ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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Past episode three

1

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「潤、」

 声がして。
さっきまで見ていた夢と重なって。

「潤、寝てんのか?」

 肩に手を置かれるその温もりに。
起きて振り払った。顔を上げた景色が、いつもの、見慣れた職場で。

「あっ」

 振り返った相手は、今やある意味上司の流星で。隣には驚いた表情の伊緒がいた。

 俺が振り払った手を流星が掴んでいた。なんたる反射神経。最早動物だこいつは。
 俺のその手に何故か、刃の出ていないカッターナイフが握られていることに気付いた。

「あぶねぇなぁ、まったく」
「あ、ごめん、てかおはよう」

 それをデスクに戻してぼんやりしてみる。

「おはよう」

 何事もなかったかのように流星は伊緒を促してから隣に座り、伊緒も自分のデスクに座った。

「…早いな今日は」
「あぁ、うん、でも」

なんでだっけ。
あぁそうだ、政宗がいないからだ。

「ほら、政宗がいないから」
「あぁ、そう言えばそうだな。
タバコ吸いに行ってくるわ」
「…あー俺も行く。伊緒、ちょっと任せた」

そうか今日は。
いつもより出勤が早かったから。だから、寝てしまったのか。

だけどどう考えてもあんな場所でなんて、良い夢見れるわけない。

「お前、めちゃくちゃ苦しそうだったけど」
「まぁ寝にくいよね」
「別に家でゆっくり寝てくれば良いのに」
「…この頃寝付きが悪いんだよ。暑いから」
「まぁな、わかるけどな。俺も伊緒に言われたわ、『貴方は起こすのが嫌ですね』って」
「あぁ、そう。
 俺も言われたよ、タチが悪いって」
「確かに。だけどあーゆー時はお前脱がないのな」

 喫煙所について、少しぼーっとしながらも笑ってタバコに火をつけた。やっぱりちょっと指先が震えてる。こいつ絶対自律神経がやられてやがる。

「お前大丈夫かよ」
「柄にねぇな。わりと大丈夫だよ。てかお前こそ大丈夫かよ」
「お前こそ柄にねぇな。大丈夫だよ。ちょっと朝早かったから」
「魘されてましたけど」

 言葉に詰まった。

「ついでにカッターとか怖すぎるんですけど」
「ごめんって」
「…俺も今日は悪夢だった。やっぱ、こーゆー時って思い出すんだな」
「…あそう」

俺だって悪夢だった。
それはもう、最上級の。

「…やめようやめよう。仕事の話しとこう」

 それはそれで少し、切ないような、悲しいような、表情を探している。そんな微妙さで下を向いてしまった。

「なんだよ、流星」
「そんな顔すんなよお前こそ」

は?

「なに」
「なんか…」

 探した挙げ句だろうか、その無理に笑った流星の顔が、ムカつくけど良い男なんだ、こいつ。

「公園の猫みたいな顔」
「なにそれ」

あ、それ、ちょっと思い出す。
それ昔、あの人に言われたわ。お前は知らないだろうけど。

「そんなに餓えてない」

何一つ餓えてきたことはなかった。

手に余るほどの財力があった。
恋人もたくさんいた。
一人でなんでも出来てきた。ひとつだけ出来なかったのは。

「自殺」
「ん?」
「自殺は出来なかったな。いままで生きてきて。唯一これだけ。
 それ意外に餓えてたこと、なかったな」
「…あそう」
「あぁ、俺はあれだな。
 親が出来たこと、大体出来ねぇな。すげぇお偉いさんになることも自殺することも。
 何かに取り殺されることも」

両親と言う生き物とあの人と。

「ひねくれてんなぁ」
「まぁな」
「でもいいな。俺にはわからねぇ感性だ」

これが、いいと言うのか。

「お前のが、だいぶ餓えてるな」
「お前に言われたくないよ」

 こいつのことは、よく知らない。試しに、聞いてみようか。何故かふと、そう思った。単なる気まぐれだ。

「お前の親、どんなやつ?」
「ん?んー。テロリスト」

それは。

「それってあの人でしょ?」
「そうだよ」
「それって親なの?」
「うん、多分ね。一番それが近いんじゃない?」
「そう?兄弟っぽいって思ってたよ」
「あー、それもそうかも。俺親って知らんからさ」

そうなのか。

「嫌なこと聞いたね」
「別に。嫌なことなの?」

 なんてあっけらかんと流星は言いやがるから。

「おもろいな、お前そーゆー時だけ」
「一言余計だよ」 

少し羨ましいよ。
お前の自由さ。

「そう言えばさ。
 お前、あの人に置いてかれたって言ってたじゃん?」
「え…」

 急に出したワードに、流星は戸惑っているようだった。高尾山たかおさんに行ったとき勢いで自分が言ったの、忘れてるかな。

「それが…?」
「俺もさ、それだけはわかるかも。俺もあの人に、二回くらい置いてかれたから。
 一回目はお宅の…樹実さんになんとか繋ぎ止めてもらった。二回目は…」

 二回目は、もう戻ってこなかった。
 ただそれは、今となってはあの人が多分選んだ道だったんだと思える。じゃなかったらきっと、あの場所にはいなかったんだ。

「…さて、仕事の話でもしようか」

だからこそ、今回は片を付けたい。
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