ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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Past episode three

2

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 弾は、静かに込められた。


 思い返せば不穏の前兆はあったかのように思うが、決定的はどこなのか、はっきり言ってわからない。それほど話は急展開したように思う。
 本当はきっと、水面下で徐々にあの男は狂っていったのだろう。頭の、キレる男だったから。

 二人が出会った入学式の約一年後、警察学校を出てすぐに流星と潤は“厚労省こうろうしょう国家特別テロ捜査本部”に配属された。 

 彼らが追うことになったのは謎の組織、『エレボス』というものだった。
 実態は掴めない。調べあげた犯罪経歴だけでも、麻薬密売や人身売買、行政機関へのテロ行為。最早日本組織に未だかつてない膨大さだった。

 しかしそれほど膨大ながらも尻尾がまるで掴めない。彼らの間には雲の上を目指しているかのような虚無感が漂っていた。
 この部署には厚労省やら警察庁けいさつちょうやら警視庁けいしちょうやら、様々な警察組織から茅沼樹実がヘッドハンティングした人物が詰め込まれた。中には左遷扱いの者もいれば、出世軌道に乗った若者までいて。

 それぞれはどこかしら特化した何かを持っている人物ばかり。要するに寄せ集めで、最早樹実が私物化している面はあった。現在の特本部のあり方に非常に似ているのは、この頃駆け出しだった流星がこれを背負うことになったからに相違ない。

 潤はこの組織に入ってから、少しばかり忙しくなり、帰りが遅くなった。
 心なしかその頃から同居人も忙しくなったようで、今もパソコンを叩いている。彼は彼で確かに忙しい役職ではあるが、大抵は家に仕事を持ち込まないタイプだったのだが。

 しかし、夕飯だけはいつも用意してくれているようで。
 
「ただいまー」

 「おかえり」とパソコンを閉じて出迎えてくれる。それからキッチンに立って、料理を暖め直してくれるから。

「それくらい出来るよ」
「いいんですよ。潤は着替えておいで」
「…今日はなんですか」
「初挑戦、オムライスです」
「うぉぉ、出来た?」
「微妙ですね」

 にっこり笑って雨はコンロの火を掛けた。マジか。破壊力が凄すぎる。取り敢えず潤は期待半分で着替えることにした。
 着替え終わってキッチンを覗いてみるとなるほど、卵があるのねと嬉しくなった。それが例えスクランブルでも。

「卵って、難しいですねー」
「特訓だねー。でも卵あるだけで嬉しいよ」
「そーゆーもんですか?」
「そーゆーもんですよ。てかオムライスってなんか親子料理の王道じゃんか。だから、なんか嬉しい」

 盛り付けも大変だった。けど取り敢えずは出来たのでテーブルに二人で運ぶ。

「いただきまーす」
「はいどうぞ。いただきます」

 確かに潤は幸せそうに食べてくれる。この頃ちゃんと食事も採ってくれるし、まともになってきたように思う。

「初めて来たときはご飯食べてくれませんでしたね」
「ん?
 だってさー。あんた味噌汁しか作れなかったじゃん」
「まぁ確かに」
「でも毎日飽きずに出されたら、しかも四苦八苦、料理を覚えようと必死になってたら、そりゃぁね」

 笑顔で潤は話してくれてるけど、本当に最初の頃は酷かった。

「でも俺正直、あんたのことわかんなかった。
 何もしてこないのあんただけだったから、何考えてんだろって」
「はぁ、そうですか」
「…てか、なんでわかったの?俺のこと」

なんで、か。

「公園の猫みたいな目をしてましたから」

 出会った頃の彼は…。
 酷く淀んだ目をしていた。はっきり覚えている。
 自分が欧州遠征で帰って来た時のこと。その頃はまだ、防衛大臣ぼうえいだいじんが生きていて。次に会った防衛大臣は棺桶の中、心臓を撃ち抜かれていた。

 葬儀で見かけた10歳の少年は、何も無い表情でただ、父親の位牌を手にしていた。
 位牌を持っていたから息子だとまわりは認知したが、そもそも防衛大臣に息子がいたことを知る者は、それまでいなかった。

 潤はそれなりに良い私立の幼稚園から小学校に通っていたらしいが、何故防衛大臣は息子の存在を公言しなかったのか。

 防衛大臣星川ほしかわたくみは、名の知れたタラシ野郎だった。最早家にいないのが普通で、奥方もそれを黙認していたようだ。
 だからこそ位牌を持った彼が、奥方の律子りつこに目元や鼻筋、肌の白さと瞳の色が似ていて皆安堵した雰囲気が漂った。

 ただ、彼は年のわりには大人しい子供だと言う印象で。まわりの大人は、「さすが防衛大臣のご子息」と評していたが、正直あめの印象は少し違うものだった。

 もともと子供は嫌いな分類だった。だって、何を考えているのか全くわからないから。
 特にこの子供はそう。他の子供なんかより遥かにわかりにくい。
 父親の葬式ですら表情ひとつ変わらず、雨には彼が、ただ淡々と時が過ぎ行くのを待っているように見えた。
 しかし時折顔を上げるその表情、目にはなにか感情はありそうで。

印象的には、
可愛くねぇガキ。
このひとつに尽きた。
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