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春塵
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学校には週3回、カウンセリング教室の日だけ通った。学校の事情を俺は何も知らないままだった。それが、俺だけなんだか浮いているようで心地よかった。
徐々に確立される俺の立ち位置。みんな遠巻きだ。それでいい、それがいい。
どこで誰とすれ違っても誰も声を掛けてこない。岸本がなんとか接触しようとしてきても俺が避けてしまう。あとは教員が少し目を光らせるだけ。
カウンセリング教室以外、最早居場所がなくなっていた。でも、そうなってみると凄く楽だった。
カウンセリング教室に来る生徒の大体は、どうにでもなる悩みを抱えてやって来るように見えた。苛めだろうがなんだろうが結局は自分ももう一歩出てみろよ、と言うアドバイスをして終わる。
だが確かに苛めは質が悪い。中にはそいつらの被害妄想じみたものもあるが、それはそれでやっぱり質が悪い。
「みんなから無視されているような気がする」
「私は生きていない方が良い気がする」
「何をやっても上手くいかない」
大体こんなん。それに対して俺は、
「無視ならまだいい。ある意味構ってもらえてる。俺なんか家じゃ空気だ。親にかれこれ半年以上会ってないが定期的に金が置いてあるし、毎日飯だけある。ただそれだけだ」
「生きていない方がいい?生きていた方が良いってじゃぁなに?よくわかんないんだけど。人なんて誰が死んでも生きても大差ないから。生きていたけりゃ、勝手に地位が出来る。生きていたくなくても勝手に地位が出来る。死んだらなくなる。それだけじゃん」
「何をやったら上手くいくかを考えたことがないから、何をやっても上手くいかないなんて逃げ道を作るんだよ」
そうやって思ったことを全部ズバズバ言って返してきた。
来るやつが減ってしまった。
「せんせーごめん、来るやつ減らしたわ。みんな嫌みたいだね」
と言うと、
「いや、ここは来ないならそれが一番だから。来なくなったなら、それは解決したってことなのよ。だから浦賀くん、凄いのよ」
「え?」
「アドバイスが利いてるってこと」
「単純に俺が嫌なんでしょ」
「それこそ被害妄想よ。嫌だったら誰かに言って、別に浦賀くんがいない時間とかに来れば良いし、なんなら浦賀くんを追い出せば良いし。
浦賀くんがいない時間に大体みんな一度は来るけどね。でもみんな結局納得してと言うか、結構感謝して巣立っていってる。これは本当よ」
「…あそう」
「なんでだと思う?」
「…わかんないよ、んなん」
「単純よ。みんな言うのはね、あなたが間違いなく真剣に返すからよ」
そうかな。
まぁふざけて返してはいないけど。
「誰にも聞いてもらえなかったことをみんな言いに来たりしてるから。それをちゃんと聞いて浦賀くんなりに返してるのは伝わってるのよ。
別に浦賀くんの意見に納得しようがしまいが、しないなら参考になるし。そうやってみんな前向けてるの」
「…そうなんだ」
「浦賀くんがどう思うかはわからないけど、助かってる子はいるってこと。
嘘だと思うならそれでもいい。ただ嘘だったらあなたには、そーゆー生徒と喋ることを私は禁じてるわね」
「…うん」
「自分が思うより大体人って良くって、出来てるもんじゃない?」
確かに今まで見てきた生徒を見ていてそうは思ったかも。
「…せんせーはさ、何で、この仕事やってるの?」
「話聞く以外に取り柄がないから、かな」
「でもこれって忍耐力いる仕事でしょ?それくらいの覚悟で出来る?」
「スクールカウンセラーを踏み台にして企業就職を狙う人もいるし、意外と高尚な仕事でもないわよ」
「でも先生は違うでしょ?」
「…さぁ、どうかな。
でも、高校とか中学とかでの現場経験はとても新鮮と言うか…いいものよ。人生観は変わったかな」
「へぇ…」
なんとなく先生は、苦労人のような気がする。これは直感でしかないけれど。
「浦賀くん、将来何になりたいの?」
「え?」
そんなこと、あんまり考えたことなかったけど。
「うーん。じゃぁスクールカウンセラー」
「まぁ…向いてなくはないけど。もっと向いてる職業ありそうだけど」
「なんだろうな…。未来のことなんてあんまり考えてないや」
時期的にはそろそろ考えなきゃならないけど。
「たまにはそうやって、自分のことで気分転換も良いかもよ」
自分のことか。
そう言われたから考えてみたけど、なんだか全然自覚と言うか実感と言うか実態がないように思えて、気持ち悪くなった。
どっきり箱に手を突っ込んでしまったような感覚なのだ。何が入っているかわからない。俺は、自分は、そんな存在なんだ。
未来なんてもっと漠然としすぎていてわからない。そもそも未来って?どこからどこまでが未来なの?
