水に澄む色

二色燕𠀋

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 駅に着いてすっと、全てが遠くなった気がした。
 いつも通りかもしれない。

 助手席で脱け殻のままだったストッキングを履いたら伝線していた。けれど、激しい訳じゃない、よくあるくらいの二本の筋。

 「伊織、」と言う桝に「連絡先を、消してくれないかな」と、自分でも思ったよりも冷たかった。

「私も消すから。
 あと、ローターとゴム。このゴミ箱に入れて」

 ケータイ画面で桝の連絡先を「削除しますか」はい、を見せつけ、それでも動かない桝に、伊織は手を出した。

 観念したように桝は始めにローター、次にケータイを渡してきたので、自分の連絡先を削除して返した。

 気付くのが本当に遅かっただけだった。

 「伊織、」と呼ぶ桝に伊織は振り返らず、「バイバイ」と言って車から降りた。

 泣きそうだなんて、見られたくない。

 どっと中からぬるっとした、白濁色の感情とも言えないものが流れて、痛さに泣きたくなった。

 「ここはタクシーっしょ」と先日言ったリュージを思い出したが、歩いて帰ろう、泣きすぎたと、少し痛む股に「無様だなメス猿」と言う自分の声が頭に響いた。

 …みんな、どうして好きだと言えるのだろう。
 いや、
 そんなこと言われたのって、いつだったっけ。

 そう、そう。
 わからないや。

 吉田さんはいつでも優しいし、正直で、真っ直ぐで。
 リュージは一見やる気がないけど、優しくて、キラキラしていて。

 でもそんなもの。
 …そんなことすらよくわからない。ただの嘘で、それに気付いたらぐちゃぐちゃと頭がおかしくなりそうだ。

 見られたくない、自分はこんなに何もないで、最低で、だから愛想笑いばかりしてその場しのぎで、ねぇ、薄汚いでしょ?
 そんなこと、見ないで欲しい。

 気持ち悪い、太股とか、ベタベタで。全部が惨めになっていく。でも、それできっと、丁度いいや。

 ずるずると、何分歩いたかわからなかった。
 引き返してどこか、知らない場所に行ってしまおうかな、このまま、小道とかに入れば、実はわからない場所に行けるんじゃないかな、東京なんてどこも、道の景色、変わらないし。

 ぼんやりそう思いながら、家についてしまった。

 帰ってすぐに、あぁん、あぁん、とアホみたいに女の喘ぎ声がする。
 なのにリビングは開け広げてあって、テレビの光が見えて、何故だか知らないが吉田が見える位置に座っていて気まずそうにこっちを見たのが見える。

 なんでだろう。
 …確か、盛大に「胃が痛いんで病院行ってきます!」と言って部長に舌打ちをされながら帰って行った気がするけど。

 ぼんやりする。

 リビングに行けば当て付けのように、デスクに手を付いて「ああんああん」と喘ぎながら、上司とセックスしている女がテレビに写っている。
 一体どんなつもりなんだろうと、「…ただいま」と言えば「お帰り」とリュージが酒を飲みながら言った。

 「吉田さんと会っちゃった」とリュージが言う先にある水槽。そうだ、お腹すいたな。

 「おぉお帰り、いや、お邪魔してます」と気まずそうな先輩もそうだ、具合、悪かったんだっけとまた思い出した。

「先輩、大丈夫ですか?
 確か、体調不良でしたよね」
「あっ、うん、病院行った、この辺の」

 そうか。
 それはよかったと、というかまずは着替えようと伊織は自室に入り、正直この、ベタベタのまま部屋着に着替えるのはどうなんだ、でも不自然だよなと着替えていれば吉田は見てしまった、と驚いていたけど、今更である。

 ボーッとする。でもベタベタだ、お風呂に入りたい。

「風呂?」
「うん」
「飯は?食った?」
「ううん、いらない。そしたらフグにあげる」

 あぁ、サンドイッチしか食べてないな。でももう食欲すらない。

 ぼんやりしながら、何か喋った気もするけど、伊織はすぐに風呂場へ直行し服を脱いでから気付いた、いつもの手順、脱いでいる間にシャワーを出してお湯にしておくというのを忘れてしまった。

 まぁいいや。
 頭冷やしたい。

 でも、シャワーが冷たくて「冷たっ、」と一人で声が出た。頭が冷めるとかいう問題じゃないけどまず。

 痛いなぁ。
 まぁ、変な器具でぐちゃぐちゃにされるより…断然ましだろう…。

 変に冷めてしまった。
 何処まで痛いか…あぁ、わりと中まで痛いなと、じめじめした中にまた思い出す、今日の車内。

 …好きだよ、伊織。

 そう桝に言われた首筋。まずはそこから洗おう、冷たいうちに、いや、もう暖かくなっちゃったな。

 だらだら、だらだらと身体を洗っている。どこもかしこも血生臭い気がして嫌になる、暖かければ余計に。
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