水に澄む色

二色燕𠀋

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 話に入らないまま、伊織は少しだけタイミングを見て「そろそろ帰るね」と、席を立った19時30分頃。ドリンクラストオーダーの少し前。

 「え?早くない?」が沸くなか、「明日仕事早いんだ」と同級生に嘘を着いた日曜日。

「そっか、東京だもんね」
「…幹事誰だっけ。みんなも、楽しかったよ。ありがとうね」

 「中田くんだよ~」という情報に手を振って、中田を探せば光敏はいつのまにか帰ってきていたその隣。中田にもお礼を言って一足早く帰ろうとしたけれど。

「あ、真柴さん、一緒に行こ。煙草外なんだよね」

 「またかよ~」「ヘビーだなぁ」と言うのを無視した光敏と、席が見えなくなるまで歩いたら「やんなっちゃった?」と、聞かれて。

「…俺も帰ろうかなぁ」

 特に返事は待たない会話なのに「決めた、帰る」と言い出して。

「駅までさ、行こ。ちょっと待っててよ」
「…ごめん、ちょっと急いでて、」
「すぐ済むから」

 勝手にまた戻る際に、ケータイを確認していて。

 「わり、帰るわ。じゃぁね」と言う声が、聞こえた。

 次は、上野、上野です。

 …思い出すのに充分な距離だったな。
 今思えばあの、ケータイを確認する動作。
 いかにも「奥さんから怒られちゃったよ」という、仕草。

 光敏は本当に結婚していて、最近子供が出来た。

 電車を降りて一瞬、何してるんだろうと思うのに。
 でもそれは前から変わらなかったなと、上野駅の何口だろうとぼんやりする。

 時間は18時27分。大分早く着いてしまった。光敏にはこちらから何口かを指定しても良いし…本当は引き返してもいい。

 「上野は何口?」と送るもすぐに返ってこない時間だと伊織は知っている。
 パッと目についた不忍しのばず改札からテキトーに出て、そこでちらっとケータイを確認すれば「どこが近い?」と返ってきていた。

 「ちょっと早く着いたから、どこかで時間潰してる。不忍口あたりにいるね」と送れば「丁度良いかも」とすぐに返信がくる。
 なら、良いかなと、「お腹すいたな」と返したら、それは少し歩いたカフェに入っても返ってこなかった。

 都合の良い女。
 わかっている。

 だけど吉田は美味しいものを食べさせてくれてホテルまで用意してくれる、リュージと気持ちが合わなかったことがないし何より優しい。
 だから都合が良い女ではない、わけでもない。

『あんたなんて都合良く遊ばれてるだけだよ、』

 高校生の沙紀の、歪んだ顔が不意に浮かんできた。
 そうやって友情は破壊されてしまったが、沙紀のことは元から好きじゃなかった。

 サッカーの話を男子としている光敏の表情が好きだった。楽しそうで、一生懸命で。
 引退試合に出れなかったときの落ち込みようったらなかった、だけど全て遠目から見てきた物だったはず、クラスの端の席で、こっそりと。

 話したのはありきたりで、確かあれはクラスの役割が決まらなかった時。
 あまり人気がなかった「広報係」にクラスの「早くさっさと誰かやれよ、なんなら真柴だけでいいじゃん」の雰囲気に、

「じゃぁ俺やるよ」

 と明朗に桝が言って漸く係活動の話し合いが終わったのだ。

 決まらなかった理由は、係活動は全員ではない、38人の中の12人程度が6係に入る、それなのにある、「広報係」。無理に1係2人もいなくて良いんじゃないかと言う空気で、伊織も後半はそれでいいと、思っていた。

 係に入らない生徒は大半が、余ったもう一時間を自習と言う名のお喋り。
 入った生徒は今後の係活動についてで、「広報係」は所謂、クラス新聞のような物を作る役割だった。

 確かに、その係活動は中学のような内容な気はするし、それ以外の係活動すら入らない子達は皆バイトやら部活やら受験対策やら、理由は様々あった。

 伊織にとっても、文章が得意だったからなんとなくやってみようというその日の気分だったに過ぎなかった。
 もしも伊織がやらない、0人の係活動であれば高校生だし、その係は消滅し「3-2は広報を出していないクラス」くらいで終わった筈だ。

 だから、話し合い早々「俺、国語とか苦手なんだよね」と言った桝に驚いたのだ。

「…無理にやらなくてもよかったんじゃない?」
「まぁね。でもなんかあーゆー、なんつーの?嫌味とかがまとわりつきそうな空気、なんか嫌いでさ」
「…ごめんね桝くん」
「いや?いいよ別に。興味持ったから」

 それが不思議でならなかった。

「…桝くんは部活もあるし」
「そうだな、何か手伝う、とか…かなぁ?でも、そんなに大変でもないかな?」
「…うん」
「あ、絵とか描こっか?」
「え?」
「落書きとか得意だよ。何気に美術もA」

 それがとても新鮮で、「ふふ、」と笑ってしまって。

「そうだったんだ、桝くん」
「良く言われる。サッカーバカじゃないんだっ、て」
「凄いね、運動も出来て文化系も優秀なんて」
「才色兼備って、合ってる?」
「あはは、違うかも?」
「なんか、」

 桝はにっこり笑い、そして何故だか俯いたのだ。

「どうしたの?」
「…いや、まぁ、じゃぁ俺絵、描くよ。真柴さんは絵とか、得意?」
「あんまり。助かるかも」
「よかった、あとはじゃぁ配るとき運んであげる」
「ありがとう」

 心がむず痒いような、暖かいような。そんな気持ちになったのを思い出す。

 ケータイに通知が入った。18時45分。画面に「桝くん:着いたよ」と書いてある。

 ちょっと早かったなと思いながら、伊織はカフェを出た。
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