俺ってそもそもなんで生きてるんだろう。
「てめぇが死んじまえばよかったんだ」
本当にその通りだよな。
俺にはなんの目標もなければ意味もない。ただただ日常を無駄に消費しやがって微力ながら二酸化炭素ばかり増やしてる。クソ程役に立たない不燃物でしかない。
でも死んだところで多分世界なんてなんも変わらない。
じゃぁどうしたらいいんだろうね。
わかんない。
世界は迷宮入り。
昔はこんなとき、理由をつけられた。存在理由が一つくらいあった。
今はどうだろう。
多分ないんだ。
その存在理由を亡くしたせいでまわりも全て狂ってしまって孤独を生き抜くと決めたから。
ただひとつだけ胸にあるのは。
こんな思いは誰にもさせたくないな、とか柄にもないこと。
考えていたらきりがなくなってしまっていて、なんでそうしたのかは全然わからない。
命日の日、ふと。
多分気分だ。
今日は曇ってるんだなぁとか、ここで一年前までは水泳やってたんだよなぁとか本当にぼんやりと考えていて。
懐かしさと恐怖といろいろな感情が入り交じって、どうせならすっきりとしてしまおうと思って、久しぶりにプールに入ってみた。
本当にその場の気分で衝動的にやっちまったから、制服だったし寒かったんだろうけど。
凄く落ち着いた。
制服のままだったから、重くて泳げなかったけど、浮いているだけで、まとわりつく服の感触とかうざったくて、だけどそれが生きている心地がして。
気が楽だった。自由だった。多分これはおかしいんだ。だけど、どうしようもなく泣きたくなってきて。
空はあんまり綺麗じゃないなぁ。
お前ってさ、こんなうざったい水の中に、一人でいたんだよね。あんな風になるまで一晩中。
なんでだろうね、なんで気付いてあげなかったんだろうね。
でも案外気持ちが良いもんだな、澄。水の中、俺、わりと好きなんだよ。なんか非日常的でさ。重ったるいのに、疲れるのに、凄くさっぱりしてるから。
水泳だって、お前が昔、家族で海に行ったときに溺れたから始めたんだ。お前がいなかったら全国3位なんて取れなかったよ。
でも、そーゆーことじゃなかった。
ホント、俺は一人で気持ちよくなってただけだった。良い兄貴だと思ってた。そんなのオナニーと変わらない。
お前に謝ることすらもう出来ないよ。
だけど泣く一歩手前の時だった。慌ただしくプールのシャッターが開く音がした。
どうせ教員だろう。まぁいいや。そう思っていたんだけど。
「あのー、生きてますか?」
なにそれ。
思ったより声が若い女で。
生徒かな。
けど面倒だから何も返事しないでいると、どうやらそいつは水の中に入ってきたみたいで。
流石に声がした方を見てみると、思ったよりプールは深かったらしく、しかもそいつも制服のまま入っちゃったみたいで、思ったように動けていなくて。
それ、溺れる一歩手前じゃねぇ?
見た感じ、なんとなくだけど、泳ぎとか、得意じゃなかったりして。
え?なんで入ってきたの?
