白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋

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春塵

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 ただぼんやり、ぼやけたような日常を見つめている。

 目の前の、白い壁、人工的な花畑、真ん中にポツンと置かれた位牌と柔らかい笑顔。真っ白な、大きい箱。

 線香の煙が真っ直ぐ細く昇って逝く。この火は今夜、絶やしてはいけないのだという。

 ぼんやりとした灰色の日常。鮮明な記憶は、三日前の事件だった。
 いつも通り、本当にいつも通り、一緒に学校に行ったはずだった。

 春前の移ろいやすい気候の中で、やっと晴れた日だったのに。
 そろそろ線香が尽きてしまう。次の線香に火を点けよう。

 ふと、さっきまで線香番をしていた父親が置いていった紺色のタバコが目に入る。非日常の中の然り気無い日常。
 棺桶の中をそっと覗いてみる。痣だらけで酷く傷付き、水を吸って膨れてしまった顔。遺影の笑顔が嘘のようだった。

 背後が、なにやらどたばたと音を立て、荒々しく障子が開かれた。

あゆむ!」

 振り向くと、肩を怒らせ泣きそうになった幼馴染みの椎名しいな一喜かずきと、慌ててそれを追いかけてきた岸本きしもと隆平りゅうへいがいた。

 一目散に一喜は弟のとおるの側まで寄り、俺を押し退けてその棺桶を覗き込んだ。息を呑んで震える手で、澄の頬を両手で包み込み、項垂れてしゃくり上げた。

「澄っ…!」

 誰も何も言わない。一喜の啜り泣く声だけが聞こえる。

「歩、お前っ…!」

 やっと捻り出したような声。一喜はそれから馬乗りになって俺に掴み掛かり、俺を押し倒した。

「一喜!」

 隆平が一喜を俺から引き剥がそうとする。
 線香の煙が、細いなぁ。

「ここまで、ここまですることなかっただろう…っ!」
「やめろよ一喜!」

 漸く軽くなって俺は起き上がり、マッチで線香とタバコに火を点ける。

 タバコを吸ったのはこれが初めてだった。初めてにしては、多分ちゃんと吸えた。何故なら火が消えずについたから。

「最低だな、お前…!
てめぇが…てめぇが死んじまえばよかったんだ!」

 そのまま一喜は、それを言い残して部屋を出て行った。

「…理穂りほが…今朝、誰かに襲われたって。制服がもうずたぼろで帰ってきたって」
「え?」
「誰にやられたかは言わないそうだ…。
下着が…、学校の…プールの更衣室で見つかって」
「なにそれ」
「…お前、澄を見つけたとき、誰もいなかった?」

 そうか、そーゆーことか。

「…俺だよ。
 全部、俺がやったんだ」
「そんなわけない、歩、」
「りゅうちゃん」

 隆平は黙った。隆平は、多分何かを知っている。昔から隆平は、わかりやすい奴なんだ。

「恨んだ方が、楽なこともあるだろうからね」
「何言ってんだよ、歩、」
「そうそう。俺、理穂が好きだったんだよ。だから理穂に最低なことをした澄が憎たらしくて、ぶん殴ってたら死んだんだよ。
 たまたまその時ね、理穂と会う約束をしててさ、それ見られたから、メチャクチャにしてやったの。
 もう最高だったよ。泣き叫ぶわ、だけどあいつも何?後半ノってきちゃってさ。けど泣いてた。マジ最高。
 悪かったな澄。お前のマドンナは俺が穢したよ。恨むなら、呪い殺せよ。恨むなら、もう遅いけどな」
「もうやめてくれ歩。そんな、そんな…!」
「岸本」

 ごめんな、こんな兄貴で。
 だから、優しく微笑まないでくれ。

「は…?」
「お前、リーダーシップ、ある方だよな?」
「え?」
「任せたよ、生徒会長」

 ごめんな、こんな友達で。

 タバコの火が昇る。
 灰と共に消えた真実。

 それでいい。
 どうせこんなもの、嗜好品でしかないんだから。

 次の日の葬式で髪を明るくした俺を見て、一喜も岸本も驚いてた。

「歩くん…どうしちゃったのよ」

 そう言って、もう一人の幼馴染みの佐々木ささき深景みかげも、大号泣して何度も弱々しく俺の背中を叩いた。

 父親も母親も呆れていた。不謹慎だと俺を捻って、火葬場からの帰宅を命じられた。

 最後に澄を見たのは、肉もなく、真っ白になった姿だった。
 帰りながら、火葬場の煙をぼんやりと眺めてタバコを吸った。

 雨が嫌いな澄。不思議だ。火葬が済んだ頃を見計らったかのように雨が降りだして。

 どうしてこうなってしまったんだろうかと思い返してみたら、間違いなくあのとき、俺がもう少しお前の話を聞いてやったら気付けたんだ。

「お兄ちゃんは、いつも凄いや」

 無邪気に言う澄の笑顔が遠く浮かぶ。

「僕には出来ないことが出来るんだから」

 そのために俺がした努力も、お前は見ていて、いつでもそう言ってくれた。俺を良い気にさせてくれた。

 でもそれはどうやら理想だったようだ。
 俺はお前を全然見てやれてなかったんだ。
 どこかで、お前なんかにわかるかと思っていたのもあるかもしれない。
 お前の兄貴はこんなに自分勝手だ。だから頼むから、恨んでくれ。

 雨粒が当たる。

 あの水の感触。
 重かった。信じられないほど、ひ弱なお前が重くて、凄くひんやりしていた。いくら抱き締めても伝わるのは、水っ気と止まった身体の低体温だった。
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