ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 17th episode

9

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 先に構えたのは潤で。
 視線は全ての扉に注ぎ。
 微かな音、右、

「潤、退けっ!」

 流星が叫ぶと同時に潤の真横の扉が吹き飛んだ。すっ飛ぶように流星にアタック。
 抱き止められず、二人揃って床にダイブ。どちらかといえば頭を打ったのは流星だった。

「いてぇ…、」

 はっと気付いて潤は、下に敷かれてしまった流星を見る。
 苦悶の表情。というか、意識あるのかこれ。

「おぃ、流星、生きてっか、お、」

 かしゃっと後頭部で音がした。

「動かないで」

 女の声。
ビンゴだ流星。てか。

「化け物かよあんた」

てかアクション映画かよ、マジで。

 睨み付けて潤はそのまま振り向いた。
 やはりそうだ。

 中肉中背で案外特徴のない顔。しかし流石はマトリ副部長、肩幅の広い、その肩まである乱れた黒髪。

 麻薬取締部副部長、里中栄。

「FBIもとい、高田創太直属の部下、星川潤。元官房長官星川ほしかわたくみのご子息でお間違いないかしら」
「…よくご存じでらっしゃんなぁ、あんた」
「そちらに寝転がっていらっしゃるのは貴方の警察学校同期生で、
 海上自衛隊学校関連のお友達、元国家特別テロ捜査本部の同期、現在特殊捜査本部の壽美田流星さん、ですかね」
「さぁ、どうかね」
「まぁ、いいんですけど。どうせ殉職ですから。
 そちらのスミスアンドウェッソン、捨ててくださる?」
「やーだよっと!」

 離しかけた銃を素早く向ける。
 しかし体制的にははるかに不利だ。どう頑張っても腹に力が入る。

 相手はしかし、マトリらしい。チーターだ。だがまぁ、額に銃口が当たるくらいでビビりはしない潤である。

 元々死ぬ気でやっている。

 スライドを引くその腕に一発、相手が引ききる前に撃ち込んでやろうと撃った。
 だが相手もマトリ、死線は潜ってきている。潤の腕が動いた瞬間には額から銃口は離れていた。

「…婦女子に銃を撃とうだなんて、わりと嫌な男ね」
「…ジェンダーフリーなんだよ」

 互いがスライドを引き、銃口を向ける。

 ふと、
「茶番だな」
左の、後ろから声が聞こえて。

 銃声がした。

 里中が倒れる。ドサッという音に、見れば最早里中の頭がない死体が倒れていた。
 マグナム弾か何かか。取り敢えずリボルバーか。
 だとしたら非常に分が悪い。

 左を見れば、黒縁眼鏡。
 この男、覚えている。銀河ぎんがを、殺した男がそこにいる。

「…お前っ、」

 ふと、そいつが笑った。

「無様だな。
 立てよ、ホシカワ。それくらいの猶予はやるよ」

なんだこの野郎。

「上等だクソ、」
「待て潤」

 ふと、立とうとした潤に微かな声が掛かる。
 「は?」と言った瞬間ジャケットを引っ張られ、反動で座る羽目になる。

 変わりに立ち上がった流星が手にしたのは、デザートイーグルで。
 M18を座りこけた潤に投げて寄越す、狂犬。

「腹の傷開くぞお前」

 いや、

「余計開くわ…」

てか、
わりと開きかけとるねん。

「やっと、起きたか狂犬、いや…『ダナエ』」
「…あ?」
「覚えてないかもしれないな。
 お前のアホみてぇな記憶だとな、ダナエ。俺ははっきり覚えてるぞ。
 『昴の会』は皆平等だったからなぁ、ダナエ。だが、生き残ったのは俺と、お前と…」
「なんの話をしてるんだてめえ」
「お前のお陰で俺は生き残れたという話だ。
 お前があの人にベトナムで誘拐されて、生き残った俺は食料難になった。しかし、あんな殺戮のあとだ、血肉は、いくらでもあったんだよ、流星」
「…誰だてめぇ」
「忘れたのか?
 あの、昼間しかない宗教団体で共に過ごした日々を。
 そうさなぁ、俺はその頃こう呼ばれていた、メデューサと」
「メデューサ…」

 耳鳴りがする。
 宗教団体での、あの日々が。

「今では日本に渡り、『高梁たかなし銀次ぎんじ』の名を貰う」
「待て、誰だお前は」
「…箕原みのはらかいの、下僕だ」
「は、」

 銃口が向けられる。

「何もイツミは、
てめぇだけを救ったわけじゃねぇんだよ、狂犬」
「お前、」
「流星、」
「うるせえ、黙れ」

 リボルバーのハンマーが引かれる。
 酷くスローモーションに見えたそれに。

「Lefts,」

 潤の冷えたような指示が聞こえて。
 はっとして左に避けた。
 硝煙がした。嗅ぎ慣れたような、パラベラムの、弾薬の。

 パタッと倒れた音がして。
 前方からもした。

「潤、」
「はぁぁ、」

 生きてる。

「痛ぇ」

 だが振り向いた瞬間に右の蟀谷あたりを擦った。

 前方見ればまぁ、潤の一発が当たったらしい高梁。腹を押さえながら野獣のような目付きで「ごはっ、」と血を吐く。

 その瞬間、漸く吹っ切れた気がした。

「悪いな高梁くん」

 構え直して高梁の頭に銃口を向ける。

「俺はまた、死にたくないらしい」

 撃った。
 最期に高梁は笑ったような、そんな気はした。

 肩に来た、その反動は久しぶりで。
 高梁が倒れたのを感じて座り込んだ。

 潤を見れば痛そうだが、

「バカ」

それだけは声を掛けた。

「開いちまったんじゃねぇか、これぇ…」

 腹は確かに押さえていたが。
どうやら血は出ていなかった。
流石、化け物である。

「うん、開いてんな」
「うそっ、ま、マジ?」
「マジマジ」
「死ねよ、クソが」

 ふと潤が。
 顔の。
額下、目のあたりを怠く腕で覆ったので。

 流星は仕方なく、自分のタバコを咥えさせ、火をつけてやった。
 一口目で噎せていた。
 自分もゆったり、タバコを吸う。

「おい」
「なんだ」

 タバコの文句かと思ったが。

「生きてんな」

 震える声で潤がそう言った。

「残念か?」
「…わかんねぇな」
「そうか」

何て言うべきか。
まぁ、素直に。

「俺もかもな」

 そう答えた。
 それから潤は、何も言わなかった。 

 部下達が地下に駆けつけた頃には。
 わりと片付いていたが。
 二人の会話だけはどうしても。
 聞き取りやすい廊下で。
 まぁ雑音があったせい。
 聞き取れなかったと。そういうことにして、まずは、着いていかねばこの二人、いけないんだと、痛感したのだった。
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