ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 29th episode

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 慧さんや政宗が駆け付けても、流星はそれから脱け殻のようだった。
 せめてと最後の理性は、裸の彼女に自分のジャケットを掛けてやるくらいで。

 駆け付けた政宗も、言葉を失って何分か直立不動のまま「環ちゃん…、」と、驚愕の表情だった。
 後から現れた慧さんすら、一瞬戸惑った後に、「現場、保存しましょう…」と、無理に落ち着かせている声、漸くそれから「流星、」と政宗が声を掛けるも、返事すらなく。

 転がった流星のM18が目に入る。

「潤、頼んだ」
「…うん。はい…、」

 俺だって、まともに返事も出来ないまま、だけど冷静でいなくちゃならないのかも知れないと、頭を抱えた流星と、腰を抜かした壁際にいた伊緒を見て、「一回出よう」と、業務的なことしか言えないでいる。

 流星は立ち上がれない。
 伊緒と目があって、憎しみ混じった目で環ちゃんの遺体を見て、漸くよろよろと壁伝いに立ち上がった時だった。

「退いてもらおうか」

 聞き慣れた声に俺は一瞬事態を忘れそうになった。

 流星と俺以外、やはり俺と同じ「困惑」の雰囲気が漂った視線が、入り口に集中したのがわかる。
 その聞き慣れた声の人物を確認できない俺はきっと、どこかで、こうして出会うんじゃないかと思っていたんだろうと実感した。

「は、」
「なんでお前が…」

やっぱり。

「ここはFBIの管轄だからですよ」

…なんだって?

 漸く入り口をみた俺はやっぱり二重に、ショックやら何やら、色々な感情が動き出した。

 高い身長、口元の黒子。
 今は掛けていない黒縁のダサい眼鏡の向こう側の薄顔。優しい笑顔のはずの彼は、笑いもしない侮辱的な、睨みとも言えない鋭い目付きで言う、政宗に言う。

「あぁ、“機動捜査隊隊長きどうそうさたいたいちょう 山下やました祥真しょうま”の方が、ピンと来ますか?」

 軽く嘲笑った口調だった。

「…なんだ、それ、」

 政宗は祥ちゃんにそう言った。
 だが祥ちゃんはこちらは見ても俺を見ずに「流星、あの女は誰だ」と、
驚く程軽蔑が混じった低音で、流星に言い捨てる。

 それから俺を見る目付きは他と変わらない。

「“特殊捜査本部現場監督官とくしゅそうさほんぶげんばかんとくかん 星川ほしかわじゅん”氏に訪ねたい。これは一体なんなんだ」
「はっ、」

 漏れた言葉は最早言葉ではない。

あんた一体何者なんだ。

 イライラしたように祥ちゃんはタバコを取り出し吸い始める。そう、赤の、ポールモール、次元と同じタバコ。
 そんな風にイライラしてタバコを吸う、殺伐とした姿、今まで見たことなかった。

「あ…、
 あんただって、どういうつもりで」

 ケータイが鳴った。

「失敬、」

 と断りを入れてから、ダルそうにガラケーを耳に当て、「はい、もしもし…」と、殺伐的に電話に出る。
 少し相槌を打ってから山下祥真は虚ろにまたこちらを見て「流星、」と無情なまでに機械的に放った。

「いまから高田さんが来る」

 その声には少し、少しだけ情があるような声なのに。

「青葉環は高田さんが処理をするそうだ」

 機械的で。
間を置いてから

「おい待て、処理ってなんだよ山下!」

政宗が山下祥真に掴み掛かる、そんな勢いで向かっていけばケータイをしまう。
 やっぱり掴みかかった政宗に山下祥真は言った「処理は処理ですよ」と。

「それと、ユミルは教会で発見されましたから。まぁ、死んでないと思いますよ」
「はっ、」
「流星。
 ユミルはてめぇが大暴れしたあの教会にいるぞって聞こえたか、おい」

 政宗に掴まれながら流星を冷たく眺め、煙を吐く。

「なんとか言えよ狂犬。
 てめぇがユミルを差し向ける生温さで喧嘩売ってきたんだろうが」

 流石にぴくっと起きた流星は言う。

「なに言ってんだか微塵もわかんねぇよケルベロス」
「ホントはわかってんだろ。
 なぁ、その女は誰だって聞いてんだよ。また同じだな、樹実さんと。密葬でいいよな流星」
「樹実と一緒って」

 政宗を無視する山下祥真と、本格的に顔を上げた、怯えた顔をした流星。殴り掛かる勢いの政宗に、俺は流星を離して立ち上がる。
 流星が見上げたのも、政宗が驚いて力を一瞬抜いたのもわかる。

「退いて」

 政宗に掛けた言葉は、驚く程冷たいが、怒気が八つ当たりのように出てしまった。

 震えるような気持ちで「祥ちゃん」やっぱり少し声が震えた。

 何故かそれに少し、いつもの表情と困惑が混ざった表情の祥ちゃんに、心を殺さなければならなかった。

「女の前で争うなんて紳士じゃねぇよ」

 完全に政宗は手を離した。

「どういう理屈か知らねぇが、環ちゃんを早く解放したい。政宗も慧さんもそうして。
 彼女は最初の被害者だろ」
「それはムリだよ潤、」
「ムリじゃない」

 祥ちゃんが吐いた溜め息は震えている。
解り合えないかもしれない。

 静かにS&Wを抜いて、俺は山下祥真に向けるしかなかった。

「…参ったな…」
「高田さんがどうするかなんて俺には関係ない。その子はもっと関係ないだろ」
「…潤にはわからないだろうな、こんなもの」
「わかりたくも、」

情けない。
気が遠くなる気がする。
俺は何も知らなかったんだよ、全部。

「潤、やめてくれよ、」

 流星の声がした。
 後に、首筋に拳銃の、冷たさが当たった。だが銃口は祥ちゃんに向いていて。
 急激にまた冷たい視線になった山下祥真は、顔を歪ませて言った。

「表に出ろ、」
「…そんな場合じゃねぇんだよ」
「俺に銃を向けるのは、」

 下げた。あの流星が。

 そして俺の肩を掴み「悪いがまずは伊緒と、…政宗と慧さんに、教会へ向かわせてくれ監督官」

「はぁ?」
「待て流星。お前なに考えて」
「部長命令だよ」
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