ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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※The 28th episode

7

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 海軍訓練所跡地には、一台の白い、どこにでもあるような国産車が乗り捨てられていた。

 ついた頃に潤からワンコールあった。

 結局、潤から電話を貰っても1時間は掛かってしまった。時刻は0時を回ろうとしていた。本当だったら今頃、二人でのんびりと就寝していたはずだ。

「…もしもし」
『もしもし流星?ついた?』
「ついた」
『もう少しでつきそうなんだけどどうにも、追跡してた車、事故ったみてぇだ』
「は?」

 ここに一台あるけど。 
 不自然に後部座席が空いている。

『かなり激しく事故った後みたいで、警察がいま来たところ』
「こっちにもあるけど、明らか怪しい車」

 潤と通話しながら、確かダッシュボードに普段常備しているゴム手袋とポリ袋があったはずだと漁る。

『…じゃそっち向かうわ。
 蛇行とかしてたから、これも怪しいけど、堂々としすぎだし。まぁここは警察に任せるわ』

あった。

「…わかった」

 通話を切り、懐中電灯も持ってその乗り捨てられた車へ向かう。
 恐る恐る後部座席へ懐中電灯を当て覗いてみれば、足元に、注射器の残骸と、薬品が入った瓶。

ここで何かがあったのは確かだ。

 その場でゴム手袋をはめ、まずは瓶を確認する。
コデイン。
 ビンゴかもしれない。

 注射器とコデインの入った瓶をそれぞれ押収して一度車にそれらを置きに戻る。

 どのみち事件性ありだと判断し、ポケットからまた自分のスマホを出し、慧さんにもコールした。
 当たり前ながら休めていないだろう。しかしすぐに『はい、どうしました』と返事をくれた。

「すみません、お疲れ様です流星です。
 大至急東京湾の、海軍訓練所に来ていただけますか」
『かしこまりました。鑑識案件でしょうか』
「…はい」

 通話は切り、早速海軍訓練所へ入ることにした。

 今は使われてないこの場所は、本当は懐かしいはずの場所で。あの人がテロを起こしてから防衛相が捜査に入ったきり、ここはあのときのままだ。
 俺もあの、雨さんにここで学んだ19の時以来、来ていなかった。
 普通はこういう施設は、資料館になるらしいが、事件のあった場所という印象が強く、結局廃墟になったらしい。

 ドアを開けてすぐが広くロビーのようで。俺はこの入り口で、樹実に銃を突きつけられたし、雨さんから足元に一発射たれたんだ。

微笑ましい、はずだった。

 内部に入ってすぐ右の通路へ迷いなく向かう俺に、「来たこと…あるんですか?」と、後ろをついてきた伊緒が言った。
 声が、反響するような場所になったのか、ここは。

「昔ここで3日だけ厄介になった」
「はぁ…」

 伊緒は感嘆を漏らす。

 手前から三部屋目だけが開いている。
何か、揺らめくような小さな光が出ている。
 そこは昔、俺の仮の部屋だった、資料室だった。

嫌な予感しかしない。しかしそのわりには人の気配を感じないが、
 どこかから血の臭いはしてくる。懐中電灯を一度きり、ポケットに忍ばせていたM18を握り、スライドを解除する。
 それを見た伊緒も、同じくシグザを構えた。光が漏れて見えた伊緒に顎をしゃくって反対側へ回るように指示をした。

 血の臭いがする。

じわりと手が滑るのがわかる。
怖い、なにより。
環が無事じゃないのかもしれない。

 一息噛み殺し、俺は漸く銃を構えて部屋に入った。

「はっ…、」

 一目で目についた。
 部屋中央の、
倒れた本棚だろう台に、環が横たわっていたが。

「は…ぁっ!」

 腰が抜けそうになるも、最早銃はその場に捨てて、近寄る、より確かになり。

「…えっ、…っ、」

 絶句した伊緒の声はもう耳に入らない。

「たまき…、ぃ、」

 裸にされた環の裂かれた腹から、血が溢れていて。

「ぅあああっ、」

 顔は虚ろに天井を眺めているような、なんなのか。
 頬は生温く生きた心地がしない。涙の塩気は乾いて、首には手の鬱血痕そこに光るあの指輪と、半開きの口から垂れた血も乾いていて。

いくら触れても環はもう…。

「はっ…、ぅっ…あああぁっ!」

 足はついに腰を抜かし、環を、抱き締める自分がいた。

 妄言しか出てこない。自制心が狂いそうなほど、意識がないまま「環、環、」と呼んでいる。

「流星!」

 潤の声がして少し我に返れば「うぁっ、」と漏らした声まで聞こえた。

「環、ねぇ環…!」

 やっと出てくる自分の中の言葉は狂ったように口から出ていく。

環、環。
なんて、なんて。
怖かっただろう、痛かっただろう、どうして、何が間違って、こうなったんだ。

 狂ったままでいたらふと、細い見慣れた指が環の瞼に触れ、瞳孔を閉じた。
 背後まで潤が来ていた事に今更気付いて振り向けば、爽やかな、けれど蝋燭の光で涙を溢した潤が、環の顔を眺めていた。
 だがやはり「くっ…っ、」と堪えたように、俺から顔を反らして肩を、少し震わせていた。

「どう、して、」

 切れ切れな潤を見上げる。

「なんでっ、こんな、」

 怒気が籠っていく。
 また環を見下ろして荒々しく涙を拭った潤はその手を俺の肩に置く。
 手が震え歯を食い縛る潤を見て、俺はついに環の手を握り「ふはっ…っ、」と涙が零れ出した。震え出した、止まらなかった。

環、俺はまだまだ君と、この世界を歩いていなかった。まだまだ君と…、
わからないよ、もう、もう…。

「ぶっ殺してやる…ぅっ、」

 短く潤はそう殺意で言う。それから嗚咽を漏らして泣きながら、俺の肩を抱いてくる潤を見ることができなかった。

俺は、俺は、
ヒーローにはなれないよ、この先、ずっと。
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