ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 13rd episode

4

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「さて、君はどうするの?」

 慧さんにそう声を掛けられて、僕ははっとした。

「はぁ、そうですねぇ」

僕はどうするか。
どうやら副部長も答えを待っているらしい。目は、僕を見ていた。

「僕は目の前の仕事を、ただただこなします」
「そうですか、それも、肝心で大切ですね」
「愛欄はどうする?」
「私は、もう、わかりますよね?政宗さん」

 そう、なんとなく控えめに微笑む愛欄のことを、斜め後ろの席で瞬くんが頬杖をついて見ていた。

 副部長は一度全体を見回し、穏やかに溜め息を吐いた。そしてふと、深刻な顔で告げた。

「ただな、お前ら。
 これからやっていくにはそれ相当の覚悟がいる。恐らく今以上に、もっと。
 それはもう、人間不信に陥るほど辛い組織と立ち向かってる。俺は何度か挫折したからな。だから別に去ることを咎めない…」
「だから、それが優しすぎるって言うんですよ」

 慧さんが言う。珍しく真顔だ。

「あんたらの過去の事情なんてなんとなく、嫌でも察しは付くんです。若かろうが歳食ってようが。それはあんたらが人間だからだ。部長や副部長や監督官が昔からこの事件に縛られてんのなんて。みんな言わないけど、なんとなくわかってる。あんたら少し我々をナメてる」

 しかし今度は笑って、唖然とする副部長を眺めた。

「我々も全ては知らない。だからもしかすると我々もナメてるかもしれません。しかし、多分大丈夫ですよ。あんたらが揺らがないんだ。ゴールはそこだと信じてやってきますよ、我々は」

 そう聞くと副部長は、素直に驚いたような表情で、そして、勢いに任せて頭を下げた。
 それに動揺した慧さんは、「ちょっと…そんな…」と、たじろぎながらも立ち上がり、副部長の元に駆け寄って宥めるように背中に手を置いた。

「参ったな」
「…よろしくお願いします」
「やめてくださいよ…。頭あげて」

 そう言われてあげた頭で副部長はまた全員を見渡す。そして、一息吐いた。

「まぁ、タバコでもどうですか。いつものお仲間はいませんけど」
「じゃ、俺行く!」

 諒斗くんが気合いを入れて手を挙げた。一同「え!?」とツッコむ。

「俺今日からまずはタバコを」
「諒斗、露骨にバカすぎるだろ…ふ、ははは!まぁいいさ。行くか。俺の8ミリだぞ」
「パラベラムより短いんですか」
「瞬、頭の中銃弾しかないのかお前。流星もこの前おんなじようなこと言ってたなぁ。『この12ミリってNATOよりきもーち短いよね』って」
「えぇ!?」
「お前よか瞬の方が流星寄りだな。まぁ、そういう意味じゃねぇけどね」
「褒められてますか?」
「全然。じゃ、行くか」

 冗談を言いながら副部長と諒斗くん、何故か瞬くんまで一緒に部署を出ていった。

 残された僕ら。
霞ちゃんと愛欄が楽しそうに話していて。聞こえてくるワードはどうやら、“恋バナ”だったり“女子トーク”というヤツで。
 僕が知らないうちに愛欄はどんどん、離れて行っていた。
 部署すら、知らないうちにどんどん、僕の知らないような結託があった。

正直僕には、あれほどまでのみんなの決意がわからない。僕はそこに、居て良いのかわからない。

「恭太くん」
「はい」
「何かありましたか?」
「いえ…別に」
「ほら、ここ」

 慧さんの、書類が指差す方。

「あ、」
本郷ほんごう万里子まりこになってます」
「すみません」
「まぁ同一人物でしたけどね」

 実際には会っていない人物だと名前をなかなか覚えられない。

「あぁあと」
「はい」
「この、“但馬たじまたすく”って誰ですか?」

あ。
これはとんでもない記入ミスだ。

「…間違えました」
「…恭太くん」
「はい」
「君、何か悩んでませんか?間違って、ませんか?」

 そう言われてしまって。

「だ、大丈夫です!」

 自分でも驚くくらいの大声でデスクを叩き、立ち上がった。

これは気まずい。

「…トイレ、行ってきます」

 居たたまれなくなって部署から立ち去った。

 途中で3人とすれ違い、「おい、恭太!」と呼ばれたが余裕がなかった。汗が、冷や汗が異常なまでに出ている。
 トイレでひとしきり吐いた。全身が震える。しかし僕はまだ、まだ…。

「大丈夫ですか」

 ドアの向こうから声が掛かる。あぁ、ダメだここにも居場所がない。

「だ、大…丈夫です…」
「あそう。全然そんな感じじゃないけど」

 あれ、この声、聞き覚えがある気がする。

「部署はどこですか?連絡しときましょうか?どうせ俺、暇だし」
「い、いえ…」
「何か買ってくるわ」

 思い出す、この感じ。

『調子こいてんじゃねぇよ!』
『お前山瀬頼みじゃねぇか!』
『てか気持ち悪いんだよ!』

数々の罵声の後の劣等感と。
トイレのドアを蹴られる恐怖。
最後に振り被った 汚水。

 あの頃の自分と、幼い頃の自分が、今こうして甦る。

「お茶、置いとくよ」
「うるさい!」

 いつの間に去り、どうやら戻ってきたのか。誰だか知らないが怒鳴ってしまった。

「…まぁいいや。頑張って」

 冷たい声と共に今度こそ確認出来た無機質な足音が去っていく。

 後はだらだらと流れる涙と汗をひたすら袖で拭った。スーツが依れる。しかし僕には今、恐怖しかなくて。
 しかしここにこうしている訳にもいかない。無理矢理立ち上がり個室から出て洗面台に立つと、真新しいお茶のペットボトルが置かれていた。

何故だ。
あの人だとしたら、なぜ、あの人がこんなところに。

 しかし僕の頭は今は正常ではない。きっと、仕事のしすぎだ、疑心暗鬼だ。だからあり得もしない人物の声を聞いたのだ。

 とにかく今は無様な姿は立て直そう。

 お茶を一口だけ飲んで後は捨てた。あの短時間で何が入れられるとは思わない、ただの善意だろうが、あの人ならばやりかねない。

 それからトイレを出て自分でお茶を買って部署に戻った。

雰囲気は、どことなく殺伐としていた。
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