこれ。さぁてこのデータの解読はうーん、サイバーテロをしに来た訳じゃないんですけど、栗林さん」
「なにがだよ…!」
「要するに、お宅ら上層部は真っ黒じゃねぇかって言ってるんですよ、クソ野郎」
そもそもの事の発端は何だったのか。
彼の導火線は多分、上官だった。そう、きっとそうだ。
「いつ、」
「いつ、かぁ。
出港命令書、置いて行きましたよね。わざわざ自宅まで調べあげて足を運んで頂いたようで、ご苦労様です。
そこで漸くわかりましたよ。あの時の事件の謎が、全て僕のなかで組上がってしまった。そしてこれはつまり、僕に対する死亡通知だなと」
「…言っている意味がよくわからんが」
「まぁあんたは当時、部隊が違いましたからね。だが噂くらいは、聞いているはずですよ。
欧州遠征の日本軍壊滅の話です。茅沼さん、そろそろ入ってきたらどうですか、いますよね?」
指揮官室の扉に向けて、熱海は漸くパソコンから視線を上げて声を張る。
熱海にはよく見慣れた長身の男が、「やれやれ」と言いながら熱海のそれに従って入室し、腰元のホルスターから一本銃を抜いた。
抜いた、それだけだった。
浅い視界で茅沼を見た熱海は、漸く眼鏡を掛け、茅沼の銃を目にして笑ったのだった。
「だから、肩を壊しますよ」
「かっこいいじゃない。ジャムらないし」
「サブマシンガンじゃないんですね」
「は?」
「流星くんが言ってましたよ」
「あぁ、よく覚えてるなぁあのガキ。
まぁ、敵なんて一人なんだ、サブマシンガンなんて体力使うもん、要らないでしょ」
こんな時でも笑っていられる胡散臭い樹実のテンションが、少し、哀しいと感じた。
「あーあ、君が来ちゃったかぁ…」
「…来ると、思ってたんじゃないの?」
「正直に言えば、…どこかで。来たらいいなとは、思ってましたよ。けど、いざ来られると、来ちゃったかぁって」
「なによそれ」
穏やかな笑みを浮かべ、熱海は我に返るように
「いい加減にしましょうか。一佐が死んでしまいますからね」
熱海はそう告げ、パソコンからUSBを抜き取り、“start”をクリックした。
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