ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 11st episode

10

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どうしてこうなったか。

 取り敢えず自分はなんだかわからないが全てにおいて釈放された。
 そして、右肩を少し擦ったあの弾丸と彼の切れ切れの息遣いと、人を射殺するような鋭い目付きを思い出してえらい興奮を覚えた。

なんということだ。

 あの青年はそれでも生きているだろうか。生きていたら、また会いたい。また乱したい。彼を突き動かしたあの信念は一体なんなんだろう。

 あの、死にそうな、だけど強い眼差し。堪らない。堪らなく綺麗だった。

 それを頭に想い描いてマスかいて倦怠感でダルくなっていたころ。時刻にして20時を過ぎた辺り。
 病室のドアが鳴る。看護師だろうか。面倒だが、「はい、どうぞ」と返事をするとドアがスライドした。

「こんばんわ速見さん」
「…君は…!」

 驚いた。予想だにしなかった人物に、速見は恐怖と、そしてその人物が持つ妙な色気に毒されていた。

 口元の黒子に深い笑顔。カーテンを開けた、その袖口から覗く血管が透けるような細い腕と、凭れ掛かるような軽い立ち姿に、異様さを感じた。

「お久しぶりです。ヤマシタです」

 思い出した。彼は。

山下やました祥真しょうま…!」

そう、この男。
確かわりと曲者だ。

 なんせ過去に警察庁立て籠り事件を起こし、何故か二階級特進のキャリア警察官。
 しかし他の経歴は全くもって不明。噂はしとやかに耳に入っていた。
 彼にはただ別件で、最近よくつるみがあるのだが。

「大変でしたねぇ。撃たれちゃったんだって?」
「えぇ、まぁ」
「へぇ、どこの誰だか知りませんがなかなかの度胸ですなぁ。最早あんたにSPなんかいても、あんまり意味ないかもね」
「はは…そうかもね…」

 なんせSPにやられた。多分山下と言う男は、どこからかその情報を仕入れて来たに違いない。

これは。

 身の危険を感じて背筋が凍るような思いがした。まさしく、蛇に睨まれた蛙のような状態だった。
 しかし速見も負けているのは癪である。なんせ、こんな若造に。どこの誰だかわからないテロリスト紛いに。

「お見舞いだなんて、嬉しいねぇ」
「これくらいしか俺には出来ませんから。
あ、そうそう。速見さん。お宅の管轄の女の子、死んじゃいましたね」

やはり来たか。

「あぁ…本当に残念だよ」
「そうですねぇ。彼女は死ぬには惜しい人材だったでしょ?ぶっちゃけなんで死んじゃったんです?
 ニュースだけ見たって、暗殺だってわかりますよねぇ」

 まるで刃物のような質問だ。

「まだ捜査段階で」
「教えてやろうか、警察庁長官」

あぁ、これは。

「バレてんだよ、速見さん。あんたらがやってることなんてな」

この、人を刺すような目は。

「…は?」

 山下はジャケットのポケットからふと、小さなポリ袋を出した。

「あっ…」

 4粒の、見慣れた錠剤。まさか、まさか。

「あのクソガキ…!」
「クソガキかぁ…。どのクソガキだろう。しかしまぁ」

 壁ドンよろしく、山下の顔が近付けられた。思った以上に二重だし鼻筋が通った男前だと感心していると、強引に枕を剥ぎ取られた。

 腰元のホルスターから一本拳銃が光る。それが向けられ、長い銃身と、くるっと回る弾倉と。

「調子こいてんじゃねぇよ変態野郎」

 引かれたハンマーと、あてがわれた枕に飛んだ羽根と、紫煙。
 ぽすっ、と枕が落ちて去る足音と、閉められた扉。

 とある人が言っていた。血が飛び散るのが嫌だから白衣を着るのです。邪魔なんですがね、と。

 全くもって意味がわからない。俺はそんな野暮な暗殺はしないよ、熱海あたみさん。
 じゃなけりゃ大切なもんは守れないじゃないか、違うかい?
 俺はあんたらと違って、自分を守ろうなんざ端から思ってねぇんだよ。血がつくのが怖いか?ならば、殺す意味なんてないんだ。

 そして向かった先。
 階段を登って2番目の部屋の扉をノックした。

「…はい」

 少し掠れた声に疲れを感じて。黙って開ければ相手は、驚いた顔で見つめてきた。

「祥ちゃん!?」
「潤…」
「え、え、なん…」

 駆けてくように抱き締めて。離して顔を見ると。
 少し安心したのか、静かに潤は泣いていた。

「なん、で?」
「…さぁ、なんでだろうね」
「祥ちゃん、だって昨日」
「うん。異常自体発生ってやつだな」
「なんで、どうして?」
「…まぁ、探したんだよ。
 潤、忘れたか?俺も一端の警官だぜ?お前のケータイの逆探くらい、わけねぇよ」
「なに、それ。だって、」
「お前こそどうしたの。死にかけてんじゃん」
「…刺された」
「マジか。笑えるな」
「うん、ウケる」
「バカ言うなよ。まぁいいや、寝ろ。どーせその顔は寝れてないでしょ」
「…うん」

 取り敢えず腹を気遣うようにベットを倒してやったら。
 顔を隠すように腕を乗せて、「祥ちゃん、」と潤の、消えそうな声が聞こえた。

「なーに」
「ちょっとさ。
 ちょっとだけ俺、あぁ、死にてぇなって、思っちゃったんだよ」
「そうかよ」
「本気で、首括って死んでやろうかとか、手首でも切って沈めてやろうかとか。でもそれって、なんたる醜態だよな」
「はっはー、お前真面目に何言ってるかわかんないよー。後でな。起きたら聞いてやるから。今は安心して寝てろよ」
「はーい。
祥ちゃん」
「なんだよ今度は」
「ありがとう」

 しばらくしてから潤の、安心しきった寝息が聞こえた。

流星、お前は知らないだろうな。
こんなこいつを。

 そう思えば満足だった。

そして潤もまた知らないだろう。
流星が戦闘においてどれ程苦悶の表情を見せるか。

 ひとつだけ言えるのは、祥真からすれば。

どいつもこいつもクソほど面白いがクソほどしゃべぇ。
渇望をしていない。

どれ程の欲望の元でてめぇら生きてんだ。生々しい、吐き気がする。だが生臭い。それが少し、羨ましい。そう、潤の寝顔を見て思った。
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