ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 13rd episode

5

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「恭太、どうした!」
「顔色悪いぞ」

 口々に言われる心配が、もの凄くうざったくて。

「大丈夫です。少し外しますので」

 そう早口に僕が言うと、副部長は睨むように見てきて「行くのか?」と聞いてきた。
 それには睨み返して視線で答えた。

「まぁそれが答えか。ちなみにお前に聞いとくが、お前経理やってたよな」

ついに、きたか。

「はい」
「これだけ答えてから行け」

 デスクを叩くように紙を示された。例の、バルビツール酸とニトログリセリンについてだ。

「ついで、谷栄一郎の聴取はうちの部署では最後、お前だったな」
「政宗さん、」

 愛欄が焦ったように立ち上がった。僕の緊急事態に、咄嗟の行動だったのだろうか。

「…恭太、どこに行くの。私が行ってくる」
「さぁ?どこ行こうっつうんだ?俺が聞いたのは株式会社ゼウスの鮫島んとこだが」

 その副部長の一言に、一気に部署内の空気が張り積めた。僕は注目の的となる。

「…そうです。鮫島と、ランチです」
「あ?」
「あなた方は知らないでしょうが、部長だって、そうやって捜査したでしょ」
「はぁ、それはなぁ、」
「行ってきます。帰ってきてからにしましょう。何か持ってきたらいいんですよね?」

 精一杯の虚勢だった。内心、わりと副部長のそれは怖かった。

「わかった、やってみろ若造が」

 吐き捨てるような副部長の一言と、「恭太、」と追いかけてくるような愛欄の声。
 しかし僕は振り返らなかった。ここで振り返っては、恐らく一生僕はこのままだ。
 そのまま僕は警察署を出た。出たときに振り仰ぐと、嫌味のような青空が目に入った。

僕は今何をしているんだろう。漠然とした疑問が胸をしめた。

 谷栄一郎が言った「警察の闇」を僕は暴きたいのか、彼らのように「犯罪の闇」を暴きたいのか、最早わからない。
 それからまさかの、鮫島からのコンタクトと部長や監督官の秘密を教えてやると言われてしまったら、今の僕にはやることがそれしかない。

 そして徐々にわかってくる事実と虚偽の狭間に、僕は今、太刀打ち出来ないでいる。挙げ句の果てにわかりやすい波紋を呼び、撹乱はさせた。

 彼の狙いは実のところ、ここ数ヵ月見てきて思うに、あの執着の終着点は多分、どこにもないのではないのかと思える。ただ、死ぬには確かに充分な理由だろう。彼は彼で、この事件や関わった人物に、深く傷つけられたのだから。

 もしかするとこれが俗に言う「ストックホルムシンドローム」というやつかもしれない。僕は彼に、正直感情移入しすぎて今、こうして彼が言う通り向かってしまっているのだ。

 ただ不正入手と言われるには場違いだ。ちゃんと鮫島には証明を頂こう。
 あそこが健全な会社なら、それくらい訳はない。

電車に乗って、彼のことを考えた。
恐らく、僕も彼も間違っているのだろう。だからこそ、はっきりさせよう。
はっきりと、間違いだとどちらか一方に言われれば、僕はあっさり吹っ切れる。 

 目的地である六本木にある公園についたとき、初めて見るがそれが鮫島だと一目でわかった。

 何故なら、いくら土地柄とはいえ市民公園の入り口に、黒いベンツを停めてしまうような非常識さは、商社マンしかあり得ないだろうと容易に予想が出来るからだ。

 試しに近寄って窓ガラスを叩いた。左ハンドルの、すぐ近くにあるスッとした顔の、目鼻立ちのはっきりとした、どこか精悍な感じの茶髪の男は怪訝そうな顔でミラーを下げた。

「…はい?」
「あの…鮫島さん、ですか?」
「…誰ですか君は」

 取り敢えず警察手帳を見せると、鮫島は少し顔色を変えて僕を見つめてきた。まるで、胡散臭いものでも見るような目だ。

「…どういうこと?」
「…僕は、厚労省特殊捜査本部の瀬川と申します」

 それだけ言えば鮫島は納得したようで、表情は緩くなったが、溜め息を吐かれた。

「なに?スミダ君は、来てくれないんですか?」
「そもそも…彼は知りません。全ては、僕がやっていたんですよ」
「へぇ…」

 そう僕がそう告げると、鮫島に顎で助手席を促された。
 一歩間違えば僕は死ぬかもしれないな。うっすらとそう思いながら車に乗り込んだ。

「いい度胸だね君」
「気に入っていただけましたか?」
「興味は持った。まぁ少しくらい暇だし聞いてあげるよ」

 それにしてもこの車、芳香剤の臭いが強い。それほど煙草が嫌いなのか、あるいは…。

「これは彼の意思なの?」
「どうでしょうね。まだ、理解は得ていないというかまだ秘密裏です。しかしきっと、部長ならわかってくれる、貴方の意思を」
「胡散臭いなぁ…。俺はてっきりマークされてるんじゃないかと思ってたんだけど、て言うか、今も思ってるんだけど?」
「いや、今は別問題が発生しています。ので、」
「別問題?」
「はい。幹部が一人入院しました。監督官の、星川潤です」
「星川…潤」
「はい」
「あぁ、そう。
ねぇ君さぁ」
「はい」
「そんなんで、まさか俺のところにふらっと現れたわけ?」

 鮫島の嘲笑う、挑発的な乾いた笑いと、何より、れでいて笑ってはいない鋭い眼光に背筋が凍る思いを感じた。

 マズイと、なんとなく本能が告げた。

「でも、いい情報だった。ありがとう。君は、立派な犯罪者だ」

そうなのか。
やはり僕がしていることは。

「裏切り者は、それなりの覚悟が必要だよ」

裏切りなのか。

「あぁ…」

 人通りのない公園、狂うような芳香剤の、人工的な金木犀の香り。

 視界がぐらついて目についた灰色の、車の天井と、ニヒルに笑った胡散臭い笑顔。
 衝撃は痺れるように、まずはシャツのボタンから始まった。口に流れ込むざらついた感触と、溶けかけた何か、錠剤だろうか。そう認識したときにはもう、遅かった。
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