てか、まずいよね。
感傷に浸っている場合じゃない。気が付けば体は動いていて、そいつを取り敢えずプールサイドに引き上げていた。
思ったよりやっぱり体力と言うのは落ちているもので、その程度で息切れしてしまった。
徐々に確立される俺の立ち位置。みんな遠巻きだ。それでいい、それがいい。
どこで誰とすれ違っても誰も声を掛けてこない。岸本がなんとか接触しようとしてきても俺が避けてしまう。あとは教員が少し目を光らせるだけ。
カウンセリング教室以外、最早居場所がなくなっていた。でも、そうなってみると凄く楽だった。
カウンセリング教室に来る生徒の大体は、どうにでもなる悩みを抱えてやって来るように見えた。苛めだろうがなんだろうが結局は自分ももう一歩出てみろよ、と言うアドバイスをして終わる。
だが確かに苛めは質が悪い。中にはそいつらの被害妄想じみたものもあるが、それはそれでやっぱり質が悪い。
「みんなから無視されているような気がする」
「私は生きていない方が良い気がする」
「何をやっても上手くいかない」
大体こんなん。それに対して俺は、
「無視ならまだいい。ある意味構ってもらえてる。俺なんか家じゃ空気だ。親にかれこれ半年以上会ってないが定期的に金が置いてあるし、毎日飯だけある。ただそれだけだ」
「生きていない方がいい?生きていた方が良いってじゃぁなに?よくわかんないんだけど。人なんて誰が死んでも生きても大差ないから。生きていたけりゃ、勝手に地位が出来る。生きていたくなくても勝手に地位が出来る。死んだらなくなる。それだけじゃん」
「何をやったら上手くいくかを考えたことがないから、何をやっても上手くいかないなんて逃げ道を作るんだよ」
そうやって思ったことを全部ズバズバ言って返してきた。
来るやつが減ってしまった。
「せんせーごめん、来るやつ減らしたわ。みんな嫌みたいだね」
と言うと、
「いや、ここは来ないならそれが一番だから。来なくなったなら、それは解決したってことなのよ。だから浦賀くん、凄いのよ」
「え?」
「アドバイスが利いてるってこと」
「単純に俺が嫌なんでしょ」
「それこそ被害妄想よ。嫌だったら誰かに言って、別に浦賀くんがいない時間とかに来れば良いし、なんなら浦賀くんを追い出せば良いし。
浦賀くんがいない時間に大体みんな一度は来るけどね。でもみんな結局納得してと言うか、結構感謝して巣立っていってる。これは本当よ」
「…あそう」
「なんでだと思う?」
「…わかんないよ、んなん」
「単純よ。みんな言うのはね、あなたが間違いなく真剣に返すからよ」
そうかな。
まぁふざけて返してはいないけど。
「誰にも聞いてもらえなかったことをみんな言いに来たりしてるから。それをちゃんと聞いて浦賀くんなりに返してるのは伝わってるのよ。
別に浦賀くんの意見に納得しようがしまいが、しないなら参考になるし。そうやってみんな前向けてるの」
「…そうなんだ」
「浦賀くんがどう思うかはわからないけど、助かってる子はいるってこと。
嘘だと思うならそれでもいい。ただ嘘だったらあなたには、そーゆー生徒と喋ることを私は禁じてるわね」
「…うん」
「自分が思うより大体人って良くって、出来てるもんじゃない?」
確かに今まで見てきた生徒を見ていてそうは思ったかも。
「…せんせーはさ、何で、この仕事やってるの?」
「話聞く以外に取り柄がないから、かな」
「でもこれって忍耐力いる仕事でしょ?それくらいの覚悟で出来る?」
「スクールカウンセラーを踏み台にして企業就職を狙う人もいるし、意外と高尚な仕事でもないわよ」
「でも先生は違うでしょ?」
「…さぁ、どうかな。
でも、高校とか中学とかでの現場経験はとても新鮮と言うか…いいものよ。人生観は変わったかな」
「へぇ…」
なんとなく先生は、苦労人のような気がする。これは直感でしかないけれど。
「浦賀くん、将来何になりたいの?」
「え?」
そんなこと、あんまり考えたことなかったけど。
「うーん。じゃぁスクールカウンセラー」
「まぁ…向いてなくはないけど。もっと向いてる職業ありそうだけど」
「なんだろうな…。未来のことなんてあんまり考えてないや」
時期的にはそろそろ考えなきゃならないけど。
「たまにはそうやって、自分のことで気分転換も良いかもよ」
自分のことか。
そう言われたから考えてみたけど、なんだか全然自覚と言うか実感と言うか実態がないように思えて、気持ち悪くなった。
どっきり箱に手を突っ込んでしまったような感覚なのだ。何が入っているかわからない。俺は、自分は、そんな存在なんだ。
未来なんてもっと漠然としすぎていてわからない。そもそも未来って?どこからどこまでが未来なの?
