ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 36th episode

7

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「…っざけんなっ…、」

ふざけるな。

「…ふざけてないけど」
「…んなんでぇ…、楽に死ねると…、本気で思ってんのかこのクソ野郎っ、」
「楽だったと思ってんのか、」

 血液が止まらない。
 頭はくらくらしてきたが、スチェッキンを掴んで捨てるくらいの体力はあった。

「…思ってねぇよ、
俺があんたを殺したらの話だ、頭悪っ、そんなんで、そんなんで終わったら、いままでなんていらねぇんだよっ、
どれだけ、どれだけ俺も苦しんだと思ってる、てめぇ、本気で、ぶっ殺しても足りねぇけどてめぇごときで、」

 声が震える。
 血液なんて足りねぇつうのに。

「夢見てんじゃねえよっ!んな軽くねぇっての、この野郎、起こしてやるっつってんだよっ!」

 息も上がっている。
 それに一瞬髙田は泣きそうなような、そんな表情をした気がする。
 見た気になりたいがそれは夢でしかないんだ。

 血液は感覚を持っていなかった。

 だが、気は済まない。

 高田が流星の目元に触れてただ、「そうだな」と言い、感覚のない流星の右腕に握られたM92を奪って蟀谷に当てるのは早かった。

 いい加減にしろ。
 全ての感情が渦巻いて潤はやはりそれを止めようと、二人の先にある机に威嚇射撃をし、捉えようと近付くのだけど。

「どうして」

 その流星の声に一同はぴたりと、止まった。

「…せめて。
 どうして樹実を拾ったんですか。
 俺を…拾ったんですか」

 沈黙が流れた。
 髙田は表情を無にし、それから「さぁ…」と続けた。

「一成を、…忘れていなかったなんて、陳腐な答えでは許してもらえそうにないか」
「…いや、」
「樹実は一成が…、曽田から引き取り、手塩にかけた子供だったんだ。一成に良く似た、胸糞悪いほど明るく純粋なやつで…」

そうか。
あいつはいつも、心に残る。それが、多分ヒーローというやつだ。

「…どこかでずっと、忘れられていないんだ。俺だって、純粋に、失いたくなかった、ヒーローになりたかったよ、本当は」

それは。

「…あんたのせいじゃないか、なぁ、高田さん」

それでもあんたはいま生きているんだ。
やり直せる?違う、やり直さなくたって、それを見つめることは可能なはずだ。

 なんて、甘いだろうかと流星の頭に過る。
 甘くたっていい。それほど人間は単純に出来ていないのだから。

「…君の父に言っといてくれ、
 大嫌いだったよクソ野郎と」

 だけど。

 別の発砲音に潤は止まるしかなかったし、流星も返り血と、弱まりするっと落ちた高田の腕、体に押し倒されたように寝転ぶしかなかった。

「はっ、」

 息を吐く。

「…高田さん?」

 呼び掛ける。

「…高田、さん、」

 それはもう。

「高田さんって、おい、コラ、」

 一瞬にして、
死んでいた。

 唖然として潤も、政宗も。
 動くことが出来なかった。

「…なに、それ」

 なにそれ。
 勢いに任せて流星から剥いだ高田の死に顔は思ったより、
銃弾に耐えるためか歯を食い縛り苦しそうだった。

「…なに…?」

 潤が拳銃を下げ、へたり込んで高田を眺めて、流星はぼんやりと思う。
 政宗も「おい!」と声を荒げて駆け寄ってきた。

「…ははっ、」

 やはり、そうだ。
 ヒーローになろうなんていう概念が間違いだったが。
 違うな。
 体温が下がる。

「流星…?」

 相方の声が近くか、遠くかで聞こえる。

 初めからヒーローなんていない。
 だが、自分はいたのだな。ずっと昔から、変わらず側に、離れることはなく。

 漸く銃を下ろすときが来たようだ。

「流星、おい、流星!」

 誰しもそう、銃を携えている。
 銃はいつでも敵に向けるための道具でしかなく。

『一人を殺したらもう戻れないんだよ』

 本当にその通りだった。
 己を殺すまで、永遠に、安息なんてなかった。だが、安息を望むために人は誰かも自分も傷付けていくはずだろう。

 片付けられない感情は、弾詰ってしまうことがあるらしいけど、と。

 流星、流星と煽るような声が聞こえる気がする。

やっと見つけたよ、樹実。
みんな、本当は真っ直ぐなんかじゃなかったんだね。けど、あんたはどうだったかな。
ただただ、その背中は寂しそうに見えた気がしていたんだ。

 ただの我儘だって、誰かを守り傷付けるんだよ。世界は、それほど綺麗じゃないらしい。

ねぇ。
これでいいかい?みんな。

 遠くに、海の先に。
 誰しも、下ろせなかった銃を下ろして純粋にそう、問いかけてみようと思えた。

下ろす場所、見つけたんだよ。
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