ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 35th episode

4

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 実に、一年ぶりに流星はこの場所に来ていた。 
 頭のなかで、昨日までの部署の出来事を思い浮かべる。

 事件は終幕となったが、そこには闇ばかりを残している。捜査の打ち切り、組織としては当然の処置だろうと思うが、頭で浮かべた事柄が捜査報告書のように淡々としているのは、全てを手放して戻る場所が、元来の職場であったかもしれない。

 しかし。

 この捜査報告書を提出するほど自分は冷淡な人間ではなかったのだと、少しばかり安心したような気がした。

 端から。
 どうだろうか。
 自分のしてきたこと、そして生き方、生きた場所、こんなものを信用していたのかと言えば、そうではないだろうと、それだけははっきり、ここに来て思えた。

 自分は白い、白い箱のなかで生きていたようで、それを塗り替え、塗り替え、踏み潰すように何度も塗り替えてきた今は、真っ更なのか、薄汚れているのか。

 道徳や利己やその他を相手取ったとしても、シンプルに、どこか冷静で澄み渡った心のなかに、今一つのジャックナイフを隠し持って何を、しようとするか。 

 この凶器はもしかすると、一撃で己を殺すかもしれない。

 樹実。
 いや、俺。
 まだ声は届いているようだ。
 せめて、自分の存在を照らしておいて欲しい。ここに存在した何者かは、きっと人だったのだと、照らしていてくれないか。
 誰に云うでもない。

 壽美田流星。

 生まれてすぐに見えた星空は覚えていないけど、生まれた瞬間のあの広い夜空は今でも、はっきりと眼前に浮かぶようだった。

 その暗闇は涙を流すほどの感情で、血が流れた瞬間だったんだと、目を瞑って思い出す。

 これですら、コードネームでしかないのだろうか。
 この破壊の終幕は。

 FBI日本支部の前にいた。
 この男はたった今、重い銃を構え直し、静かに、静かに気配を消すようにポケットに仕込んだ手榴弾を確認した。

 冥府、入り口にて神を食い殺さんとする。ケルベロスの暴走は死者の敗北を破滅させ、ハデスを押さえ付け地獄へ落とした全知全能の息の根を止めるのは。
 ただ1匹の、狂犬だったとして。

 あの飢えた子犬のような日々は、そう、膝を抱えて仲間を眺めた。そんな日々に俺は何を感じてたっけな。

 流星は本部に入り、手際よく捕獲しようとするものたちに銃を向けた。
 破壊は銃弾を越え、帝国を失楽させるかのように、フロアを一気に破壊する。

 この銃は冥界王が授けた、デザートイーグルで。
 グレネードは彼に残された最後の知恵だった。

 樹実、俺はずっと
寒かったよ、星空のように。いまも昔も、その前だって。

 一階フロアが崩れることなく爆煙を残した頃にはアサシンの姿はなかった。

 騒ぎは大きいはずが、足元に転がるのに流星の姿はない。

 だから足元に転がる子供たちを自分は、自分は忘れて生きてきたんだ。

 二階でもうすでに、淡々と一人のFBI捜査官、人質を携えて向かうは支部長、…義理の父である高田創太以外に目的はなかった。

 殴ったか脅したか。流星は人質の首にジャックナイフを押し当て向かおう者には「殺すぞ」と低く唸る。何人かを蹴り飛ばし何人かを負傷させたが恐らくそれでも死者がいないのは、それでも流星が発砲をしなかったからであろう。

 そうやって少年は過去を引き裂かれてしまったんだ。
 そうやって鮮やかに、子供の悲鳴は飲まれていったんだ。

 鮮やかなテロの手順に、支部長はまだ射殺命令を出せていない。
 当たり前だ。向かう先はそこなのだし何より戦闘に於いての流星には無駄がない。

 生き残ることに無駄が、ないのだ。
 食らいつこうが、その手を離すことが、なくて。

 5階の支部長が騒ぎに気付くには、流星は人質を盾にしエレベーターで5階に向かっている。

「…やっときたか」

 騒ぎを聞き入れた高田創太は、
 腹の底から冷たい愉快さが涌き出るものだと、「ふ、ははは…!」と笑いを隠せなかった。

「高田さん!」

 と焦りに舞い込んだ部下には「あぁね、」と返す。

「エレベーター止めるのにも時間がかかるしね。
 というか、お前らは犬畜生1匹に何してるんだ?」

 犬が歯向かうのには理由はひとつしかない。
 飼い主に懐かなかったというだけの話だ。

 焦って飛び込んだ護衛の男に高田は銃を向け、そのまま引き金を引いた。

「バカと無能は本当に一種類しかいないもんだな」

 かつての、相棒を思い出す。
 バカと無能は、一種類しか存在しない。殺されて当然だということをわかっていない。

 喧騒の廊下に刻みの良い打撃音と物騒が聞こえてくる。

 高田創太は久々の戦地に、震えるような興奮を覚えた。

 一成。
 聞こえるようだな、あの日の波音が。
 フィリピン沖の最後に草影から見た死海が波音を立てて甦るようだ。

 あの日に俺の世界は全部終わっていたんだ。
 手に握る軍支給の重ったるい感触を思い出す。

「高田さん」

 静かな、腹底に響く漣が現実を見せる。
 唸る声は入り口だった。

 目の前で人質を蹴り飛ばしナイフを捨て、気絶した男を遮断するように支部長室の扉を閉めた流星の姿は、まさしく狂犬。

 血一つ被らない汗ばんだ表情は「…高田創太」とぎこちなく言い、拳銃をぶら下げるように手にして睨み付けてきた、その表情はどうやら一瞬で正気に戻ったようで。

 一体、何を抱えてここまで辿り着いたのかな、お前は。

 なにも言わずに睨んでいるその青年は、これを連れてきた青年とも自分の相方とも質の違う強さを持った眼差しをしていると髙田は静かに感じた。

 ついに。

「ふふふ…ははは!」

 来た。

「バレちゃったか。
 君一人?ずいぶん時間がかかったようだね壽美田」

 高田がそう言えば流星は、「何故だ、」と吠えるように低く言い放ち銃口を黒幕に向ける。

 とっくに。
 破壊など始まっていたんだよと、「ははは、はいはい…」と笑って答える。

 答えなど、複雑で、簡単だった。
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