俺ってそもそもなんで生きてるんだろう。
「てめぇが死んじまえばよかったんだ」
本当にその通りだよな。
俺にはなんの目標もなければ意味もない。ただただ日常を無駄に消費しやがって微力ながら二酸化炭素ばかり増やしてる。クソ程役に立たない不燃物でしかない。
でも死んだところで多分世界なんてなんも変わらない。
じゃぁどうしたらいいんだろうね。
わかんない。
世界は迷宮入り。
昔はこんなとき、理由をつけられた。存在理由が一つくらいあった。
今はどうだろう。
多分ないんだ。
その存在理由を亡くしたせいでまわりも全て狂ってしまって孤独を生き抜くと決めたから。
ただひとつだけ胸にあるのは。
こんな思いは誰にもさせたくないな、とか柄にもないこと。
考えていたらきりがなくなってしまっていて、なんでそうしたのかは全然わからない。
命日の日、ふと。
多分気分だ。
今日は曇ってるんだなぁとか、ここで一年前までは水泳やってたんだよなぁとか本当にぼんやりと考えていて。
懐かしさと恐怖といろいろな感情が入り交じって、どうせならすっきりとしてしまおうと思って、久しぶりにプールに入ってみた。
本当にその場の気分で衝動的にやっちまったから、制服だったし寒かったんだろうけど。
凄く落ち着いた。
制服のままだったから、重くて泳げなかったけど、浮いているだけで、まとわりつく服の感触とかうざったくて、だけどそれが生きている心地がして。
気が楽だった。自由だった。多分これはおかしいんだ。だけど、どうしようもなく泣きたくなってきて。
空はあんまり綺麗じゃないなぁ。
お前ってさ、こんなうざったい水の中に、一人でいたんだよね。あんな風になるまで一晩中。
なんでだろうね、なんで気付いてあげなかったんだろうね。
でも案外気持ちが良いもんだな、澄。水の中、俺、わりと好きなんだよ。なんか非日常的でさ。重ったるいのに、疲れるのに、凄くさっぱりしてるから。
水泳だって、お前が昔、家族で海に行ったときに溺れたから始めたんだ。お前がいなかったら全国3位なんて取れなかったよ。
でも、そーゆーことじゃなかった。
ホント、俺は一人で気持ちよくなってただけだった。良い兄貴だと思ってた。そんなのオナニーと変わらない。
お前に謝ることすらもう出来ないよ。
だけど泣く一歩手前の時だった。慌ただしくプールのシャッターが開く音がした。
どうせ教員だろう。まぁいいや。そう思っていたんだけど。
「あのー、生きてますか?」
なにそれ。
思ったより声が若い女で。
生徒かな。
けど面倒だから何も返事しないでいると、どうやらそいつは水の中に入ってきたみたいで。
流石に声がした方を見てみると、思ったよりプールは深かったらしく、しかもそいつも制服のまま入っちゃったみたいで、思ったように動けていなくて。
それ、溺れる一歩手前じゃねぇ?
見た感じ、なんとなくだけど、泳ぎとか、得意じゃなかったりして。
え?なんで入ってきたの?
てか、まずいよね。
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